ホワイト・クロウ 伝説のダンサー/レイフ・ファインズ監督
ソ連時代の伝説のバレエ・ダンサー、ヌレエフという人の半生を描いた伝記的作品。ソ連の地方に生まれながら、軍人の父を持ち(何かの都合でほとんどいない)、農村で母と多く姉に囲まれながら貧しい暮らしをしていたようだが、ダンスの才能に見出されて有名な学校に行くようになり、独自の努力を重ねて頭角を現していく。そうしてソ連を代表して海外公演に出られるようになるのだったが……。
実際には海外公演先であるパリでの日々と、そうして過去を回想するシーンが重層的に繰り返されていく仕組みになっている。結果的に亡命することになるんだろうが、それまでの彼の歩んできた歴史が明らかにされていく。才能も高い男だが、非常に個性的なわがままな性格で、旧体制で制限の多いソ連にありながら、その自分の考えを押し通すわがままで、様々な人間を事実上支配していく。その軋轢の一つ一つが、何か芸術としての、ピリピリとした高みに続く道を暗喩しており、不快な気分は無いではないが、やはり圧倒された気分に包まれてしまう。演出もよく、俳優として素晴らしいレイフ・ファインズの初監督作品としても見事な出来栄えである。
女性とも性関係は結ぶが(とにかくモテることは間違いない)、基本的には同性愛者だったようで、バレエという究極の肉体の追及において、芸術作品に対するあくなき追及心があったことが見て取れる。絵画もだが、彫刻にあらわされる男性の肉体に関心が強かったのだろう。そうして自分自身も、その肉体をどのように表現するのかということに貪欲だったのかもしれない。そのような芸術に対しての探求心とともに、自らの肉体と理論と技術を融合させて、それまでになかった男性としてのバレエの形を作り出していったということなのだろう。
それにしてもすさまじいわがままぶりで、約束は守らないし、言いたい放題のことは言うし、人を傷つけることに何の躊躇もない。さらにそうしてわがままに関することについては、何の反省もしない。自分の間違っていない考えのもとには、その周りの人間が従うべきことであって、それについては迷いがないのかもしれない。しかし貴重なことを教えてくれる人には礼を言いはする。自分にとっていいことには、素直に向き合えるのである。そのほかの面倒なことには、まったくの感心さえ示さないということなのかもしれない。
演出上、様々なわがままな人間を見てきたわけだが、それらの多くのわがまま人間よりも数段その変質度は高いにもかかわらず、何か本当に感心してしまった。僕は自分がわがままな性格なせいなのか、他のわがままな人間を微塵も許す気になれない性分なのだが、このヌレエフには、素直に凄いなあ、と思うのみだ。友人にはなれないが、このような人だから尊敬されるというのは、周りの人には不幸でも、バレエ界には幸福なことであったのだろう。