小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

静かな侵略

2018年08月22日 18時17分00秒 | 政治


メコン川といえば、東南アジア最長の川ですね。
この大河は、中国のチベット高原に源流を発し、雲南省を通って、ミャンマー・ラオス国境、タイ・ラオス国境、カンボジアを通過し、ベトナムへと至り、南シナ海に注いでいます。
何と6か国にまたがる流域を持っているのです。
このことは、この川をめぐって水利や発電や環境にかかわる複雑な政治問題を生む原因になっています。
というよりも、水源と上流を中国が押さえているということ、この事実が東南アジア諸国への強力な圧力行使として利用される結果を生んでいるのです。

ラオスは中国とわずかに国境を接していますが、東南アジアでは最貧国です。
メコン川にいくつもダムを作って、発電を行い、その供給が国内需要を上回るので、周辺諸国に輸出していますが、逆に他から輸入もしています。
ラオスは自力ではダムや発電所の建設ができないので、多くの部分を中国からの借款に依存しています。
支払い不能になれば、すぐにでも中国の銀行が差し押さえるでしょう。
https://fujinotakane.amebaownd.com/posts/3997388

またラオスには鉄道がありません。
中国は「一帯一路」の東南アジア版で、昆明を起点としてシンガポールにまで至る高速鉄道の計画に着手しています。
当然、ラオスを通過するルートもありますが、ラオスの資金不足や政界上層部の反対もあって、工事は進捗していません。
結局、これを実現させようとすれば、中国は、中国資本をつぎ込み、資材や技術や労働力はすべて本国から、といういつものやり方を取るでしょう。関係国には何の経済効果ももたらしません。
こうしてラオスは、事実上、中国の植民地なのです。
https://fujinotakane.amebaownd.com/posts/3997369

またラオスだけではなく、他の東南アジア諸国もこうした中国の強引な圧力を受けざるを得ません。

話をメコン川に戻しましょう。
数年前、海抜1800mの山岳地帯にある昆明がにわかに超高層ビルの林立する大ビジネス都市に変貌しました。
ここを根拠地として、メコン川上流の中国領地内に、水力発電ダムが次々に3つ作られ、さらに12のダムを計画中。
いくつもの国を通過する大河の上流に、他国との正式な合意も、きちんとした環境影響評価もなされないまま、勝手にダムを作れば、困るのは、下流域の国々です。
カンボジアでは、食料供給の大部分を川に依存しています。
年に一度の氾濫がなければ、この地域はほこりだらけの土地となり、ひいては都市を維持することもできなくなります。
カンボジアの農業生産は絶妙な水量のバランスの上に成り立っており、それが崩れることで、大規模な飢饉と壊滅的な洪水が発生する可能性が大きいのです。
最初の中国のダム建設以降、水位は低下し、捕らえられた魚は小さく、漁獲量は四分の一に減少したそうです。
また、水位の低下によりフェリーが立ち往生するため、チェンライ(タイ)からルアンパバーン(ラオス)までの航行は、以前は8時間で行けたのに2日間を要するようになったそうです。
ダム建設が計画通り行われるとさらに深刻な影響を及ぼすことになるでしょう。
下流域諸国は環境破壊と汚染に加え、低い水位が魚の遡上を妨げ、産卵ができなくなるという、川の閉塞問題にも直面します。
中国の身勝手な姿勢を他国は非難し、ダム建設の中止を求めましたが、空振りに終わりました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%B3%E3%83%B3%E5%B7%9D

これは、単に自国中心主義の勝手なことをやっているというだけではなく、中小国を流れる大河の水利の管理を掌握することによって、政治的経済的な支配を押し進めようという、長期戦略の一環なのです。
こうして中国は、国際世論も無視して中華帝国主義を平然と進めているのです。
もちろんタイやベトナムは、このやり方に反発し、さまざまな抵抗を試みています。
しかし東南アジア諸国は結束力が不足しているので、本来なら、日本のような大国がASEAN会議などでリーダーシップを発揮して、中国への対抗措置を取る必要があります。
でも日本は、企業同士の利権獲得競争には参加しても、政治外交面では、中国との緊張を恐れて何もやらないでしょうね。
日本の弱腰外交は、中国の思うつぼです。

さてその日本ですが、以前にもこのブログで書きましたように、日本には不動産売買についての外資規制がなく、中国資本に北海道その他の土地を爆買いされています。
その総面積は、全国土の2%、静岡県全県に匹敵します。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/143ace7cec4dd061a549846b6a4c02ad

https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/aaf36ed3b0d0adf5a081f1cc4a8861be
この問題を粘り強く追及している産経新聞の宮本雅史氏が、最近、次のような記事を発表しました。
《 買収目的のわからない事例の一つに日高山脈の麓の平取町豊糠(びらとりちょうとよぬか)地区がある。幌尻岳(ぽろしりだけ)の西側の麓に位置し、過疎化と高齢化で、住民はわずか12世帯23人ほど。冬季は雪深く、袋小路のような地形の集落は陸の孤島になる。
 この豊糠地区で、平成23年に中国と関係があるとされる日本企業の子会社の農業生産法人(所在地・北海道むかわ町)が約123ヘクタールの農地を買収した。地区内の農地の56%にあたる広さだが、農業生産法人は何の耕作もせず、放置するという不可解な状態にあった。》
《 農作物を作れば利益が期待できる広い農地を放置しているのはなぜなのか。買収が行われた7年前から、住民の間で一つの仮説が立てられていた。
 「農地を荒れ地にしておき、いずれ地目(ちもく)を『雑種地』に変更するつもりではないか。制約の緩い雑種地になれば自由に売買でき、住宅や工場を建てられる」
 豊糠地区は抜け道のない行き止まりにある集落で他の地域との行き来も少ない。豊かな水源地でもあることから「土地が自由に利用できるようになる時期まで待って、何者かが意図的に隔離された地域を作ろうとしているなら、これほどうってつけの場所はない」と懸念する住民もいた。》
《不可解な集落の丸ごと買収、非耕作地で放置された農地、空を舞う正体不明のヘリ、不釣り合いな高級車の来訪、日本国籍を得た者に対する「仲間に入れ」という強い勧誘、中継基地計画…。情報提供者らは「不可解なことだらけだ。いったい何をやろうとしているのか。年月がたつに従って不安と危機感が膨らんでいる」と話した。》(強調は引用者)
https://www.sankei.com/affairs/news/180817/afr1808170009-n1.html
「いったい何をやろうとしているのか」――これは明らかですね。
雑種地になってから資本をつぎ込んで、オフィスビルやマンションを建て、そこに大量の中国人を居住させ、やがては昆明と同じようなことを始めるつもりでしょう。
こうしてわが国土ばかりでなく、国の主権そのものが長期戦略のターゲットとして、すでに着々と奪われつつあるのです。
静かな、そして合法的な侵略です。
その100年先を見た長期展望と戦略の巧妙さには舌を巻くばかりです。
日米同盟の強固さを睨んだ中国は、軍事的な刺激を与えることを控え始めました。尖閣にばかり視線を集中させていては、はなはだ不十分です。
うかうかしていると、わが国がラオスをはじめとした東南アジア諸国と同じように、中国の冊封体制に組み込まれる日が、そう遠くない将来やってくるかもしれません。
この巧妙さに打ち勝つには、一刻も早く不動産売買の厳格な外資規制を法律で定めるのでなくてはなりません。