天道公平の「社会的」参加

私の好奇心、心の琴線に触れる文学、哲学、社会問題、風俗もろもろを扱います。趣味はカラオケ、昭和歌謡です。

櫻井よしこさんと共に、美しい日本の憲法をつくる国民の会に加担しようとしたことについて  その2

2015-09-09 22:56:24 | 時事・風俗・情況
 前編で、「五箇条の御誓文」に触れましたが、このたび、ふとしたきっかけから、標記の署名簿について話を聞き、現在の、安保関連法案に対して、具体的な冷静な検討がなく、あまりに皮相で浅薄である国民の「反対」狂騒状態であり、当該法案に対する、冷静な判断が欠如し、ゆえなくして国民が、大新聞、(系列)テレビと一体となった悪質な扇動に振り回され、どうも心ある国民たちも、右顧左眄(まわりの情勢や周囲の思惑・意見を気にして、なかなか決断できないでいること)しているようです。その真因を考えれば、これは未だに手当てされていない、太平洋戦争敗北後に進駐軍に支配された、戦中・戦後日本人の癒されぬ精神に負わされた傷であり、宿あに基づく、過剰な感情的な反応ではないかと考えられます。戦後当初、共産党はアメリカ軍を「解放軍」ととらえ、その進駐を狂喜乱舞し、その後老害村山富市は現在もアメリカ軍政の戦後コードに従い、老骨をむち打ちわざわざ中共に行って土下座して歩いていますが、改めてその呪縛の構造の強固、頑迷さと、馬鹿馬鹿しさに、ため息が出るような思いです。
 奇跡のような明治維新を成し遂げ、また、太平洋戦争の決定的な敗北という未曽有の日本国の試練ののち、父祖たちの努力と苦闘で、高等(?) 教育と今日の生活に困らない繁栄をいただいた私たちにとって、現在大きな課題があるとすれば、欧米主導のグローバリズム(無慈悲な資本主義)の隆盛とのせめぎあい、またろくでなしの覇権国家と危険国家が混在する日本の地勢的な、危険な状況の中でどのように身を処すのかと考察すれば、まず必要なのは、強い危機意識を感じることであり、われわれの子孫に対し、引き続き、安寧と安全を実現するため、是非、日本人の叡智を結集した日本国民による自治立法憲法が必要と思われたところです。文字通り、新たな憲法を「万機公論」の精神で、鍛え、制定することが必要です。
 そして、このたび一般大衆の一人として、代表櫻井よしこさんが代表を務める、標記の会の支援を決意しました。
 桜井さんは、民放出身の評論家でしょうが、その率直な言動と、国民国家日本に関する視野の広さが、多くの国民に支持されていると思います。先の、朝日新聞、従軍慰安婦ねつ造事件で、大恥をかいた朝日新聞元記者植村隆元氏によって、そのねつ造報道の事実真偽を争うのではなく週刊誌レベルで名誉棄損を訴えられた人です(その後あの男は朝日新聞シンパ以外日本人に相手をされなかったらしく、わざわざ、アメリカの反日米国人に自分の苦衷をえに行ったらしい、ネット報道で見ました。あれは自尊心のある日本人の面汚しではないのか。)。また、かつての、血液製剤による厚生省薬害エイズ訴訟で、厚生省の愚策に加担した帝京大学の故安部教授に対するインタビューや報道(とんでもないじじいだったね、皆さん覚えてます。ル・サンチマンの塊でその反動なのか患者たちを道具のように思い、いい年をして自分の抵抗勢力にはあれだけ攻撃的であったあの方も、実は山口県出身です。)で名誉棄損として訴えられたこともあり、桜井さんのその硬骨漢ぶりは、広くわたしたち国民の脳裏に刻まれているところです。
 私は、床屋政談くらいのレベルの政治意識しか持っていませんが(もちろん、床屋で、おやじと政治論議でいつも盛り上がります。)、かの人と、問題意識と危機意識との多くを共有します。

 趣意書を箇条書きで挙げていきます。
一 現在の憲法は、戦勝国アメリカが、敗戦国日本に対し、(軍の有形無形の)圧力と押し 付けを指示し、日本政府は、否応なしに敗戦国としてこれを受け入れたこと。
  
  当時のアメリカ進駐軍の幹部が、日本はまだあの憲法を使っているのか、と、びっくりした、との報道がされ、他国民であればそのようなものかもし れませんが、改めて日本人の旧弊墨守の伝統と、敗戦時の衝撃に思いをはせます。敗戦時から70年を経過し、その制度疲労は明らかなのに、なぜ、日本 国民による自主憲法制定に考えが及ばないのだろう、先の憲法学者の、安全保障関連議案に対する「違憲」の共同声明に、おぞましさを感じたのは私だ けでしょうか。自分が長年研鑚した「学問」にかかる粗雑な共同声明など、学者 とすれば、「自殺」ではないのか?あまりに強い敗戦体験から、引き 続く、畜群の飼い主 に対する従順とでも、比ゆ的には言えるのではないでしょうか。先に触れた、五箇条の御誓文の時代の、国民大衆(明治大帝も含 めた)の勇気と闊達さを、近代の試練を経、苦渋 の敗戦体験を経た後ですが、肯定すべきものは肯定する態度と正しいものを正しいと認める姿勢、ま た翻って、日本国のその歴史に対する自負心を私たちは忘れ去っていいのでしょうか。

二 外国在住の日本人の非常時・緊急時における救援を現在の憲法下では(法律の法律という憲法のくびきがあるので)、個別法の制定では(また違憲と いうだろう)、合法的に実施できない。国家の緊急対応に対する明確な権限付与がない。

  私たちは、国民国家日本の国民であり、旅券を給付されることにより、外国に旅行することが出来ます。そんなに豊かでなく、暇もない私としても、 ヨーロッパとか行きたいけど行ったことはありません。しかし、数度、短期間ですが、普通の国民大衆として、外国にいったことはあります。一般的  に、若い人なら、何度も外国に行ったことがあろうし、その国に長期間滞在することもあるでしょう。それぞれの人性があるわけですし、今ではごくあ りふれたことでしょう。しかし、外国での、災害、戦争、動乱などの有事の際、彼らが帰国したいと希望すれば、近代を経由したはずの日本政府は「自 己責任」とか言わず全力で働くのは当然のことです。むしろ、喫緊の問題でいえば、近隣の覇権国家が、東シナ海で日本国に経済戦争を仕掛けても、相 手国の国情を配慮するなどの理由のもとに、つけ込まれている話です。近代以降、経済活動と、軍備(自衛力)は一体のものだというのが常識だそうで す。バカの民主党、菅直人が、無考えに法律をゆがめ、中共漁船の違法行為を訴追もなしに違法に釈放し、放置した結果が、中共覇権国家を増長させ、 その一つの帰結として高知沖深海サンゴを根こそぎにさせた原因を招いたのは周知のとおりです。
 併せ申し上げますが、みなさん、二度と、バカの民主党に政権を渡してはなりません。

三 今の憲法は「家族崩壊の要素を含んでいる」といわれており、家とか、家族とかに対する否定的見解がその中に内包されている。

 「日本人に生まれてきた事が恥ずかしい」 、「私は、子供が18歳になったら『家族解散式』というのをやろうと思っていて、それ以降は、パート  ナーと子供ともスープのさめない距離に住んで、名実共に個人単位で暮らしていきたいなと思っている。家族だって、ひとつの定義にすぎない。家族も 個人のネットワークなんだ。 (福島瑞穂「結婚はバクチである」大和書房)
  今も忘れませんが、ポスト社会党、社民党、党首福島瑞穂が、上記のような、感想とも本音ともわからぬ述懐をしていましたが、「日本人に生まれて きた事が恥ずかしい」というのは口がすべったことにしますが、政党党首として、彼女がもし政権首班となった場合、目指した社会がどのようなものか 考えると暗澹(あんたん)たる思いがします。
  かわいそうに、彼女は、育児や、家事、家族とのつながりが、苦役であり、強いられた労働であると考えている。彼女の「私至上主義」からすれば、 当然の帰結です。「パートナー」という欺瞞的な言葉を発するからには家事もしたくなかったのでしょう、家族に対する思いやり、とか、人間の自然性 として行うような優しい後方支援など考えたこともなかったろう。「家族」や、「親族の共同体=家」に対する視点が欠落しているのが、現在の日本の 憲法の特徴といわれるなら、まさしく彼女が、現在の憲法を支持しているのが良く分かる。どこで教わったかわからないが、このような偏頗な、家族、 社会に対する認識それ以上に貧しい人間認識をしているのなら、公選職として彼女のような人間は決して選ぶべきでない。
  私は、19世紀の大ヘーゲルに習い、家族とは何かというならば、一組の自由な男女が、結婚生活を通じ、思いやりと察しの中で、お互いの最良の部分 を無償で差し出し、(苦労しながら)人格を陶冶しその子供を育て、その子供は、その努力と営為を見ることとより、将来結婚し、またその子供を育て ていくという人倫のサイクルを支持するし、また、老いて衰え死んでいく家族を弔い、祖霊の中に反していくという、埋葬の義務のことも、尊い仕事と して、その視野に入れます(福島さんのような個別の家族がどうであるかとは別のことです。)。多くの国民にとってそれが、称揚し、支持されること であれば、現在の憲法に、すなわち「法律の法律」に定めがないなら、新たに、その善なる価値を高い理念で謳うべきです。
  現在の制定憲法が、戦前の家制度に呪縛されていた、当時の立案法学者たちの戦前の家族・社会制度に対する反動行為であったということであれば、 このたび、他国の憲法と類比し、時代に合った見直しをすべきです。たとえば、私は、保守的な人間として、戦後民法の大改正も、意義と意味はあった と思っています。

四 日本の憲法は世界最古で、その後、何の改正もされていないものである。
   
 他国の人々は、明らかに自主憲法ということで、事情が変わり実情に合わなくなれば、法律の法律ということで、平然と手順を踏んで、改正を行っているようです。その際、御誓文にいう「万機公論」は実際上手続き上困難であれば、中共、朝鮮その他の途上国であればいざ知らず、欧米諸国であれば、機会を設定して、国民の議論を持つ手順を採るはずであり、その中に出てきた問題点は、国民全体で真摯に議論し、政治家はその見解を自己の政治活動に反映するはずです。
 ところで、とても民主的な国民国家日本においてそのような、経路がないのは異常ではないのでしょうか?
 キリスト教の三位一体説を否定するわけでなく、モーゼの十戒を変更するわけでなく、先験的に占領軍から与えられた憲法を見直したことがない、というのは、変革を好まないというよりやはり異常な事態ではないのですか。占領軍憲法をあたかも託宣とし、一部高齢者と追従するバイアスのかかった方々は、あれはどうも何とかの一念という信仰に近いのではないか、と思えます。
 将来の私たちの子や孫のために、本来の、民主主義を、主権在民を、具体的に動かしてみたいと思いませんか。家族の役割の偉大さと、恒久平和を希求する、美しい国日本の憲法を新たに創りたいと思いませんか。

 当該団体のHPは、「憲法改正を実現する1000万ネットワーク」「 https://kenpou1000.org/ 」 です。
 皆さんの署名参加を、勧奨いたします。

櫻井よしこさんと共に、美しい日本の憲法をつくる国民の会に加担しようとしたことについて その1

2015-09-07 20:50:31 | 時事・風俗・情況
 先頃から、新聞、テレビなど、安全保障法制に係る国論が非常に偏向していると思い、ついこの前の、
脱・原発騒ぎと同様に、現在の日本国の国情を無視した組織的な扇動はバカバカしく性質(たち)が悪い
と思いましたのが、多くの国民が巻き込まれ、そのうちナチスの宣伝工作(バカなことでも毎日際限なく
繰り返せばそのうち無考えな社会的不満分子に支持されるとか)や、弁証法でいう量質転換(毎日髪を一
本づつ抜いていっても世話はないと思っていても、最後ははげになってしまうというあれです。巧みな比
喩は三浦つとむに拠ります。ところで私は、意識的には何もしなかったのに、すでにはげになってしまっ
たが)により、愚者の大合唱により、国民のために何も政策を実施しないことにより、国民国家日本の危
機を招来するかも、と危惧します。
 このたび、日本国の明治憲法(旧憲法)の理念規定(?)として、明治期の「五箇条のご誓文」に触れ
てみたいと思います。中学校までは日本史を習い、発布の年号のみおぼえ、高校では世界史を採ったが、
法学部出身であるのにかかわらず、当該「五箇条のご誓文」について、何の予備知識もないというのは恥
ずかしいことです。このたびの「偏向した」国論を排するためにも、この際、良く検討すべきものと考え
ます。
 出典はいつものように、ウィキドペディアにお願いしております。訳及び解説もそちらに依ります。ま
た、(私が考えることの多くは)先の読書ノート「日本の七大思想家・福澤諭吉」(小浜逸郎著)に多
くを負っています。

一 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ
(現代表記)広く会議を興し、万機公論に決すべし。


この条文は、由利案では第五条であったが、福岡によって第一条に移された。その理由は「諸侯会議を以
て第一着の事業と考え」たためと福岡自身が回顧している。(福岡孝弟『五箇条御誓文と政体書の由来に就
いて』大正8年(1919年)に依る。以下、福岡の回顧は特に断らない限りこれに依る。)前段の「広く会議
を興し」については、由利案には「会議」に相当する語はなく、福岡の修正案で「列侯会議」の語があらわ
れ、これが最終段階で「広く会議」と修正された。福岡は後年「この時平民までも此議会に与らしめる御つ
もりであったか」と問われ、「それは後から考えればそうも解釈されるが、御恥ずかしい話ですが当時私は
まだその考えはなかったです」「広くとは人々の意見を広く集めて会議するというのではなく府藩県にわた
りて広く何処にも会議を興すという義です」と答えた[9]。しかしながら、ここを「列侯会議」に限定せず
に漠然と「広く会議」に改めたことは、後に起草者たちの意図を離れ、民権論者によって民選議会を開設す
べき根拠として拡張解釈されるようになった。また明治政府自身もそのように解釈するようになった。後段
の「万機」は「あらゆる重要事項」の意味。「公論」は公議と同義、または公議輿論の略語であり、「みん
なの意見」または「公開された議論」といったような意味である。「万機公論に決すべし」の語句は、由利
と親交のあった坂本龍馬の船中八策(慶応三年六月)に「万機宜しく公議に決すへし」とあり、ここから採
られたものとみられる。由利の草稿では、初めは「万機公議」と書き、後で「万機公論」と改めている。
(私見)学生時代、議会制民主主義というものは間違っている、と考えており、その後就職しましたが、恥
  ずかしながら、20歳代の後半までは、選挙に行ったことがありませんでした。その後「議会制民主主義
  は最高の政治制度である」という橋爪大三郎氏の著書を読み、また結婚したことでもあり、前非を悔い、
  初めて投票所に行きましたが、勝手がわからず、妻に、「バカ」と言われました(あれから何回バカと
  言われただろうか)。「人間の観念を介してのあらゆる行為は、現実的にいかに卑小に現象しようと思
  想的表現である」と私も考えますが、選挙は別にして、どう考えても思想的な意味が見いだせず否定的
  にも肯定的にも思想的に媒介しえず、労働運動にも、体制内左翼にも、市民主義にも加担せず、現在ま
  で至りました。その後「サヨク」のあまりな馬鹿さ加減と、全世界レベルでの社会主義の総敗北を経て、
  また労組等の現実のあまりな醜悪さに、思うところがあり、加齢も経て、保守になっていました。保守
  である以上、時代の変遷による変革は好むように自分をしつけます(中島みゆき「世情」のように、
  「・・・変わらないものを何かに例えて、打ち砕かれては、そいつのせいにする・・・」わけです。)
  。しかし国情を無視し、多くの国民大衆の利害に反することとは断固戦います、ゆえに、その後、多く
  の情報に、より意識的であるよう努めることとなりました。ということで、最初のこの誓文については、
  私は、先に読んだ「日本の七大思想家・福澤諭吉編」を媒介にします。当該時期と彼(福澤諭吉)の生き
  た時代は、あらゆる思想がナショナリズムであった時代、とも称されます。庶民から、自由民権論者、
  政府の元勲に至るまで、真摯に日本の近代を創出するため、何が必要か、国民全体で突き詰めた時代で
  あったということがよく分かります。「万機公論に決すべし」、熱意がこもったいい言葉じゃないです
  か。御一新という全く価値観が転倒した動乱期の若者や、苛酷な収奪や身内の悲劇的な結末など厳しい
  環境変化を耐えてきた老壮年者の息吹が聞こえるようではないですか。また、当時の為政者の編集の過
  程で、おしなべてそのやむにやまれぬ「原則性」として、当該規定が最初に掲げられたことは、言祝ぐ
  べきであったと考えます。

一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
(現代表記)上下心を一にして、さかんに経綸を行うべし。


 冒頭の「上下」は、由利案では「士民」だったが、福岡の回顧によれば「一層意味を広くするために士民
を上下に改めた」という。「心を一にして」は日本国民の団結を表現する当時の決まり文句であり、江戸期
の水戸学者の著作から後の教育勅語に至るまで広く使われている。後段の「経綸」の語の解釈には注意が必
要である。由利の出身藩である越前藩のために横井小楠が著した「国是三論」において「一国上の経綸」と
いう章があり、そこでは主に財政経済について論じられていることから、その影響を受けた由利は経綸の語
を専ら経済の意味で用いていた。したがって、この条文のいう「盛に経綸を行う」とは由利にとっては「経
済を振興する」という意味であったと思われる。もっとも、当時、経綸の語は一般に馴染みのある語ではな
く、江戸版の太政官日誌では経綸を経論と誤記しケイロンとルビを振っていた。福岡は後に回顧して「由利
が盛に経綸経綸という文句を口癖のごとく振りまわしていた所であったからそのままにして置いたのである。
経綸という字の意味は元は経済とか財政とかを意味していたようであるが、これは説く人々の解釈に任して
よいのである」と述べている。一般的には、経綸の語は、経済政策に限らず国家の政策全般を意味するもの
として理解されることが多い。

(私見) 当時、外圧の中で、まがりなりにも近代国民国家を設立し、当時の餓狼のような欧米列強の中で、
  生き抜いていこうとすれば、「上下心を一つにして、経済社会的に努力していかなくてはならない」の
  は確かであるところです。出版物を通じ個人的にお世話になっているPHP社の創業者の、「繁栄を通じて
  平和と幸福を」を連想します。優れた、明治人は数多くいたのでしょうね。私事ながら、我が家の父祖
  も目立たぬながらそのうちに数えていただければと思います。「上下」云々・・・には関与しません。
  優れた人間は少ないし、自恃の心を持たぬいやしい人間も社会にはいくらでもあることです。

一  官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
(現代表記)官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。


 由利案ではこの条文は第一条に置かれ最重視されていた。由利は後の著書「英雄観」で「庶民をして各志
を遂げ人心をして倦まざらしむべしとは、治国の要道であって、古今東西の善政は悉くこの一言に帰着するの
である。みよ、立憲政じゃというても、あるいは名君の仁政じゃといっても、要はこれに他ならぬのである。
」と述べている。冒頭の「官武一途」の語は福岡孝弟の修正案で追加されたものであり、「官」とは太政官す
なわち中央政府、「武」とは武家すなわち地方の諸侯、「一途」は一体を意味する。これは福岡の回顧では
「官武一途即ち朝廷と諸侯が一体となって天下の政治を行う」意味としている。この条文は、もともとの由
利の意図では庶民の社会生活の充足をうたったものであったが、福岡が政治の意味を込めて「官武一途」の
語を挿入したため、条文の主旨が不明瞭になったことが指摘されている(稲田正次)。
(私見) 既得権なのか国情なのか、日本の政治家の世襲制度は目に余ると思いませんか、自民党、バカの
  民主党を通じ、ほとんどの政治家が何代も通じた政治家です。本当に正しい識見と節義を持った政治家
  の出現とともに、議会制民主主義の運営は、とても難しいと思います。ところで、首班政党となった自
  民党にとっては、バカの民主党の反目の政策を全て履行すれば、全部が正しい政策だったと今でも思い
  ますが、TPP政策を踏襲し、新自由主義の経済政策を採用し、デフレ対策も不徹底で、自民党の一部も
  バカなんだ、ということが良く分かりました。国民とすれば、個別に賢くなって、バカの政治家や政党
  が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ:ほしいままに行動すること。悪人などがのさばり、はびこること)
  しないように見張っているしかないでしょうが、一般的に、世襲を含めバカはバカで、嫉みの感情なの
  か、優秀な指導者を養成することに異常に反感を持っているようで、一時のゆとり教育に象徴されるよ
  うに馬鹿な平等主義と愚民化政策にまい進します(当時のゆとり教育主唱者官僚「寺脇研」は、現在、
  日活ロマンポルノ評論家になっているぞ。バカな話ですね。)。教育の根本精神は、「自立心を培うこ
  と、視野を広めて他者世界への想像力を養うことで、一方が他方を互いに支えることであること」であ
  り、いったんその経路に入ったものは、自己利害の無限追求とも、他者(大衆)の軽視・見下しの経路
  も持たなくなるのではないか(「あなたの馬車を星につなげ」というところですか。)、また自己の社
  会的な役割と責任に自覚的で、自己と社会をつなぐ経路に意識的であれば、徳義も向上する(「人心を
  して倦まざらしめない」)のではないかと思います。いずれ、政府には徳義に高い優秀な人材を養成す
  る機関を設置していただきたいと思いますが、当面、わたしたちのような国民にできるのは、家庭や社
  会で自分自身のすべきこと(人倫)を追及し、公選挙で人物本位で選んで、退屈まぎれや面白半分に、
  下劣な人間に投票しないことです。

一  旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
(現代表記)旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。


 この条文は由利案や福岡案では存在せず、木戸の修正により登場した。木戸当初案の「宇内(うだい)」
は「天下」「世界」の別表現である。「通義(つうぎ)」は「広く一般に通用する道理」という意味である。
(いずれも三省堂『大辞林』第三版)この条文を、戦前の研究者尾佐竹猛は、「旧来の陋習」は鎖国攘夷を
指し、「天地の公道」は万国公法すなわち国際法の意味であり、この条文は開国の方針を規定したものとし
て狭く解釈していた。しかし、これに対し、稲田正次・松尾正人・佐々木克たちは、「天地の公道」は開国
の方針や国際法を示すことだけではなかったと明確に説明している。その理由として、御誓文と同時に出さ
れた宸翰に出てくる「旧来の陋習」の語がそもそも鎖国攘夷の意味に限定されていないこと、また木戸孝允
自身が「打破すべき封建性」「打破すべき閉鎖性」の意味で「旧習」「旧来の陋習」「陋習」という言葉を
広く使用していること、また、大久保利通でさえ木戸の「旧来の陋習」と同じ意味のことを「因循の腐臭」
とより痛烈に批判していること、つまり、薩長いずれも密留学をさせ倒幕に立ち上がった開明的雄藩であっ
たにもかかわらず長州の木戸より薩摩の大久保のほうが藩主父子・出身藩の内部事情などのためにより批判
的にならざるを得ない危険な封建性・閉鎖性をより自覚していたということ(寺田屋事件~西南戦争)、更
に、岩倉具視も他の文書で「天地の公道」という全く同じ言葉を万国公法とはおよそ次元の異なる「天然自
然の条理というような意味」で用いていることなどが挙げられている。総じて、「天地の公道」(木戸当初
案では「宇内の通義」)とは、普遍的な宇宙の摂理に基づく人の道を指しているものと解される。
(私見) 原文のとおりでしょうが、現在では、世界の動きと、我が国の地勢的、歴史的な特殊性を視野に
  入れつつ、欧米にも、アジアにも偏らない、間違っても馬鹿なグロバリゼーションに足をすくわれない
  ように、独自の文化と伝統を持つ国民国家として独自路線を往くべきです。

一  智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
(現代表記)智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。


 前段の「智識を世界に求め」については、前述の横井小楠「国是三論」に「智識を世界万国に取て」とあ
り、ここから採られたものとみられる。後段の「皇基」とは「天皇が国を治める基礎」というような意味で
ある。福岡はこの条文を「従来の鎖国的陋習を打破して広く世界の長を採り之を集めて大成するの趣旨であ
る」と回顧している。

(私見) 知性や教養の質を近代欧米に学ぶのは止むを得ないことでしょうが、ようやく欧米世界にも毒が
  あり、限界があり、悪いところもあり、ということが、一般大衆にもわかりかけてきた時期であろうと
  思われます。新自由主義など、一般大衆の利害に敵対し国益を損なうような学者や、覇権国家中共を礼
  拝するような偏った進歩派(旧サヨク)に間違っても組みしないように、一般大衆の一人として、正し
  く、視野を広げ他者世界を媒介した世界認識を持つべきです。それは現在私たちにも十分に可能である、
  と思っています。

「日本の憲法は御承知のごとく五箇条の御誓文から出発したものと云ってもよいのでありますが、いわゆる
五箇条の御誓文なるものは、日本の歴史・日本の国情をただ文字に表しただけの話でありまして、御誓文の
精神、それが日本国の国体であります。日本国そのものであったのであります。この御誓文を見ましても、
日本国は民主主義であり、デモクラシーそのものであり、あえて君権政治とか、あるいは圧制政治の国体で
なかったことは明瞭であります。」(昭和21年(1946年)6月25日、衆議院本会議における日本国憲法案の審
議の初め、当時の吉田茂首相は御誓文に言及した。)

 敗戦後、招集された国会で、優れた政治家であった吉田茂は、「五箇条の御誓文」に上記のような認識を
示しています。現在、安全保障法制一括審議の中で、歴代の首相が、バカなことをやっており、栓のない話
であるが、もし、吉田氏が存命であれば、「この、バカヤロー」と一喝したのではないか、この国難の時期
に、国民の利害に対し、何の現状認識もないのか、と。
 私の個人的な見解として、原爆投下の問題や、進駐軍政時代に、過渡的に、したがって何の国民の介在も
なく、いつの間まにか制定された憲法は、手続き的に見直しが必要だと思います。まず、「原爆投下」は、
戦争犯罪のうちいわゆる「人道に対する犯罪」にあたると思います。これは私たちの父祖たち、300万人とい
われる戦争の被害者のためにも、ちゃんと言挙げる必要があると思います。日本の侵略戦争の敗北という欧
米史観の安易な総括に決して組みしない。東京裁判は勝者から敗者を裁く裁判であり、開戦にいたるまでの
欧米の過酷な帝国主義という現実は結局裁かれませんでした。少なくとも日本にとってはそれは不当な要素
です。敗者に圧倒的な勝者に対する弁明の余地はなかったからです。
 しかし、それは、止むを得ず当面批准している日米安保条約とは別の問題です。これは、現実的な問題で
す。また、その現実的な対応は、国民に政権を委託された政権政府の当然の職責です。敗戦時の収拾に当た
った、吉田首相は、後世から、その果断な判断と行動が賞賛されているではないですか。当時、かの首相に、
いたずらに空論を論じ、曲学阿世の徒とののしられた官立大学の先生もいましたよね。同じような学者先生
も同じく延命しており、現在の状況に限りなく近いのではないでしょうか。

NHKEテレ「にほんごであそぼ」の、「恋そめしわれ」について

2015-09-02 06:48:59 | 映画・テレビドラマなど
NHKEテレ「にほんごであそぼ」の、「恋そめしわれ」について  
                                  H27.9.1
 NHKEテレ、朝のシリーズ番組「にほんごであそぼ」について書いてみます。
この番組も、私は、長いこと付き合っている気がします。
昔、素人が、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を、各地の方言バージョンで朗読する試みがありましたが、実は、応募しようかと、山口弁バージョンを作りかけたほどです。
今週の特集で、「恋せよ乙女(をとめ)」の視聴者参加バージョンが始まりました。

この「恋せよをとめ」は、小学生高学年くらいのローティーンの女の子4人組(をとめ座といいます。)が、振袖と洋服の片側づつコンビネーションのような華やかな衣装で、女の子からの(返答)告白「私も好きよ」というセンテンスを、全国の方言バージョンで歌い、スカートをひるがえし軽やかに踊るイヴェントです。歌詞は、そのコスチュームと同様に、文語と現代語の折衷です。
最初は、なにこれ、と思っていましたが回数を重ねるにつれ、つい見ほれてしまうようになりました。
みんな、意識的に不揃いに段付きに切られたおかっぱで、おでこむき出し、げじげじ眉毛やらで、決してかわいいばっかりの女の子ではないのですが、方言で「うちも、すいとーよ」(博多弁)とか、何度か様々な告白を聞いていると、そのうちなごみます。
今週は、このバージョンに、視聴者投稿バージョンが始まり、チアリーディングの女の子たち(今をとめ)から、舞妓さん、佐渡おけさ着物バージョンのお姉さん方(元おとめ)、熟年層の二人組の女性(元々おとめ)たちが、それぞれ方言で、声を合わせ「好きよ」と告ります。(いずれ「元・元々をとめ」まで登場すると思う。)彼女たちの顔は何と明るいのだろう。

 「いつか(告白に足る)私の王子様が!! 」( Someday  my Prince will come) という感じでしょうか?

かつて触れた、宮藤勘九郎の「ごめんね、青春」の中で、錦戸くん扮する国語教師が、「「女子」て書いてなんと読むの?」と聞くと、「好き」と、はにかんだ遠藤ちゃんが思い入れたっぷりに答えるシーンがありましたが、女子性の全開放というか、なんか甘酸っぱい、心惹かれるシーンでした。

筆者の貧しい経験を経ても、いずれにせよ、駈け引きですから、男の告白を引き出すまで、ひたすら待つのが、女の本質でしょうから、バルコニーや、花占いで、苦しい思いをまぎらし、ひそかに告白するのがよくわかります。裏から見ると好ましいところです(昔から有名なシーンもあったよね。)。
 軽やかなダンスのステップとともに、「身を焦がし、お慕い申し上げ」とか、「君ゆえに燃える頬(ほほ)」、とか、魅力的な歌詞を熱唱し、灰になるまでとも言いますが、ローティーンの女の子から、「元々をとめ」にいたるまで、女は女ですよね、と、強く惹かれます。これが、差異こそ男女の本質で
はないだろうかと思うところですが、男としても、時期的に(間欠的に)、恋すれば、犬も詩人になるとも言いますので、製作者の意図するとおり、豊かな日本語の海に突入です。
今日は、年代、時代を超えた、女子性の普遍性を認め、賞賛します。

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 本日(9/3)の投稿ビデオは、幼稚園児から、女子中学生まで、そのしぐさとダンスはまさしく女です。
 こりゃーすげー、いいものを見せてもらった。

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 投稿篇の、「佐渡おけさ」は徳島阿波踊りの連の方々でした、ここに訂正させていただきます。
 今朝(9/7)もまた見てしまいました。 

騒がしい子供を見たら、なぜ「イラッとしたり」するのかを考える、併せ暴走老人を観察する。

2015-09-01 20:46:17 | 時事・風俗・情況
 年のせいか(いつもの凡庸な書き出しですが、これだけで当該ブログを避ける人がいることも十分理解
できます。)、近来、どこででも見かける、幼児期のこどものけたたましさに非常にいらだつ自分を感じ
ます。これは妻も同様らしく、公共の場で、走ったり大声を上げたりする幼児の行動が、(私はこども好
きなのにといいますが、実際のところ彼女は実に上手に子供をあやします。)とても神経にさわるといい
ます。
 私のケースは、もう二、三歩進むと、「うるさい」と怒鳴るような段階ですが、今のところまだ我慢し
ています。もう、孫がいても不思議でない年齢で、非寛容と指摘されるようである意味恥ずかしい(世間
知に照らせばですが)わけですが、うちの子が小さい時代を思い起こし、その時代と比較しても、受忍の
範囲を超えるようで、黙しているのはやっぱり腹がふくれる思いです。
 このたびは、基本的に、夫婦で育児をしているカップルについてコメントします。
自己体験から歩みよることとして、彼らの多くはまだ、給料も安く、子供にお金など十分なケアをかけら
れない。現在の社会的な雰囲気(?)といえば目先の欲望の無限追求しかないような環境で、自分の時間
を必死に割きながら、多く育児に耐えている現在の夫婦の状況を思いやるべきところですが、やっぱり、
こどもに対するしつけとか、社会的な振る舞いに関する、批評軸が先に立ちます。目先の欲望に対し、際
限がなく貪欲なのは彼らが監護するこどもでも同様のものだからです。幼時期にろくなしつけもせずに、
楽に育児放棄をすることを、欧米語でスポイルというのでしょうが、少なくとも日本では、最後は、「お
じさんが怒るからやめようね」でもいいですから、こどもに条理やルールを教え、善悪を教えるくらいの
努力は欲しいものです。
 しかしながら、最近、一般的に、こどもをあやす夫の姿をよく見かけます、日々の仕事に耐え、こらえ
性のない半狂乱のような妻の振る舞いにも(同様に、こらえ性のない利己主義の夫の振る舞いとも申し上
げますが)、日常的に耐えているような夫が、電車の連結部や、飛行機のトイレの前(幼児を飛行機で長
時間運ぶのは問題ですが)でむずがる幼児をあやしたり、なだめたりとしている姿は立派なものです(そ
ういう場合は父の責任という女たちの同調圧力がかかっているような気もしますが、実行するだけでも評
価できます。)。
 今でいう「イクメン」とか、その育児の過程の中での労苦や夫婦相互の感情の切実な行き違いや、何よ
り現在の貧困の問題を棚上げにした、バカな用語は大嫌いですが、これこそ、男だ、という立派な夫も、
中には、いるわけです。
 「こども手当」とか、バカの民主党政権から続く政府の無責任な人気取りばらまき行政に加担しつつ、
同時に、真摯に子育てに取り組もうする夫婦に対し真反対に配偶者控除を廃止しようとする、自民党政権
にいらだちつつ(現在、一体全体、主婦のうちどれだけの比率で、外で働こうと考えているのだ、貧困を
固定化し、特定特権階層に奉仕するのはいい加減にしろ)「女性の社会的自立」とかの穴だらけの論理で、
過剰に迎合する一部エリートを含めたおばはんたちにも、無考えで愚かなおっさんにも、その欺瞞を指摘
もできないメディアにもイラッとします、これは、むかつくという方が適当かもしれない。
 私は、「少子化対策とは、若い世代にフルタイム労働の保証と、賃金を上げれば良い」、という、三橋
貴明さんの意見にもろ手を挙げて賛同しますが、なぜ、本来の政策として、「こども手当」や、扶養控除
政策が成り立つのか、政策の目指すところは将来を担う子供たちの健全育成が前提であり、しかし、それ
も望めないようなこども(家族)に対し、一律にばらまきを行うのは、正しい施策方針に反する違法な支
出であろうと思われます(勘違いする人が多いので申し上げますが、子供が一般的にかわいいから社会的
に支出するのではなく、社会の人数調整のために支出するのでもなく、論理をはき違えてはなりません)。
その上で、効率が悪く、景気浮揚にもつながらないため、心ある国民の失笑を買う制度なのです。
 
 ところで、先頃、妻が見た「元々おとめ」のとんでもない振る舞いをご紹介します。
先日、昭和初期にとどまったようなひなびた温泉に行ったのですが、家族風呂からあぶれた幼児の男の子
を連れた、祖母が、女風呂に入ってきたそうです。その時、誰かが、「湯船のお湯は少し暑いわね」、と
いったそうです。カランなど気の利いたものはない、ひたすら泉質が良いだけで浴槽から湯を汲むような
温泉です。
 何を考えたのか、その祖母は、1人で、洗い場の全ての小桶を押さえて、孫のために湯を冷まし始めた
そうです。少なからぬ、女性がいたそうですが、狭い湯殿のこと、唖然とした女性たちは、止むをえず、
皆、小さい手ひしゃくで体を洗ったといいます。
 少なくとも戦後(太平洋戦争ですよ。)のベビーブーマーと思われる祖母が、そこまでできるというの
は痴呆が入っているのか(?)と疑うようですが、そうでもないようです。戦前の方は道徳教育がされ、
人格が良かった、というのはうそですね。ベビーブーマーと思われる自分たちの子供にもろくな教育もし
ていない。そのうえ、その人は、「ここの泉質はいいんですか?」と、平然とうちの妻に話しかけてきた
といい、罪悪感のきれっぱしもないようです。
 そういえば、私自身の体験としても、最近、市場なんかで、老女(高齢の女性)がはずみで突き当たっ
てきても、何も言わずに平然としている人にも結構出会います。若作りで、身ぎれいな格好の上品そうな
顔で、睨んでやっても平気な顔をしています。
 はなはだしいのは、生鮮の商品を入れた買い物かごを床において、レジの順番を待ちながら、蹴りだす
若からぬ主婦のことです。列の前に立っていて、反射的に殴ってしまいそうで、自分が怖いです(そうな
れば暴走男老人ですが)。
 「衣食足って礼節を知る」とか、ありゃ嘘だね。豊かなはずの、熟年世代がこれじゃね。
 昭和80年にさしかかり、多くの人々にとっては食うだけの問題が解決しながら、自己欲望無限追及の世
相に合わせて、老人の心も荒廃しているのではないでしょうか?
 この人たちが、一方で、無考えに、脱原発に参加してみたり、安倍政権の安全保障関連法反対運動に加」
担したり、いかにもありそうで、またその際、都合よく正義の仮装をしそうで、とても現実感があります。

 これは、騒がしいこどもに、イラつく、とか、むかつくとかいったレベルの問題じゃないよね。
 かつて男老人の暴走にふれましたが、それだけじゃないようです。
 引き続き、今後女老人の暴走にも注視したいと思います。