誰かが書いていたのだが、どんぶりと言えば、圧倒的に食べてきたのは「牛丼」だ、という。なんとなく意外な感じがするのは、僕はぜんぜんそうじゃないからだ。牛丼を初めて食べたのは二十歳を超えてからのことだったような気がするし、食べた感想も、まあ、こんなものかな、というもので、たいしてリピートには至らなかった。僕は九州の人間ということもあると思うが、こちらの文化圏では、牛丼というのはポピュラーではない気がする。吉野家のチェーン展開で、身近なものになったのは、あんがい遅いのである(そうはいっても数十年前だが)。
それでも牛丼が好きだという先輩がいて、やたらに飲んだ後に食べたがったので、つきあいでちょくちょく食べるようになって、牛丼屋でも多少は酒が飲めるということを知ったので、嫌がらず入るようになった。確か団鬼六が、吉野家では一人三合までという飲酒制限があるので、かえって自分には良い、というようなことを書いていたように思う。しかし、制限されていたような記憶はあまりない。まあ、基本牛丼を食べてしまったら、帰ったということなのかもしれない。
朝飯に牛丼というのは、何度か行ったことがある。これも誰かと一緒だったと思うのだが、まあ朝から開いている店が牛丼屋だったということもあるのだろう。結構客が居たりして、需要があるんだな、と思ったことだった。基本ワンオベで、それでもすぐに出てくるのでいいのかもしれない。ただし僕の場合は、食べて外に出てもトイレの都合があるので、あんまり外で朝飯を食いたくない、というのがある。朝食抜きのビジネスホテルのそばにでもあれば、また行くかもしれないが……。
関東近辺の友人のところに遊びに行って、牛丼を食べたというのもある。僕らは出身が関東では無いので、そういうのが面白い、という感覚があったかもしれない。せっかくだからあんまり聞いたこともないような店に入って牛丼を頼むと、基本的な味はやはり関東なのかな、という感じではあった。確かそこでも酒は飲み続けていて、僕らの存在はちょっと異質だったかもしれない。
一度はかなりすき焼き風の味付けになっている店があって、それは少し高い牛丼だったのだが、やっぱりまあ、そういう風にどんぶりを食べたいという欲求なら、よく分かる気がした。すき焼きをやった翌朝に食べるご飯は、それなりのごちそう感がある。牛肉は残っていなくても、あのだし汁の染みた豆腐やネギは、実にご飯にあう。肉があればなおの事、牛丼としては最高なのではないか。
そう考えると、牛丼はあまり食べてこなかったという思いがある割には、牛丼とはつきあいがあった訳だ。母がまだ元気なころにも、牛丼を食べたいというので連れて行ったが、まあおいしいとは言って食べていたが、もう行きたいとは言わなかった。僕らの牛丼との距離感というのは、つまるところそんなものではなかろうか。