小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

NHKのバカ放送(SSKシリーズその6プラス1)

2014年08月17日 08時48分27秒 | エッセイ
NHKのバカ放送(SSKシリーズその6プラス1)




 埼玉県私塾協同組合というところが出している「SSKレポート」という広報誌があります。私はあるご縁から、この雑誌に十年以上にわたって短いエッセイを寄稿してきました。このうち、2009年8月以前のものは、『子供問題』『大人問題』という二冊の本(いずれもポット出版)にだいたい収められています。それ以降のものは単行本未収録で、あまり人目に触れる機会もありませんので、折に触れてこのブログに転載することにしました。発表時期に関係なく、ランダムに載せていきます。


2014年7月発表

 あきれた話。大学の行き帰りに車を使うのでその折にラジオを聴くことになります。もっぱらNHK。夕方の時間帯はその日のニュースと、あるテーマを選んでそれについて解説委員や専門家に話してもらう番組です。40分ぐらい聴きます。
 ある日の放送は、まず全原発停止の夏を迎えて電力需要をカバーできるかについての懸念が報じられました。加えてほとんど火力だけで賄われているいまの電力事情の苦しさが簡単に伝えられました。この苦しさは、主として次の三つです。化石燃料資源を外国に依存するため膨大な国富が流出すること、全国の火力発電所は老朽化している部分が多くトラブルが絶えないこと、火力はコストがかかるため電力料金に跳ね返る恐れが大きいこと。これらはその通りですし、国民みんなが考えなくてはならない重要な問題です。ところが番組ではほんのあっさりとニュースとして伝えられただけでした。その間ものの1分。
 さて代わりに多くの時間を割いて何をやったかというと、何とか生活研究所の何とかという人が出てきて、いかに家庭生活で電気を節約するかという話。たとえば冷蔵庫の開け方閉め方、エアコンのタイマーの有効利用、電燈の種類の選び方、電燈をこまめに消す工夫、その他いろいろ言っていましたが、あまりにチマチマした内容なので忘れました。とにかくこれらを全部試みるといくら節約できるかが「厳密に」試算されているらしいのです。ではいくら節約できるかというと、なんと、これから予想される一戸当たり平均年間値上げ高1000円分だというのです。年間1000円だと一か月85円、一日たったの3円。母ちゃんが3円節約するために懸命になっている時に父ちゃんは飲み屋で6000円奮発してきました。この6000円のなかには、もちろん飲み屋の電気代も、お酒を造るのに必要だった電気料金も含まれています。
 個人でできるところから、というこの手の話は昔から絶えません。林産資源節約のために割り箸を使わないことにしているとか、ペットボトルのリサイクルのために細かくゴミを分別するとか。割り箸は材木としては使えない残材から作られます。ペットボトルはほとんどリサイクルされていず、焼却されているのが実態です。その方が燃えにくい生ゴミの助燃材として有効なのです。
 これらは、戦時中の「ほしがりません勝つまでは」という発想とまったく同じで、百害あって一利なしの精神主義です。百害とは何か。まず公共放送たるものが、こんな話を延々とやっていて日本のエネルギーの未来という重要なテーマそのものに踏み込もうとしないこと。そのため視聴者は家計問題に気をそらされ、おバカにさせられてしまうこと。電気料金を値上げされると一番困るのは、大量に電気を使う工場や企業なのに、またその結果、製品の価格に転嫁されたり賃金や雇用がカットされたりするかもしれないのに、そのことが少しも話題にされないこと。ふだん国論的なテーマを政治家が訴えると、議論が国民に十分浸透していないなどとしきりに批判するくせに、浸透させる責任を負った公共放送がこんな体たらくでは、日本の将来が思いやられます。


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 以上は最近発表した原稿ですが、つい先日(8月10日)、台風11号が日本にやってきた折、たまたま午後5時のNHKテレビニュースを見ていたら、またもや「NHKのバカ放送」を感じ、ここにその折の感想を追加したくなりました。しつこい点、お許しください。
 この5時のニュースは、30分間放映されます。ニュースで30分といえばかなり長い。いろいろなことが報道できるはずです。ところがやっていることは台風報道ばかり。時間を計ってみたら、何と28分間を占めていました。残りの2分は、米軍がイラクを空爆したというニュースと、産経新聞ソウル支局長が韓国の地検当局局から、ごく短いコラムが事実を歪曲しているという廉で事情聴取の要請を受けたというニュースだけでした。それもごくおざなりの伝え方しかしません。そりゃそうですよね。2分間で詳しく報道できるわけがない。
 しかもこの時点で、台風は北陸から日本海に抜けつつあり、番組では全国各地域のすでに過ぎ去った時刻での状況を延々と流しているのです。多数の死傷者が出たとか、大量の家屋が洪水やがけ崩れで被害に遭ったとかいうなら話は分かります。ところが実際のその報道内容といったら、ガラスが割れて3人けがをしたとか、ブロック塀の上部が崩れたとか、木の枝が電線に引っかかってほんの一部で停電したとか、そんな話ばかり。
 事実、台風11号は、テレビが大げさに騒いだわりには、ほとんど被害をもたらしませんでしたね。そう言えば、最近のNHKは台風など自然災害をもたらす可能性のある情報が事前に察知されるたびに、何日も前からしつこくしつこく予報を繰り返して警戒を呼び掛け、結果的にほとんど被害もなく大げさに騒いだだけだったという例があまりに多い。見ていて「またかよ」と白けることがよくあります。オオカミ少年放送ですね。
 私はここに二つのことを感じます。
 ひとつは日本は災害大国だから、その危険が少しでもあるときには真っ先に、いくらでも時間を使って全国規模で報道しなくてはならないという「公共放送」の頑固な思い込み。これは震災以降、ことにその過敏性が激しくなったようです。
 そしてもうひとつは、テレビ報道関係者が、世界のあちこちで起きている重大な国際情勢(戦争や紛争や内戦や外交問題など)、また国内の政治問題や経済問題などのもつ意味に対して鈍感で、あたかも日本の民衆のほとんどが、「そんなこたあ、オラの暮らしに関係ねえがな」と平和ボケを決め込んでいるかのような前提に立ってニュースの優先順位を決めているとしか思えないこと。
 もちろん私は、公共放送たるもの、いつも天下国家の出来事を最優先で放送すべきだなどと言っているのではありません。人生上の重大事という観点から言えば、私的な生活問題、局地的な出来事が大きな意味をもつことは当然です。しかし、すでにほとんど被害がなかったことが判明していてその後もまあ大災害が起きる危険はないだろうという予想が成り立っている時点で、30分のうち28分を全国規模の台風報道に費やす必要はないでしょう。気象通報という時間帯もたっぷりあるのだし。
 これは、番組構成を決めている担当部署の怠惰を示す以外の何ものでもありません。
 そもそもNHKは、多様な関心をもったさまざまな国民の関心に十分応えていないと思います。たとえば国会の予算委員会や本会議で重要案件の議論があると、他の番組を中止して長時間その実況中継に切り替えます。これは一見、天下国家問題を優先していて、公共放送の使命を果たしているようですが、じつのところ、あんなだらだらした退屈な議論を初めから終わりまで延々と聴いている人はまずいないでしょう。もともと本会議の質疑は言うに及ばず、予算委員会の質疑も、各会派ごとに質問内容をあらかじめ整理して答弁側に渡しておき、行政もそれを受けて「官僚の作文」的に答弁している「出来レース」の場合がほとんどなのですから。
 矛盾したことを言うようですが、私は相撲観戦が好きなので、国会中継で相撲放送の時間が削られると、とてもつまらない思いをします。もともと限られた時間しかないテレビ放送なのですから、国会中継をだらだらと流すのではなく、「今日の国会」のような番組を短く設けて、そこで議論された内容の重要点を映像ぐるみで簡潔に知らせれば済む話です。そういう番組上の工夫を試みないのもNHKの怠惰をあらわしています。
 もっと言えば、多様化した国民の関心に応えることにとって、いまのNHKは、決定的に時間が足りないのです。地上波2局とBSがあるきりですが、Eテレはもともと視聴率が低いですし、その挽回のためか、主要部分は妙に民放ノリになっていて、しかも民放の後追いですからダサくて新味に欠けます。もちろん世界情勢を報道するようなフレームにはなっていない。総合テレビのごく限られた時間内に、ニュース報道と解説、スポーツや地域の話題、エンターテインメント、バラエティー番組やドラマなど、まるでラッシュアワーのように詰め込んでいますね。
 潤沢な資金があるのだから、どうして国内外のさまざまなニュースやそれについてきちんと考えさせるチャンネルをもう一局作らないのか。努力すれば必ずできるはずですし、心ある視聴者ならきっとNHKの公共性を見直すはずです。それをやらないのが最大の怠惰です。どこかで国民の「愚民性」に依存して甘えているのですね。オピニオンリーダーとしてのマスメディア失格というべきでしょう。