鼻紙写楽/一ノ関圭著(小学館)
伝説の漫画家一ノ関圭の32年ぶりの新刊で、手塚治虫マンガ大賞受賞作。連載されていた雑誌が休刊したためか内容的には未完だが、それほど気にせずとも面白く読める。
このニュースがあって興味を持ち、先に過去作品から読み直してみて、改めて今作品を手に取った。緻密な絵と構成は健在の上、さらに磨きがかかっているように見受けられる。デフォルメは大胆になり、江戸時代の小物まで丁寧に書き込まれている様子がうかがえる。本当に凄い作品だ。
写楽の正体については諸説あるが、その写楽の謎にたどり着く前の、歌舞伎の跡継ぎの世界や誘拐事件など、いくつものエピソードをちりばめた作品になっている。恐らくまだお話は膨らんでいくのだろうけれど、それでも断片を読むだけでもその緻密な作風は堪能できるものと思われる。根拠となっている資料を吟味したうえで、恐らく大胆な仮説を交えて物語を構築しているものと予想される。まあ、本当はよく知らないからそう考えるより無いだけだけれど、人物が活き活きしていて、それでいてどうも本当らしい江戸の姿も見て取れるということだ。この作家はいったいどういう人なんだろう。ひょっとすると自分自身のミステリと絡めて、写楽像を構築しようとしているのかもしれない。
人間の愛憎劇の絡みを描くのがうまく、それぞれの心理面が上手く伝わるのも見事である。人というのはそんなに嫉妬深いものなのかというのは僕にはよく分からないにせよ、まあ確かに思うようにならない世の中だ。江戸の時代の人にも、そのような心情はあったのだろう。
今とは考え方のずいぶん違う時代とはいえ、人間の感情にはそのような普遍性があるのかもしれない。現代から見ると特殊な人間関係がありながらの自由な考察が、ますます絵の価値を上げているようにも思われる。いつになるか分からないが、また年月を経て続編を期待するより無い作品なのであった。