天道公平の「社会的」参加

私の好奇心、心の琴線に触れる文学、哲学、社会問題、風俗もろもろを扱います。趣味はカラオケ、昭和歌謡です。

追悼:安倍晋三氏が凶弾に倒れた!!

2022-07-12 07:02:52 | 時事・風俗・情況
身延山、久遠寺、前庭にある山百合(?)です。
私には、安倍氏に対する供花に思えました。
法華経の総本山を訪れるのは久しぶりのことです。
安倍氏の冥福を祈るとともに、わたし自身の社会人として、日本国に対する使命を果たす、お約束を申し述べました。
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 安倍晋三氏が、なくなった。
 路上で、テロリストに、犬のように撃ち殺された。
私たちは、決して忘れないだろう。令年4年7月8日のことを。
私は、午前11時過ぎに、友人のSNSの画面で見た。デマかもしれないと思った。
NHKを観たが、テロップすらなかなか出ない。
奇妙な静謐が漂う。元首相のテロリストによる、襲撃は、国民にとっては、心配でしょうがないが、NHK(他の放送メディアを含む。)には他人事なのか。そのうち、「事実」の報道だけ始めた。選挙遊説中の、安倍首相らしき人が、路上で襲撃され、血を流し倒れ、病院に運ばれた、という「事実」報道である。
 そこには、暴漢に対する怒りも、理不尽な現実に対する悲しみも、国民に対する共感も、何も感じられない、意識してそう振舞っているのか。
これが、公正なメディアなら、そんなものは、私たち日本人に要らない。

死者は便利である。
反論の機会を持たないから、生者の側から好きに言説できる。
それはまた、安倍晋三氏の敵の側からも同様である。いかに有能で、いかに優れた、そして、実は自分の味方であったかと、政治的に、自由に利用できる。昨日までの宿敵が、今日から、つよい味方なのだ。
敵は、本当に惜しい人を亡くした、日本国の将来について、大変残念だ、と、沈痛な顔をして見せればよい、後は、誰かが、勝手に、物語を紡いでくれる。

安倍氏の、享年67歳という報道に、再度衝撃を受けた。
奇しくも、私と同年である。
したがって、安倍氏と共著があり、親しかったであろう、百田尚樹も、同級で、私と同窓(彼は中退したらしいが)である。
彼が、自分のSNSで、ショックと失望、やりきれなさを、嘆いたのはよく理解できる、安倍晋三氏は、政治家として、極めて危険な、厳しい場所を歩いていたのだ。
それがよくわかる、百田直樹は、安倍氏の孤独な戦いと、報われることのなかった厳しい道行きを、やりきれない、と嘆いて見せた。
その、気持ちを私は共有する。https://blog.goo.ne.jp/koheitendo550815/e/9cdbba60d6fc9857625e1f4ca11ce841
「永遠のゼロ」の出版後の講演会に、百田直樹の講演会に、私は参加したことがある。
彼は、復員傷病軍人の、街かどでの、かど付けしている光景について言及していたが、まったく同じ光景を私も見て、当時、ショックを受けている。昭和30年生まれの私にも、戦争が一部で終わっていない、という、それこそ衝撃だった。
彼が言う、三人に一人の割で戦死者が出たのは、まさしく、私たちの父の世代である。
それによって、夫を得られないような割を食ったのは、まさしく私たちの母の世代である。
おまけに、彼らが、運よく帰還した時には、国土は焦土であり、家族は被災し、明日食うものはないという時代だった。
その中で、徒手空拳の中で、奮闘に奮闘を重ね、戦後の平和と繁栄を創出したのは、まさしく、私たちの父の世代である。
私たちは、その事実を誇りに思う。

百田尚樹は、ウクライナとロシアの内戦の認識で、私とは、違う認識に至ってしまった。
それは、残念だが、彼が、その認識を変え、それこそ、シモーヌ・ヴェイユの言う、「いかなる戦争においても、指導者は、最初に、老人、こどもたちのような社会的弱者を、敵の前に差し出す」という、きびしい事実を認識すべきである。
そして、安全な後方から、国民に死ね、という、グローバリストの手先、ゼレンスキーの恥知らずを認識し、NATO、バイデンの戦争操作の図式と、正義を装った、知的迷妄から覚めて欲しい、ものである。

私は、自分でよくわかるが、家に長くいなかった父の代わりに祖父の影響を受けている。
安倍氏も、実父を早く亡くされ、その祖父、岸伸介氏の大きな影響を受けていることは、よくみて取れる。
それにより、60年代の安保延長に依るいうなれば当時の日本国において、歴史的に不可避な道行きに立ちふさがり、敗北したという、つまらない左翼体験を、自らの安いルサンチマン(弱者の怨念)と結びつけ、三代にわたり、岸=安倍路線を攻撃していることである。
しかし、岸氏には、理念があった。
武力によって押し付けられた、進駐軍憲法を、国民憲法に制定し、アメリカ支配体制を、日本人自身による、自主、自立体制を打ち立てることである。
それは、非常に、明確で、当たり前のことだったっが、歴代の政治家たちは手が出せなかった。
そこに、自主憲法の制定という帰結に、敢然として挑んだ、安倍氏の功績は計り知れない。

このたび、安倍晋三氏の死という、事実で、自民党は、参議院選挙に勝利したということだが、必ずしも、真正の保守は、そんなことは望んでいなかった。

昨年9月の自民党の総裁選から、「第二の政治の季節」に出くわした私とすれば、このたびの選挙は、保守とえせ保守とを切り分ける選挙だった。
いわば、自国民の安心安全と、自国の文化伝統を尊重すること、いわばグローバリズムの対極を目指した、安倍元首相、高市早苗総身会長のラインと、えせ保守、岸田文雄首相、茂木幹事長、林芳正外務大臣を切り分ける重要な選挙だった。
非力な私は、自分の貧しいブログで、数度にわたり、参議院議員選挙について、柄にもなく言及し、友人たちの間を回り、意中の候補者に対する政治的な協力を依頼してきた。
まさしく、それは、生まれて初めての経験だった。
この事件は、安倍氏が、我が身を惜しまず、若手の支援に奔走した選挙中のことである。
その、安倍晋三、高市早苗ラインが、理不尽な権力と暴力よってつぶされたのは、まさしく断腸の思いである。熱い夏が、暗い陰惨な夏に思えてきた。

私とすれば、日本国を御するのに、岸田文雄は問題ないが、安倍晋三氏は邪魔になる勢力によって、ケネディ事件以来と思われる深刻なテロが行われたのであろう、と考えるしかない。
安倍氏は、それだけ重要な政治家だったのだ。

私は、先の政権で、安倍氏の政策に全面賛成するわけではない、アベノミクスにも批判軸はある、しかしそれを超える、政治的理念と、国民ファーストという、彼の理念には深く賛同するものである。

無力感にさいなまれつつも、7月9日。前から決まっていた、私自身の信仰のたびに出発した。体調を壊して以来、久しぶりの旅行だったが、毎回苦しむ暑さも、今年は少なく、とても楽な修行の旅だった。
機会があって、私は、若い友人たちと、徹底的に議論した。
国政のこと、コロナのこと、デフレのこと、ウクライナのこと、進駐軍憲法のこと、世界の支廃体制のこと、政治に深く加担する創価学会=公明党のこと、アメリカを中心にしたDSの活動のこと、知らず知らずのうちに、自分が、癒されていくことを感じた。
他者との関係の中で、自分を取り戻すのは、本当に、ありがたいことである。
私は、この体験を生涯忘れまいと思う。
安倍氏の思い出として。
それこそ、安倍氏のおかげだろうか。例年暑さに苦しむ旅が、涼しい風、好天のもとで、楽に旅行ができた。

私にも、目標ができた、どこまで生きられるかはわからないが、安倍氏の求めた大義を、私自身の社会的な目標と重ね、敵対勢力と戦って行こう。
私は、本来、文学や芸術が好きな人間である。しかし、こうなった以上、それだけでは済まない、それこそ、Pick up the torch ( 衣鉢を継ぐ。ともしびを掲げる。 )、を選びたい、私ごときが、大変おこがましい話だが。

末筆ながら、私の推した、参議院議員候補が、ほぼ、全員当選しました。
私の貧しいブログを見て、同感していただいた方には、お礼申し上げます。
大変喜ばしいことです。彼らが約束した、国民憲法の制定、抑止力としての核配備、日本国の富国強兵を図るための原発再会、財務省の意に反する有効な経済政策の実施、消費税の廃止など、覇権国家中国との戦いの確認、いくらもあります。今後もきちんと監視しましょう。


「周ニャン市騒動」てん末及び地方「政治」のバカバカしさ(学齢期ワクチン接種という愚挙) 緊急質疑

2022-07-02 12:53:33 | 時事・風俗・情況

この、フードポストの存在が、何度もいうが、悔しくてならない。
 資源の無駄を避けるため、余った商品を、足りないところで、助けあう。ウソを、つくな。
 行政が、なぜ、こんな偽善に手を出すのか?
 多くの市民が、私たちの父母が、決して私たちに見せなかった、裏の貧困が、かつては、いくらもあったことを覚えている。
 現在、国も、県も、市も決して、その理不尽な、その事実を認めない。頑として、認めない。
 資源のむだつかい、そんなものはない。私の行くスーパーなど、食料品など、その日でも、最期は半額でうるぞ、それに、群がる老人、貧困所帯たち、私だって、並ぶ。
 社会的な要請には従わずには、いられないと思われる、流通業者たちも、さすがにあきれたか、行政を嗤っただろう。
 その程度の、デフレと、賃金低下に痛めつけられた大多数国民の苦衷がわからない人間は、政治家の看板を降ろせ、ということだ。
 おまけに、この品のない、ドラム缶が、各官庁出先ののトップに、平然と設置されてあるといういう、恥知らずな事実、とどのつまりは、炊き出しでもやるつもりか。
 それなら、まだ、芽がある。
 場所を決め、市の運営(すなわち市発注の業者にまともな方法で管理運営してもらうということだ。)配食まではできないが、窓口で、こどもにでもだれでも、希望者に、弁当配布をするということだ。
 配布者に、意識的に、きびしい、しばりは設けない。
 おかわいそうにと、贈与はできる。それが、日本人の倫理観というものではないか。
 図書館の本の贈与・貸与を全国にしている、なら、今すぐにでもできるではないか。
 昔の人はよく言って、いる。
 衣食経って礼節を知る、と。
 いずれ、制度の恩恵を受けた、こどもたちが、その意味を、考え始める、だろう。
 それが、最も良い。
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女性政治家は、徹底的に名前を惜しむ(文語表現は要らない。すなわち、権力と権威が欲しい。)らしい。すべての女性政治家とは言わない。例外もある。
私たちに、相互の性差、女性を忘れさせる、優れた政治家もある。私たちが異なった性を、意識化しないことはないが、議論の中に、性差の支障のない、議論と政治の時空が成立する、そのように、人間はできている。

しかし、そんな本質を逃した、LGBTなど、何の意味もない。
バイアスかかった女性は目も当てられない、それこそ、劣化した男だ、武蔵市長のような方ですな。

再度、繰り返すが、すなわち、女性政治家は、自分の名を挙げよう、名前を印象付けようとするためには、なんでもする。
 小池都知事は、格好のロールモデルである。
太陽光発電、その採算性、将来に対する有害廃棄物化に対する危険性、都民どころか、都庁職員からさえ、事業効果性に反対が出ているのに、平然と事業推進を強行しようとする。
私は、都民、日本人ではない、西欧の環境狂信者の政策、すなわち、他国侵奪を目指す、グローバリズム活動家の正義に連動しているのよ。
コロナファシズムにより、都政が混乱、疲弊し怨嗟の声すら生じ、病気にもなった。
神宮外苑の再開発に伴う、樹木の大量伐採を批判され、都民ファーストの前提をくずされ、「小池百合子ファースト」が暴露され、彼女は今さら、何を、目指すのだろうか。
しかし、マスコミに出るのだけは、止めない。
「死に至る病」という哲学的な悩みではなく、通俗的に、「死んでも止めない」、権力への渇望とでもいうべきだろう。

周南市のコロナの取り組みについて、先に言及した。
私たちは、在職中、私たちの仕事に就いて、押しなべて、事業評価を求められた。
決められた、自己の担当する、事業の、妥当性と、成果を、求められる。
そんな都合のいい、見栄えのいい仕事があるわけがない。
目立たぬ、重要な仕事はいくらもあるのだ。
上司は、日常業務がいっぱいあるので、そんな、やっつけ仕事に、部下が、乗れるはずもないのをよく知っている。したがって、仕事の内容もわからない指導人間のやっつけ仕事になる。

このたび、さきの、私のもと同僚、藤井律子市長の事業から、時間がたったし、実害も生じているらしいので、誰もやらないのなら、私が、事業・実績評価をしてみる。
 あなたは、いつも、市民に受けそうなテーマには、ネット通信署名入りで文書送付する。
 典型的な、リアルポリティシャンである。
今回は、是非、回答してもらいたいものだ。
 前回の提案はこうだった。

 「このたび、文部科学省は、政府が強行する、学齢期から、ワクチン接種の義務化を、任意設置で実施する、ガイドラインを全国に通知した。
 同時に、ワクチンを大量発送したわけである。
自己責任を前提で行われる、個々のワクチン接種を個々の親の判断にゆだねるという指導である。
本来、ワクチン接種では、副作用は生じない。生じないのであるから。副作用が出たら、副反応と呼ばれる。救済はない。自分のリスク意識と判断で、ということになる。

試しに、先に二回行われた、ワクチン接種の、実施資料で、厚生省職員のワクチン接種率(2回目までである。)が10%、国会議員が、30%弱、驚くべき達成率であった。
どうも、ワクチン接種は危険であると、NHKその他のメディアがあおった80%から90%の国民接種達成率から比較して、官僚・政治家は、その安全性を疑い、自分は決して打たないと、その本音を隠していたわけである。
60歳以降の、免疫低下の世代にインフル同様に犠牲者が出るのは、残念であるとしても、ウイルス被害で、ほぼ毎年2万人超の死者の数に比べ、著しい低下である。
おまけに、PCR検査を経た人間が死ねば、皆、死因はコロナ死と判定されるという、とんでもない話だ。
現在、壮年世代の、若い世代に死者が出ているのは、どうも、ワクチン接種の副作用(断じて副反応ではない。)と取りざたされているところである。
私も、そんなものじゃないかと思っている。
しかしながら、こどもに死者はほぼいない。
なぜ、犠牲者もいない世代に、ワクチン接種を強行するのか?」

「しかし、そのうち、話は変わる。
なぜ、国レベルで、学齢期児童のワクチン接種は、効果があるとは、疑わしい、と、指示があったのに、周南市も、学齢期接種を強行するのか。
それとも、全国でやっていることだから、うちも、やればいい、とでも思うのだろうか。
私の倫理コードに照らしてみれば、私が社会生活を務めている間は、当局から強いられれば、ワクチン接種はやむを得ない、と思っていた。
所詮、私の個人の命である。
直接介護にあたる医療従事者、国土・国民の安心安全を守る自衛隊員ですら、ワクチン接種が義務化されている現実である。
まだ、パンデミックの実態がわからない段階で、窓口公務員の私が、市民のリスクを排し、職責を貫徹するためなら、信念を曲げ、ワクチン接種をすることも止むを得ない、と思った。
後日、パンデミックは大嘘が判明し、在職中に、やらずに済んだのは、僥倖であった。
ワクチン薬禍の中で、最初に犠牲になった、医療従事者、自衛隊員などに、哀悼と、お礼の言葉を申し上げる。
現在、強行される、安全性が極めて疑わしい、第三次接種など、現在、基礎疾患のある私は、接種する気持ちなど全くない。
 ウイルスの世界的な、伝播状況、日本国のり患状況、あるいはワクチン接種の副作用状況、勘案して、まったく、メリットがないという判断をしている。
しかし、学齢期以降のこどもは違う。
彼等には、自己決定権がない。
しっかりしない、親が、望めば、今後、どんな健康被害が出るかもわからない。
大多数の親たちは、忙しいので、情報収集もできない。
今は、そう、中小企業に勤めるどころか、フルタイムの職員もおぼつかない様な、不安定な状況で、我が家の家族の命をつないでいる。
そんな方々に、自己決定を強いるのは、間違っている。
公言しているように、「こどもたちの未来のために死んでいくのは、われわれ老人の役目ではないのか」、と、私は、マジで、思っている。
要は、あなたとか、私が、未来ある子供たちのために、先に死ぬ方が、人間の倫理として、間違っていない、そちらの方が、価値がある、ということです。
そうなれば、こども支援部を作る前に、こどもの生命、安心・安全、健やかな発達を支援するように、全力を尽くさなくてはならない。
そのためには、政府の政治的な思惑を排し、まともな、文部科学省の官僚の意見を、誠実に、取り入れなくてはならない。
圧力はかかるだろうな、しかし、それが、政治的な責任であるということだ。」

(「    」内は、前述した内容になります。)

私が申し上げたのは、こういう、提言だった。
私は、周南市に行くことはなくなったので、周南市の年齢別罹患率も、被害の実態も知らない。
しかし、ワクチン接種が始まって以来、下松の小学生から、多くの発症者が生じたことは聞いた。
同様な話が周南市にないとは、言わせない。
藤井市長は、国井下松市長に比べ、疱瘡神(平易にいえば、おにがわらみたいなもんです。)ででもあるのか。そうであろう、新年会では、すてきな、装束を召されていた。あれは、悪魔払いの、縁起物だったのだな。
私は、友人に、周南市の気骨ある小児科医の話を、聞いた。
こどもに発生のない、ワクチンを打つのは愚かな選択ですよ、という助言をする医師の話である。ワクチンはわからない、突然変異も早いし、陰謀説すらもある。それをさておいても、時間を経てどんな症状が出るかまだ、まったくわかっていない。
そのうえで、この酷暑である。学校の帰りまで、マスクを外せないこどもを見ていると、涙が出そうになる。
すでに、外部では、マスクを外すべきという、国に連動した、医師会通達まで出ている筈だが。
周南市では、皆マスクを外しているのだろうか。
公用車で送迎される、あなたは、知ったことじゃ、ないだろうが。
岸田文雄は、実に愚かな選択をしている、それに追随するのはバカ者である。
それも、あなたは、市民の健康を第一に考えていますよとという、偽善の言葉で。
政府から、圧力はかかるだろうな、しかし、それが、政治的な責任であるということだ。
しかし、それは、名もなく、貧しく、負けずに正しいことを行いたいたいという、はるか昔の「青年団」の理念だ。
この際、やめてしまいましょうよ。
ワクチンの結果が、支障をきたした、彼らが、成長し、思春期にでも至ったら、私は、彼らの、目が、恥ずかしくて見れない。


       それでは質疑を始めます。

1 あなたの孫は、小学生と聞いた。
彼はワクチン接種をしたのか?

A それは決してさせたくない。
B それは、彼(彼女)の父母の判断である。私は政治家として関与しない。
C 私は、全世帯の父母に自己判断を求めている。結果は、個々の家庭で負って欲しい。
 この世はすべて自己判断と、自己責任である。私は、良い結果があることを信じている。
D その他(自由異見)


2 そもそもあなたは、ワクチン接種を何回目までしたのか? それに対して、市民に望むことは?

A 皆さんの前でパフォーマンスはしていないが、ちゃんと( やった・やってない )(二択)
B 私はやっていないが、市民の皆さんは、パンデミックが怖いので(実は大ウソだったな。)、国にしたがい、やるべきだ、と信じている。
C 基礎疾患があるので、やらない。某国家政治家のように、人前で、パフォーマンスまでやらない。 私は私の判断と、自己利害と・信念で生き
 ている。
D 市民の間では、ワクチン接種をこどもにしないと登校できないという声もあるが、そんなことは、私は知らない、前述したように、個々の家
 族で決めて欲しい。
  自業自得という言葉がすきなのは、日本人の美徳だと思う。
E その他(自由異見)

  
3 他市の自治体議員のマスク外したうえでの公用が政治問題にまでなったが、周南市市議会議員及び市幹部(当面課長以上と想定する。)のワクチン接種率は、どのようになったのか。

A 先生方は、先生方の判断があるので、私の知ったことじゃない。実施者がゼロだと、見栄え、聞き映えが悪いな、という認識ではある。被害
 がふえれれば、いずれ、発表しなければという認識はある(報告義務があるかな?)
 いずれにせよ。国の、仕事であり、義務である。私に、責任も、権限(勇気)もない。
B 市職員については、個々の判断を求めている。大人の対応ということだ。しかし、長期にわたり、休まれるのは、実務が困る。これも、議員
 さんと同様で、同じく、見栄え、聞き映えが悪い。
  自己責任、これも、多くの日本人と同様に、私の好きな言葉だ。
C (自由異見)

4 学童期児童に、下松市並みに、副作用(副反応でもいい。)は出ていないのか。

 (この辺りはいくら何でも、周南市議会の管事項でしょう。まともな議員さんの対応を望みます。)



 以上のことについて、あなたは、政策実行者として、市民に答える義務がある。
 なぜなら、市民にも、全体職員にも、まともに応えていないから。

 政府の、バカな節電策で、市民はダブルパンチではないのか。それは、あなたの責任じゃ、ないのか。政治家の前に一人の人間として、道義的な責任はないのか?

 広報か、周南市ネット通信で、早急に、応えて欲しい。