カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

厳選CDづくり

2008-05-30 | 音楽
 いつの間にかやらなくなってしまったが、選曲して編集して自分独自のアルバムを作るというのが音楽を聞く楽しみでもあった。昔はカセットテープだったので、ダブルデッキはレコードを丸ごと録音するためというより、編集のために必要性があった。CDになりMDになって、格段にこの作業が楽になった。いい時代になったものだなあ、と利便性をかみしめていた。今はパソコンになってもっと作業は簡単になってしまったが、僕も年を取ったのだろう、いつの間にかやらなくなってしまった。
 しかしながらあの編集ということをしたいという欲求はなんだったのだろう、とふと思う。よく漫画などでもデート前の晩に厳選CDを作成する場面がみられるが、そういう下心のある時は、ムード作りに躍起になるのかもしれない。自分のセンスというか、そういうものを音楽に乗せて伝えたいということだろうか。
 最近は仲間内で結婚をする人が減ったので結婚式に呼ばれる機会が無くよくわからないが、「今流れている曲を二人で選びました」というようなことを式場がことさら強調していたことがあった。二人の要望に沿った良心的な式場であるという宣伝になっていたのだろう。考えてみるとそれぐらいのことは当り前じゃないかと思うが、当たり前じゃない時代が僕らの前にはあったという証明であったのだと思う。決められたことに金を出させて従ってもらうという商売だったのだろう。
 まあそれはいいのだが、僕はなんとなく自分の結婚式用に選曲CDを作っていた覚えがある。結婚式の予定もなかったのに悲しいことである。結果的に結婚したにもかかわらず結婚式を企画(当事者として結婚式を実施しなかったから)しなかったので、さらに無駄なことだった。新郎新婦の入場にはドアーズの「ハートに火をつけて」で決まりだと思っていたが、だから実現はしなかった。しかしZEPとか泉谷しげるのガンガンかかる環境が結婚式としてふさわしかったかどうかは、検証の必要さえないようにも思うが…。
 学生のころは、あてもないのによくドライブに行った。そうすると、この厳選テープなりCDなりを作って参加するやつが必ずいるもので、強制的にこれをかけてくれと言われる。自分の車なのに車中で聞く音楽の優先権を失うということが、なんだかとてつもなく悲しかったものである。それを断れない自分に、さらに不機嫌になるのだった。
 自分のお気に入りの曲を、人に聞かせたいとい欲求のようなものがあるらしい。それはやはり一種の自己主張なのであろう。僕は放っておくと自己主張の塊のような状態になってしまう人間だが、現在は音楽編集CDを作る欲求はほとんどなくなってしまった。我ながら不思議なことだなあ、と思ったのだが、よく考えると、たんに煩わしいだけのことであった。
 音楽については、内向的な方向へ大きく舵とりして、自分さえよければいいようになってしまった。今は曲名さえ覚えようともしない。さらには誰の歌なのかさえ知らずにかまわなくなってもいる。他人を自分の車に乗せると、多くの場合音源を切っているようだ。今でもつれあいとは一緒に音楽を聴いてもいいとは思うけれど、他の人とはそうは思わなくなってしまった。趣味というものを共有したり理解しあったりする努力を、したくなくなってしまったためじゃないかと自分なりに分析している。めんどくさいのかもしれない。それなのにこのように文章にすることはめんどくさくない。これって自己矛盾なのだろうか。
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トランスアメリカ

2008-05-29 | 映画
トランスアメリカ/ダンカン・タッカー監督

 性同一性障害というものがあると、まずは認める。いや、実際にあるらしいが、理解できないという偏見があると思うからである。他人事みたいに言っているが、そう簡単に理解できるものではないようにも思う。どうしてそうなるの? と、原因を求めてしまいそうだ。そういう完全に異質なものを見ているということが、この問題の大きな難しさであろう。そして、それはそういう障害とされている人自身が身をもって感じていることに違いない。その抵抗を通り越して、この映画の言葉を借りると、社会に「埋没」することが必要になってくるのだろう。
 さて主人公はそういう性同一障害らしく、いよいよ性転換手術を受けることになっている。現在はその姿として、すでにかなり女性的に洗練されているが、しかし、今はまだペニスがあるらしい。そこに拘置所に拘留されているらしい17歳の青年から電話がある。父親であるスタンレーに会いたいという。なんだかややこしいようだが、スタンレーとは過去の自分の名前で、そういえば過去に一度だけ女性と関係したことがあるようだ。そこで半信半疑ながら迎えに行くことになるのだが…。という展開。ニューヨークの息子を迎えに行って、車で西海岸まで横断するロードムービーである。自分が父親であることと、性同一障害であるという二重の秘密を抱えたまま、どうしても告白できない葛藤をコミカルに描いている。深刻な問題だからこそコミカルにならざるを得ないというところが、かえって悲しさを感じさせる。息子は男娼として破綻した生活を送っているらしく、家庭的な問題が多い。お互いちぐはぐな警戒のある中で、徐々にうちとけていくのだが、どうしても秘密を打ち明けることができないのである。
 あまりに違うお互いの生活環境であった上に、血がつながっているというだけで共有してきた時間も皆無である。人としての付き合い方がわからない上に、この場合実際は父親であるのに父親でなく母親としてどうするかという葛藤まである(息子は親子であることすら知らない)。途中で仕方なく立ち寄った実家では、図らずも孫の存在(息子には秘密だが)に喜ばれたりしている。
 なんというか、終始困ってしまう状況がスリリングに続きながら、旅はなんとか続けられる。先行きがどうなるか、という興味もさることながら、当然観る者も考え込まざるを得ない。こんなんでうまくいくはずないんじゃないか。これだけ最悪な関係に将来があるのか。親子の関係のみならず、自分の性の不一致ということが招く人間関係の混乱の収拾が、はたしてつくものなのだろうか。
 男女という性がわかれていることで、当然のように人間関係が社会を形作っていることが理解できる。個人が逆の性にも転換しようということになると、これだけ関係が混乱するのである。本来の自分の性を取り戻そうとしても、まわりの人間が納得できるかということはかなり難しいのである。それは、一度決定した関係を再構築しなければならないからである。過去にあった自分の関連する世界と決別し、新たな人間として生まれ変わらなければならない。しかし、家族という存在は、過去との決別できない連続性の証である。いくら否定してもなくなるものではないのである。つまり、それは自分として持っている属性であって、自分自身を形作っているそのものなのだ。
 しかしだからと言って自分を変えることはできないのだろうか。この例は極端にせよ、僕は誰にもできると思う。この映画でわかるように、自分のまわりに与える影響力は図らずもかなり大きいものがある。しかし、自分が変わることによって、世界自体も変わることができるのである。それは影響があるのだから迷惑な側面はあるにせよ、新たな世界の獲得ということなのではないか。少なくとも大いに笑いながら、人間再生の強引な可能性に目覚める思いのする映画だった。
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本当に手をつけるべきところは現場ではない

2008-05-28 | 雑記
 教育についての話が聞けるというので出かけてゆく。二本立てで話が聞けてお得であった。まあ、タダだし。
 しかしながらこういう話を聞いていると、教育論というのはつくづくむつかしい問題なのだとも感じる。僕は「親はあっても子は育つ」という考え方だから、どんな教育であってもある程度はどうでもいいんだけれど、政策として教育を考えるということになると、ちょっとこれは検証の難しさばかりに目が行ってしまう。最初の論者のいうように、ある程度戦後の日本の教育を評価した上で物事を考えなおすという前提がなければ、かえって改革は危険な側面もあるように思える。何故かというと、全否定でひっくり返すような改革をしても、もしそれが間違いであったり上手くいかないと評価できるまで相当の時間がかかるからである。だからといって今のままでいいのかというと、それはやはり今の否定や問題点から洗う必要があるわけで、簡単に検証のできないもので、その上に安易な感情論が通りやすい現実もあるようで、提言が難しくなるのかもしれないと思った。
 しかし難しいとばかりも言ってられない。いろいろあるにせよ、今の教育の問題点であんがいどうも嘘が多いと思うことがあるのも確かである。ひょっとすると言っている人もいるのかもしれないが、聞こえてこないだけなのだろうか。
 教育と学力という問題は、本当に矛盾することなのかどうか、という疑問が僕にはあるようだ。少し戻って考えると、「ゆとり教育」への不信というのが、世間一般にあるというのが、現在の立ち位置だと思うからだ。
 ではなぜ「ゆとり教育」という考え方が生まれたかということだが、受験戦争といわれた学力重視の詰め込み教育の行き過ぎの反省からであると、大筋では考えられる。いい大学に入って一流企業へ入社するというコースをたどる事が、明確に人生設計として安定した収入を得られる道であると信じられた時代背景がそこにあるからである。それはぜんぜん間違っていなくて、生きてゆく上での収入を重視するのであれば、今であっても通用する概念だと思う。もちろん経済成長自体が鈍化しているので、その明確さに陰りが出ているといえるだけのことで、日本の社会においては学力というある程度の客観性のある能力を伸ばすことが、成功への重大要素であることにかわりはない。だから今でも多くの親の最大の関心事が子供の学力であるのは、純然たる事実だろう。
 では、ゆとり教育の反省とは誰がしていたのか。これは、確かにその時の世論がそうだったということも言えるのだけれど、本当にそうだろうか。実はこの問題を指摘していたのは、多くは教育の現場サイドの声だったのではないか。確かに学力重視は親の行き過ぎた期待を膨らませすぎてはいたが、それを受けていいる教育界そのものが悲鳴をあげていたということではないか。親の方が子供に学力なんていらないからゆとりを与えたいと考えたというより、もっとゆとりを持たせて教えてやりたいという教育現場の声の方が大きかったのではないか。そうであるからゆとりの発想そのものが、逆に漠然とした親の不満を膨らませていったのではないか。根本的なゆとり見直しの機運は、間違いなくそこから生まれていると僕は疑っているのである。
 子供の学び方を変える考え方を取り入れることで何が一番変わるのかというと、実は教師の働き方が一番変わるのである。学校週五日制になることで、子供の勉強する時間が減るということと同時に、それだけ教師が働かなくなったという不信感の方が膨らんでいったようにも思う。いつの間にか先生は夏休みも学校に出勤するようになったりしてほころびを直そうと躍起になっていたけれど、全然それも評価されなくなった。根本的な不信払拭に至っていないからだ。子供の数が減って行っているのに、少人数学級(自然にそうなるのは全然かまわないけれど)などといって先生の数は減らずにむしろ増えていく。ひょっとして、国民は騙されていたのではないかとようやく気付き出したということではないか。教育を盾に、教師の職場改善(というか、既に羨むべく立場なのだろうが)が図られていたというのが実態なのではなかったのか。次々にダメ教師の追及がなされるようになってくると、今度は給食費未納だとかモンスターペアレントというダメ親との対決という図式が浮かび上がってくる始末である。学校側が指摘する問題点は、自分の保身からくる逆襲のようなものである。もともと親と教師の対立の図式を作り出した背景は、このような一連の流れから見て、実は教育改革が発端だったような気がする。
 まあ、しかし、たとえ親がひどかろうと教師が無能だろうと、それはある程度当然のことである。絶対悪はこの世からなくなりはしない。だからと言って全面的に容認するわけではないが、単純に対立構造とすることの方が問題である。この場合の協力体制こそ、お互いに共通する本当の利益だからである。
 もうひとつ世間一般がまったく勘違いしていると思われる考え方を指摘しておく。競争原理が学力のない人間や問題のある人間をふるい落としてしまうというのは、必ずしも本当ではない。実際に子供に何かを教えてみると簡単に実感できることだが、勉強のできる子や、ひねくれていない子は、大してかかわらずとも自ら学習する能力がある。ひらたく言うと、ほとんど手がかからない。一所懸命手をかけなければならないのは、圧倒的に学力が低く問題のある子供なのである。ふるいにかけるどころか、競争原理が働くことで、そういうところに重点的に手をかけることが普通になっていくのである。事実、塾など個別に料金を取るシステムだと、そういう子供を簡単に投げ出すわけにはいかない。最初から試験で選別するところもあるだろうけれど、底辺こそ重点を置かれて手をかけられることになるのである。最初から落ちこぼれや、平等教育に重点を置くことで、かえって底辺から這い上がるチャンスをつぶしていることが多くなっていたというのが、今までの弊害だったのである。子供の個性が重要だというのなら、しっかりと個人差を認めることの方が大切だ。確かに競争の行き過ぎるということはあるにせよ、上下のある関係性の方が人間社会の自然な姿であるといえる。現実に即して対応するという視点がない限り、問題の根本解決にはならない。現実を読みこむ時点で嘘の情報が入ることで、行動を誤ってしまうのである。
 教育基本法などの文章を読んでいるとすぐにわかることだが、具体的な内容が全く見えてこない。基本的に語れないことを書いてあるのではなく、内容を書けないような嘘で塗り固めている所為である。すでに教育のプロであるはずの教育界の信用が揺らぎすぎている。その元をしめている文部科学省の改革こそ、実は早急性が高いのであろうことは、誰でも薄々気づいていることだ。現場にだってやる気のない人間ばかりなのではない。手始めに教育委員会から多くの権限を校長に委譲するだけで、かなりの効果があるだろうことは簡単に予想できることだ。市場原理がすべて善へ導くとは限らないが、行き過ぎた権限の締め付けが、教育現場を腐らせていることは間違いのないところであろう。
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人命の重さの違いではない

2008-05-27 | 時事
 長崎市長射殺犯に死刑判決が出た。テロとして社会的な影響力が大きいという判断で、一人殺した場合でも死刑判決が出たということらしい。
 死刑判決が出なければ、凶悪犯罪を野放しにするのか、という論調で紙面があふれることになるのだが、今回は順当に死刑判決が出たので、この判決に対する疑問視の声の方が多く載せられることになった。今まで被害者が一人だったため無期懲役になったケースでの被害者のコメントなどが多い。被害者の命の重さに違いがあるのではないか、事実上の差別ではないか、ということらしい。
 話が混乱するので言いたくないが、命の重さは同じ人間であっても違うというのは事実上当然である(それでいいという意味ではない)。同じというのはあくまで建前のことにすぎない。アフリカでいくら子供が餓死しようが、だから僕らは差別して平気でいられるのである。それより先に距離感もあるが、事実上の命の価値の違いなんてこの場合を引き合いに出さずとも、ごまんと見つかるだろう。
 しかし今回の場合は、本来的にはそういう意味ではないのであるから、的はずれにすぎない意見である。社会的影響力の大きさで罪の重さは違うという見解である。テロには厳罰を、ということでもあるかもしれない。基本的に厳罰化の風潮が勝っている時期であるとも考えられる。ちなみに判決が世論に対応するのは自然なことだ。それが日本の裁判である。役場のように前例主義のみで判断(基本的な裁判はそうだけれど)するから多くの場合判断を誤っているのである。このケースだけを慎重に判断することの方が、より重要であると考えた方がいいと思う。そして死刑判決が出たということなのである。
 また、これである程度の陰謀説にも歯止めが利くようにも思う。もし本当に陰謀であったなら、死刑でない場合は陰謀を企てた側の勝利である。死刑が出ると、陰謀に乗って射殺した犯人が一方的に嵌められたことにもなるかもしれない。二審でどうなるか分からないが、その場合新たな自供が出てくるということも考えられる。まあ、この場合最初から陰謀というのはちょっと飛躍があるのかもしれないが(犯人が想像以上に人格破綻者のようだし)、少なくとも今後の抑止力になることは大きな事ではないだろうか。
 このテロによって大きく選挙への影響はあったわけだし、現代日本にこのような政治言論へのテロの出現があったということの影響は小さくない。犯人が小物すぎるということはあるにせよ、そういう小物でさえ社会への影響力を持ちえる暴力があるということに対して抑止力を働かせる必要があるということなのではないだろうか。結果的に個人生活が脅かされていることにもつながっていくだろう。今回の事件自体はそういう事件の関連性は少ないのかもしれないが、図らずも今後十分にこのようなテロが有効であるということを提示してしまったということが大きいと思われる。よって極めて順当な判断が出たと解釈することが自然だと思った。
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死刑判決は倫理問題かもしれないが

2008-05-26 | 時事
 テレビで裁判員制度のことを取り上げていて、死刑判決をくだす精神の葛藤超克を宮崎哲弥が語っていた。死刑が適当と判断される人物に対してであっても、死刑判決をくだすということが精神的にどれだけむつかしいことなのか、ということは確かに考えてみると非常に困難なことのように思える。寝られなくなったり精神が不安定になる裁判官もいるというのは、十分に理解できることである。ましてや裁判員制度で選ばれた素人にそんなことができるのかというのは、普通に考えて疑問も出てくる問題である。世論であるとか部外者ほど、簡単に「死刑にすべきだ」と言えるわけで、自分がその立場になるとどうなのだという想像すら働かなくなるのかもしれない。
 しかしそれでも殺人事件のようなことが起こった場合には、その犯人には死刑判決の必要がなくなるというわけではない。判決をくだすという行為が難しいものであることは、想像の範疇に考慮しなくてはならないにせよ、死刑の是非を含めた議論の中にこの倫理観が入ってくることは、少し危険ではないかという気がする。そもそも人が人を裁くことができるのかという哲学の領域ではないか。
 法の考え方として、犯人への更生を説くのに、社会への復帰を前提にするという話にはかなりの困惑を覚えた。死の前に絶望があることはわかるが、そういう立場に立った人間に更生を説けないという理由で接する方法を失うというのは、単なる方便のような気がしないではない。釈放を認めない終身刑の問題点だということなのだが、刑務所の中であれ外であれ、人は終身刑の立場にいることは違いがない。相応の罪を負ったものは、刑務所の中で一所懸命暮らせばいいだけのことである。外の世界にいることだけが、人間更生の唯一の道であるという考え方にはかなりの偏見であるように思えてならない。だから終身刑の必要がないという根拠にはなりえないという気がする。
 裁判員制度については、勝谷誠彦の言うように「焚火のつもりが山火事になった」という表現通りの現実があるとは認める。しかし、だからこそ一般の人がこのようなむつかしい問題を考えないでいいということにはならないとは思う。義務として参加させられるという是非には疑問があるにせよ、こんなことでさえ法曹界内部問題のみで判断しなければならないということではない。無期懲役と死刑という刑の間にある(罪の)量的な違いの大きさもさることながら、重大犯罪をどのような判断で裁くべきかという根本問題に、結果として現れる不公平さが問題なのである。罪の償いにどれだけの量的な刑罰が必要なのかという根本すぎる問題に、国民の多くはかなり疑問に感じているのではないかと思われる。無期懲役(この内容にも問題があるように思うが)と死刑の間にどのような量刑が必要なのかという問題には、事実上の死刑判決である終身刑のみでいいものかどうか、ということも視野に入れて議論するべきなのではないだろうか。
 思い切って量刑自体を自由に設定できる(例えば懲役100年)などというのは、個人的には面白いとは思うが、これは必ずしも賛同を得られるかどうかわからない。そうではあるが、現在も重大犯罪は起こっているのだから、早い時期に議論する必要があることには変わりがないのである。
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夢と目覚めた後の悪夢

2008-05-25 | 時事
 夢の話をしても仕方ないと思うこともあるが、時々夢の出来事が妙に気になって頭から離れないということがある。今朝の夢のそのようなもので、ちょっと悩まされている。それというのも、正確にはどうしても思い出せないからなのである。
 夢なのでストーリーは破綻している。なぜかゴルフのパターのようなものを使ってドッヂボールを打っている。そういう遊びがあるらしく、複数の人と交互にボールを打ちながら雑談していた。ある人が変なことわざをいった。「眼田におちいる人は、何とか」といっていたように聞こえた。さて、僕は聞いたことのないことわざであったので、覚えておいて、家に帰ってから辞書を引いた。するとちゃんと意味が載っていて、なるほどと思った。しかしそこで目覚めて、辞書に何とかいてあったのかをどうしても思い出せないのである。もちろんこちらの世界では「眼田うんぬん」ということわざは無いように思われる。不思議なことに眼田と言う妖怪はいるらしいのだが、それとは関係があるまい。後で調べようと思ったので夢の中でもこの言葉は覚えていたらしいのだが、夢の中の辞書になんと書いてあったのか覚えていなかったのがなんとも残念である。なおかつ、確かになるほどと思った感覚を覚えているので厄介なのである。

 毎日新聞に千波万波というコラムがある。読んでもらうと分かるだろうが、まったくその通りだと思う。原油高により地球環境にはやさしくなるという皮肉な考えかたも出来ると考えていたのだが、これでそういう考えかたも通らないということも分かった。産油国が石炭の火力発電所を建設し、石油の増産をしないというのは、なんだか本当に釈然としない気分だ。
 アイスランドのように地熱発電と風力を主力にしているような国ならなんとなく文句も言えない気がしないではないにしろ、西欧世論は自国の後進性のために化石燃料消費を抑えられる立場にいて、最先端低消費先進国である日本に批判をぶつけるのである。いい加減に驕りをやめて、本当に学ぶべき立場であることを悟るべきだ。
 構造的に逃げ場のない立場のものをいじめてもてあそぶ体質の中で、マゾ的に優等生ぶる日本という国はまったくこっけいだと思う。もはやものづくりテクノロジーの世界においても優位性を保てなくなっているにもかかわらず、自分の首を絞め続けるという変な行動を取るのは、既に精神を病んでいる状態のせいなのかもしれない。ほんの一部のエンジニア・エリートは、既に国外逃亡を始めているとも聞く。この国には住むべき未来の選択が確実になくなっているように見えるのである。
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走ることについて語るときに僕の語ること

2008-05-24 | 読書
走ることについて語るときに僕の語ること/村上春樹著

 物事に真剣に取り組むということは、一つの哲学につながるものなのかもしれない。走ることを語るということで、自分自身の小説に取り組むことを語っている。そういう仕組みになっているのが実に見事で、その語り口にいつの間にかぐいぐいと引き込まれてしまう。長編エッセイという形をとりながら、やはりこれは長編小説化している。この人は本当に作家なのだなあと思う。愚直なまでに長い道のりを淡々と刻んでゴールを目指す。走ることと書くことは全く違う行為であるにもかかわらず、その精神性においてはこの作家にとって切っても切れないぐらい切実に同じ道のようである。そういう切実さを目の当たりにして、深い感銘と勇気のようなものが湧いてくるような気がする。この本を手にすることができて本当に良かったと思える。村上春樹は読者に対しても誠実な人なのではないか。少なくともそう思わせられる確かな力量のある人であるのは、その人気とともに既に確立されたことではあるけれど、改めてそう思わずにいられないのである。
 対比させて自分のことを語る必要もないのかもしれないが、僕自身はこの話を読んでいて、自分自身もランナーになったような錯覚を起こした。僕が走っていたころははるか昔のことにすぎないし、走っているときには何でこんな状態に自分が置かれているのかをいつも恨んでいた。つまり走ることは決して好きなことではない。そういう自分であることを知っているにもかかわらず、走ることが好きなのではないかという気分になっていくのである。もちろん本当に走ってみれば、やはり後悔するに違いないのだけれど、それでも気分の上では走ることが嫌いなんかではない気がするのである。いや、走ることだけではない。何かを実際にやり遂げてみたいと切実に感じることになる。その何かという実態までは必ずしも明確ではないが、それは読者自身が勝手に選べばいいことである。例えば仕事であるとか、例えば趣味のことであるとか。そういうものをやり遂げる力のようなものがこんこんとわいてくるような、そんな不思議な気分にさせられていく。本に引き込まれて精神が集中されて、そしてその集中力が外の何かの原動力へつながっていくような、そういう力のある本ではないかと思う。楽しみながらそういう力を獲得できるという、なんだか奇跡のような村上ワールドを堪能したのであった。
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繰り返し聞けるうちは

2008-05-23 | 音楽

 子供が小さい頃には、ビデオで番組などを録画したものを飽きずに繰り返し見たりしている。まったく同じところで愉快に笑ったりする。大人の視点で考えると、飽きずによくもまあ根気の続くというか、なんとしつこいことだろうと、感心したりうんざりしたりするわけである。子供が喜ぶ番組の内容に興味がないということもあるかもしれないけれど、この繰り返し同じものを見るという行為そのものに対する根本的な不審感があるのだと思う。大人にとっては新しい発見がありそうにないけれど、子供にとっては同じものから学ぶべき何かの発見があるかもしれないのに。
 しかしながら音楽であると、これは同じものを繰り返し聞くほうが自然な行為である。好きな曲なら何度でも聴いていたいと思ったりもする。自分の感受性と同調すると、一種の快感があるものらしい。もちろんあんまり聴いているとそれなりに飽きるものだが、聞くという行為には、見るという行為とは違う複雑な要素があるのではないかと思わせられる。一度見てわかったと思うことは多いけれど、一度聞いてもわからないということはあるのかもしれない。落語などは繰り返し聞いても味があるもので、音楽ではないが耐用性が高い。これは聞くという行為の奥深さであるようだ。
 以前何度も繰り返し聴いてすっかり飽きてしまった曲でも、ある程度時間をおいてまた聞くと、隅々まで理解していたはずだった曲なのに新たな発見をすることがある。これは年齢によって感受性が変わったためだと思われる。自分という人間は連続して一貫性のある自分自身であるはずであるけれど、以前の自分と現在の自分は、完全に同じ存在ではないということなのではないか。以前は好きだったけれど、今は感心しないということさえある。時代が変わるということとともに、自分自身は以前の自分ではない存在なのかもしれない。
 このことから現在の自分という存在は、以前の自分と一貫性がない証明になると思うが、困ったことに以前の借金は現在の自分が払わなくてはならない。これはなんだか不合理なことなのではないかと思うのだが、おそらく誰も認めてはくれないだろう。いちいち人間が変わってしまうという前提を作ると、社会が混乱するためであろう。本当は以前と違う人間同士の付き合いが続くということは、そういうわけで案外むつかしい問題なのかもしれない。
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体重を減らすのが難しいように

2008-05-22 | 
 計るだけダイエットの習慣から、よく体重計に乗る。決まった時間での数値を記録し、グラフ化している。本格ダイエットをしていた頃には毎日が楽しい上に体重も減っていたのだが、最近はこの固定されつつある変動のなさにモチベーションが下がり気味だ。まあ、それはいい。
 ダイエットしていたので、自然に食べ物のカロリーを暗記しているのだけれど、このカロリーの数値が体重とイコールであるかというと、厳密にはなかなかそうも言えない。カロリーが高いものでも、数値上体重が増えないものは確かにあるようだ。しかしこれは理屈の上では脂肪にかわるということがいわれているわけで、そこのあたりの実感のとのギャップが、ダイエットの最大の難しさではないかと思われる。確かに水を大量に飲むとその分体重は増えるが、水分というのはちゃんと排出されるものらしく、これはちゃんと元に戻る。水を飲んでも太る体質が本当にあるとは思えないが、数値の上での体重は文字通り増えはする。本当にカロリー計算通り一日1500キロカロリー以下の摂取であれば、一月単位で確実に減るのは本当である。一日単位では便として排出される量の問題があるのか、食ったものがそのまま減る感覚はないようだ。
 しかしながら、カロリー計算は最低限必要な行為だけれど、先に言ったように食べ物の重さも実は全く体重と関係ないとは言えない気がする。ポテトチップスなどは高カロリーの代表のようなものだけれど、仮に一袋食べたとして、実際に体重は大して増えない。そのまま便になるものなのかも不明だが、昼食をポテトチップスのみというような食事にできると、これは一日のトータルとしてやはり体重は減るようである。晩御飯の酒のつまみを都合があって乾きものだけだった日の翌日の朝は、ものすごく体重が減っているのでうれしいものだ。食事がお菓子なら、結果的にダイエットは成功するのではないかとも思われる。もちろん激しく栄養状態は悪くなるだろうけれど、本人の勝手なのだからそれはいいだろう。
 炭水化物を取らないというのも、結果的にそういう意味での効果ということも考えられる。特にご飯や麺類などは質量も重い。食った後に体重計に乗ると軽く一キロ程度も増える場合がある。もちろん水なども同時に摂取するからだが、ご飯ものの料理の重さ自体がそれなりに問題なのではないかとも思われる。重い食べ物を取らなければ、当たり前だが体重自体が増えるわけがないのである。
 僕のように酒を飲む人間はダイエットがむつかしいのは確かなのだけれど、その理由は酒自体のカロリーの高さの所為ではない。ビールなどいくら大量に飲もうと、それがそのまま脂肪にかわるわけではない。酒は食欲増進作用があるので、一緒に食うということが問題なのである。その上自然に長時間食卓に座ることになって、量を摂取できる条件を整えてしまう。精神力でどうにかするようなダイエットは成功しないので、リスクを減らすという意味で酒を断つというのは方法ではある。僕は逆に座敷の宴会などがあるとダイエットしやすかった。席を移動して人と話しながら飲むので、目の前の飯を食うわけにはいかない。宴会代を無駄にする快感もあって(ダイエットに投資したという感じ)、思わぬ効果がうれしいものだった。しかし鍋の場合はだめだったので、必ずしも宴会が効果的とは言えない。
 食い物を残す行為は、倫理的にはもったいのない許すべきでない行為であるとは認める。しかしこの倫理観を抱えたままダイエットすることは大変に危険である。これが自分の逃げ場になれば、自分の本来の目的から外れていくしかないのである。
 一度たべものとしてつくってしまったものは、自分の胃に入れようと、ゴミ箱に入れようと、物理的には同じことである。ゴミ箱の場合だけもったいないと考えるほうが、実はかなり不合理な偏見なのではないだろうか。飽食の時代において感覚的に感情的に食物を大切にしたいという思想をもつことは、人間として健全であるとは思う。しかし本当にもったいないのは、実は食べ物を残すことではない。
 では、何が一番効果的であるかというと、実は経済活動を縮小することであろう。これを無視してエコロジーを唱えることは、自然と偽善化にならざるを得なくなる。ドイツなどがエコロジー先進国のようにいわれるが、それをいうなら北朝鮮の方がドイツより何倍もエコロジー先進国であろう。そういう皮肉こそが現実の地球への優しさなのである。そしてこれが偽善の正体なのである。
 食べ物を含めモノを大切にすることは、経済活動と矛盾する行為である。しかし今の経済界は、自分の行為を正当化する材料としてエコロジーを利用し過ぎているのが本当のことだと思う。本当にダイエットを成功させることと同じように、エコロジーを進めることは、だからこそ難しい問題なのだと思う。
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ふるさとのない人

2008-05-21 | ことば
 話の中で「私は東京生まれだからふるさとがない」というようなことを言われる人がいた。その時になんとなく違和感があったのだが、まあ、お話なのでそのまま流れてしまった。後で考えると、幼少期田舎に住んでいたということが、ふるさとという郷愁であるという感覚なのであろうと思われた。僕よりかなり年配の人なので、そのような感覚が以前のふるさと感なのかなと考えた。
 演歌では「誰にもふるさとはある」と歌われているようだが、個人の感覚としてふるさとのない人がいるということか。しかし、やはり認識として勘違いがありそうな気がしないではない。
 子供のころの住んでいるところの思い出ということでは、どこの場所でもふるさとたりえると思うし、実際にふるさとということはそういう意味だろう。何も田舎である必要はない。また、以前から連続して今現在も同じところに住んでいるとしても、やはりそれはふるさとがなくなるわけではないだろう。ふるさとが遠くなければ、逆に考えないということが多いというだけのことであろう。
 しかし、多くの場合ふるさとを思うということが、都会へ出てきた人間が郷里を懐かしむという行為に特化されて語られているということなのかもしれない。だから都会から田舎に移り住んだ人には、そのような田舎の何にもない風景を思い浮かべるような限定的なイメージということにすぎないのではないだろうか。それは結果的に単純化されたふるさと観というような固定観念の普及があるせいではないかと思われる。
 しかし実際のふるさとは限りなく多様である方が自然だ。何故なら個人の郷愁なのだから。田舎から都会へ出てきた者同士の郷愁へ特化されたふるさとというのは、田舎の単純認識にすぎないのではないか。まあ、田舎という場所はどこでも同じようなものだ、という誤解から生じる共通認識にすぎないのではないか。ほんとうに田舎を思う人は、その違いが明らかであるようにも思う。
 僕のように生まれも育ちも同じところに住んでいる人間にふるさと感覚がないかというと、やはりそんなことはない。過去を思うということと自分の住んでいるふるさとを思うことは同義であるようだ。そう思ったのだが、やはりしかし先に書いたように逆に田舎から都会へ出てきた人間の出身地への郷愁というものとはたぶん違って、それは単なる過去のノスタルジーというべきものかもしれない。
 冒頭の人は、東京というふるさとと田舎という概念を勘違いしているだけであるから、現在遠くに住んでいるという状況を鑑みて、ふるさとへの郷愁があって当然の立場である。そう考えるならあの場合、僕のような人間こそ正統なふるさとのない立場だったというべきなのではないだろうか。
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なんだか割り切れない

2008-05-20 | 時事
 今朝の新聞を読んでいる限りでは、年金の税金への移行はほぼ不可能である。しかし社会保障の財源問題が解決しない限り、今の官僚支配の政治不信の払拭はあり得ない問題だ。僕自身にこの新聞へのリークされた情報がどのような意図である(今言ったように表面的には不可能ということであるが)かは読み切れない。最終的には増税ありきという道筋ということへ流れ込む布石である可能性もあるからである。つまり財源問題として現行の年金制度は残しつつ、さらに増税しながら財政健全化は先送りしたまま利権を残そうということではないか。すでにほとんど早期の選挙の可能性がなくなっているが、この争点はますます混迷を深めることは間違いない。どんなことがあっても特別会計は一般財源化して税金の透明性を図らないことには、いつまでも内容は見えないだけである。どの判断が有効なのかという検証がほとんど不可能なほど、内容を入り組ませすぎである。現行の制度を残しながらの折衷案は、やはり危険なにおいがしているようである。
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思い入れが消えたわけ

2008-05-19 | 雑記
 時間が取れない時期が長かったので、すっかり野球中継を見なくなっていた。夜のテレビの子供の優先度も高くなって、家にいる時間も野球中継は見ない。だからといって、もう一台テレビを購入するほど熱心に見たいという欲望もない。
 そういうわけでデーゲームの中継なら、見る機会も出てくるということだったのだと思う。久しぶりに日本のプロ野球を見た。阪神ヤクルト戦である。両球団とも非常に好感のもてるチームなので、どちらかに肩入れして応援するという気分にはならない。地区の違う県の高校野球を見るようなものかもしれない。
 いや、しかし僕は阪神ファンだったこともあるような気がする。六甲おろしを歌ったことはないけれど、阪神が勝つとそれなりにうれしい。そういえば今年は首位らしい。近年は不思議なことに、首位だからといって快進撃だとことさら騒ぎ立てられる球団ではなくなったようである。いい時代が来たものだなあと思う。
 さらに僕はヤクルトファンだったこともあるような気がする。海星高校の快進撃ののち、サッシーこと酒井投手がヤクルトに入団した。その後酒井投手はさっぱり活躍しなかったのだけれど、僕は熱心にヤクルトの勝利を願っていた。
 久しぶりだから当たり前かもしれないが、ヤクルトの選手の顔はほとんど知らない人ばかりだった。個人的に好感のもてるガイエルぐらいしか知らない。僕が小学校4年生の時に、眼鏡を買った景品でサイン入りバットをもらったことがある。そのサインの人である地味な高田選手が、なぜだか監督になっていた。普通この人は巨人軍でなければならない人ではないか。それも失礼ながら守備コーチというようなポジションの感じが漂っている。
 阪神の選手はさすがに結構知った顔がある。後から出てきたピッチャーのウイリアムスは、オーストラリア代表で日本を抑えた人である(この日は打たれた)。鳥谷とか赤星はなんとなく好きだ。そしてだいぶ違和感がなくなったにしろ、金本が存在感を示している。しかしこうして金本ほかが他球団で活躍するのを見ると、つくづく広島という球団は気の毒だなあと素直に思う。
 ああそういえば、僕が野球を見なくなったのはこれがあったのだったと思いだした。決定的だったのは星野監督が阪神の監督になった時だった。許せないという気分ではなく、共産党が政権を取ったようなありえなさを目の当たりにしたように思った。これが本当に認められること(実際のちに当たり前のように認められることになった)であるというのなら、今まで見ていたプロ野球というものではなくなったのだと思った。
 日本人選手が活躍するからという興奮で伝えられるのは気に食わなかったけれど、野茂とかイチローがメジャーへ上がってから、断然向こうの野球が面白いと素直に思った。何よりみんな一所懸命にプレーをする。こうなると日本のだらだらした感じが気になって仕方ない。メジャーが上か日本のプロ野球が上かということには興味がないが、取り組む姿勢に格段の差があることが見て取れる。自然と日本のプロがマイナー化するのは仕方のないことだろうと思ったものだ。
 しかしやはり結局メジャーはそんなに思い入れが持てるようにはならなかった。何より最大のものは距離の問題があろう。ニューヨークとかシアトルという街は、たぶん今後とも僕には遠い街であり続けるだろう。そしてやはりどうでもよくなった最大の原因は、選手の流動性であったのだと思う。快進撃を続けて自然に覚えたマリナーズの選手たちは、今やイチロー以外存在すらしない。ブーンやマルチネスやオルルッドは、みんな消えて居なくなってしまった。これで球団に愛着を持ち続けるなんていう理由は、遠い僕には不可能なことになってしまった。
 球団と選手は契約によって結ばれている対等(完全に対等ではないにしろ)な関係であるから、それは自然なことだということはよくわかっている。しかし地方に住んでテレビ中継でしか野球を楽しめない環境にいる者にとって、チーム内で活躍する選手を第一に見るのは当然のことだろう。
 結局アメリカ人は、野球を愛し球場を愛しているんじゃないかと思う。ヤンキースタジアムは連日満員の盛況だが、安いチケットでも150ドルだという。高い席は800ドルを超えるという。それだけの金を払って試合を見たくなるほど、そのスタジアムが素晴らしいのではないか。
 そういえば村上春樹も、神宮球場が好きだからヤクルトファンになったようなものだと言っていた気がする。そうすると広島球場は、もっと立派にすべきなのではないだろうか。
 僕は熱心なアンチ巨人であるが、弱くなった今でも、巨人の球団の方針が気に食わない。金をかけるとか何とかいう問題じゃない(いや、それも少しあるかな)。メジャー化する日本のプロ野球が結局マイナーリーグ化していく道を歩まざるを得ないのも、巨人のような協調性のなさが原動になっているのではないか。既に問題は破局化している感じもするが、今や巨人だけが気に食わない問題でもなくなってしまった。
 こうして中継を見てみると、野球自体を見ることは確かにそれなりに面白いとは思うけれど、やはりそんなに感動的な出来事ではなくなったことを確認したようにも思う。僕は今後どこかの球団に思い入れを強くするということもなくなってしまうのかもしれないな、と思うのだった。
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それでもボクはやってない

2008-05-18 | 映画
それでもボクはやってない/周防正行監督
 遅ればせながらやっと観た。うわさどおり衝撃的で、映画としての出来栄えは大変に素晴らしかった。日本という国家の犯す犯罪を暴いたという意味でも、大変に価値の高い映画であるといえよう。隣国中国も怖いが、日本だって十分に恐ろしい後進国家であるという事実は、世界に衝撃を与えうることなのではないだろうか。単に黄色いサル社会ならではだと捉えられるかも知れないが。
 一方で、やはりこうなってしまうことにも、いくばくかの理由があるとも考えた。被害者の救済を第一に考えるとき、結局は犯人を現行犯で捕らえるしかないという現実に限界があるのである。被害を受けた人間が、加害者が誰かと(たとえ勘違いにしろ)はっきり証言している限り、そのことを疑うということがどれだけ困難なことか、ということがよく分かる。その場にいなかった第三者が、ましてやこの映画のような偏見に満ちたプライドの高い裁判官が(実際の現実の裁判官よりリベラルだろうが)事実をどのように理解をできるのかということの方が、根本的に難しいのかもしれない。これだけの客観的に信用できる要因が次々に目の前にあっても、人間の偏見は容易に覆すことは出来ないのかもしれない。このことは痴漢に限らず殺人事件のようなものであっても同じようにいえることであって、真実は犯人本人しか分からないことだとすると、判決が間違うということでさえ当然といえるのかもしれない。所詮人間は神にはなれない。人を裁くということは、厳密にいうと人間の限界を超えた行為なのかもしれない。
 このような事に自分自身が巻き込まれてしまったらどうするだろうということは、誰しも考えることになるだろう。最初の段階が肝心だということは間違いがないにしろ、それにしても余裕がない。実際に犯人ならひたすら逃げるという方法を取れるので、ますますつかまらない可能性が高くなる。犯人でない人の方が、簡単にこの罠にはまり込む構造から逃れられないということである。身に覚えがない人こそ弁解の余地が少ないのであるから、結局は運しだいか、電車に乗らないという事しか有効な防御策はなさそうである。
 こういう事実は、劇中にも語られているように、法を扱う関係者もよく知っているにもかかわらず手がつけられていないということも驚きである。初期の入力が間違ってシステムに入り込むと、ぜんぜん修正が利かないという構造であるといえる。罪を認めた方が自由になれるというゲームとして考えなければ、加害者という被害をこうむったものは、救われないシステムなのかもしれない。
 批判も多い陪審員制度であるが、危険も多いにしろそのような構造にどうにか手をつけるという意味もあるのかもしれない。これだけのことを一人の裁判官の判断のみに任せてよいものかという疑問が、法を扱う人間の方にもあるものかもしれない。もちろん単なる責任転嫁の方便であるのなら許せない話だけれど、多くの人が関心を持ちながら関わることが必要な分野であることは間違いがなさそうである。
 個人の悲劇を取り上げながら、法の世界の構造を変える必要が十分あると思わせられる、社会的なメッセージを込めた渾身の作品であるといえよう。
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読めない頃合い

2008-05-17 | ことば
 若者言葉とか俗語や隠語のようなものを熱心に覚えるつもりはないが、まったく知らないとそれなりに不便なことにもなる。話題になる言葉が必ずしも若者が頻繁に使っているものではないにしろ、お互いに会話の中で何気なく伝わるニュアンスに誤解が生まれることがある。もちろんそれでもそんなに深刻に神経質になる必要まではないとは思うが、話題性として面白いからということであえて使われるということはあるのかもしれない。
 その代表として適当なのかどうかはわからないが、いわゆる「KY」なんていう表現がよく聞かれるようになった。もうなんというか、ちょっとなんか言うと頻繁にこの言葉を聞くようになった。僕自身は若い世代との付き合いは少ないが、それでもこの言葉を聞く機会が多いということは、すでに若者言葉ではない可能性が高いと思われる。話題になって普及したころには世代によっては死語になっているというのはよく聞くことだから、若者言葉という表現を借りた年寄り言葉(というか中年言葉)なのかもしれない。
 女子高生のメールのやり取りから派生したといわれているが、2ちゃんなら「空気嫁」ということだろう。今や意味を知らない人の方が少ない気がするが、どうしてこのように普及したかは僕にはわからない。仲間うちの異常な連帯感の維持を必要とする若い世代には必要な概念なんだろうなあと思うだけである。知らず知らずに使ってしまうものかもしれないけれど、独特の嫌な感じは僕世代から上には感じられるのではないかとも思う。それは世代間の拒絶を意味しているような感覚があるからであろう。空気読めないのは自分ではよくわからない問題かもしれない。ひょっとして、という恐怖感も手伝って、覚えておかなければならない言葉になってしまったのではないだろうか。僕は堂々と空気の読めない人間だけれど、そう宣言する方が楽だからそう言っているだけで、実は空気ぐらい読めているという気分はないではない。おそらく僕世代より上の人がKYを話題にしたがるのは、読めているという自負の表れもあるらしい。
 しかし実際のところ、場を読むということを重視するのは僕より上の世代の方が強いのかもしれない。団塊の世代ということで疎んじられて(彼らは上からも下からも嫌われているようなところがある。人数が多い勢力は、それだけ脅威なのかもしれない)いるところもあるにせよ、おおむね若い世代の人が社会に出ると、まわりから注意されるのはKYなのかもしれない。何しろその空気を知らないのだから読みようがない。つまりKYとは、いつの間にか若い世代批判に非常に便利な言葉になっているのである。
 僕は新人類といわれた世代で、上の層との断絶の激しかった記憶があるけれど、僕らより下は宇宙人といわれていた。世代というのは多かれ少なかれ断絶しているという状態の方が正常なのではないか。老人になればなるほど、「近頃の若い者は…」と考えてしまうものらしい。古代エジプトの文字で書かれてある文章を解読したら「近ごろの若者はなっていない」という意味だったという話もある。若者は努力していづれ場や空気を読めるようになってゆく(単に年をとるということかもしれないが)。結局いつまでも若者を理解できないのは、上の世代の方の問題なのではないだろうか。さらに本当は、若者なんてわかりたくないというのが本音なのではないか。まあ、分からないのが以上のようなわけで正常なのだから、早めにあきらめた方が精神衛生上はいいとは思うのだが…。
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被災者にはお見舞い申し上げます

2008-05-16 | 
 四川省の地震で大変な犠牲者が出ているようである。僕は何故か成都には三回ぐらいは行ったことがあるように思う。特にこの街を目的に行ったのではなく、雲南方面に行ったりチベットへ行ったりパンダを探したり、など交通の要所だったために立ち寄ったのである。被害の映像で見覚えのあるものはないけれど、汽車に何時間もゆられてやっと辿り着いた大都会であったという記憶はあって、あのように時間のかかる場所での災害ということで本当に大変だろうなあと思うのである。成都近辺の町へ行くのもさらに険しい山道が続くのではないか。救援物資の補給といっても、道路が寸断されているのであれば、どうにもならないところも多いことだろう。

 成都という街は内陸にあるかなりの規模の街なのだが、都市圏は割合散策しやすい構造になっていたような記憶がある。僕ら(当時)バックパッカーにとっても利用しやすい安い宿も多いが、ボウリング場などを併せ持った巨大なホテルなどもあるのだった。そして陳麻婆豆腐店をはじめとする四川料理の店があちこちに並んでいる。露店で唐辛子で真っ黒くなったスープの鍋もの屋が多いのも、四川料理の本場ならではの風景だった。
 すでに二十年近く前のことだから現在とは違っているのかもしれないが、そういう店で食事をしていると、ものすごくたくさんの乞食がよってくるのには閉口した。店の中でもルンペン風の人がウロウロしている。時々店員さんが、それこそ「シッシッ」というように威嚇しているが、物おじせずに店内に居座っている。僕は一人で食事していて、その彼らの視線を浴びながらものすごく落ち着かない気分になったものだ。
 彼らが目当てにしているのは、僕ら観光客が残す残飯である。四川料理はものすごくたくさんの唐辛子を使うのが特徴で、ほとんどの料理が当然ながらものすごく辛い。ほとんど嫌がらせに近いように唐辛子がまぶしてあったりぶっかけられてあったりして、最初のころはとても食べられたものではない。当然残飯が増えるので、乞食を呼び込むことになってしまうのである。ひょっとすると店の方がとっている彼らへの救済対策として、観光客には特別に辛くしているのではないかとさえ思えるほどだった。
 しかしながら二三日滞在していると、不思議なことになんとなく辛さに慣れてくる。そうするとさらに不思議なことに、乞食もだんだん遠巻きになってゆくようだった。残さず食べる人には近づいても意味はない。彼らは合理的な行動をとっていたにすぎないようだった。
 辛い料理が多いから、成都ではたくさんのビールを飲んだ。ほとんどの人はビールは瓶のまま口をつけて飲む。あんまり冷やしている店は少ない(高級な店では冷やしておいてある)のでほとんどはぬるいビールだったけれど、飲んで流し込まないことには食事ができない。がぶがぶ飲んでヒーヒー言って食う。まあ、それなりに愉快になってくるのだった。
 旅先で知り合った人間と、唐辛子真っ黒鍋にもチャレンジした。臓物とか野菜のたぐいをどぼどぼと鍋の中に落として、ぐつぐつ煮込んで食う。箸でつまんでみないことには、何を取ったのかわからないほど真っ黒のスープが揺らめいている。見た目どおり、これが辛いの辛くないの。しかし不思議と後を引いて、また食べてしまうのである。結局腹いっぱいになるまでとても止められない、というものだった。大量に汗をかくが、うっかりスープが口の周りについてしまったり、辛子のついた手で額を拭いたりするとさらにヒリヒリして大変なことになる。トイレットペーパーを買ってきて、口の周りなどを慎重に拭きながら食事しなければならなかった。そういうわけで、やはりなかなか愉快な食い物だった。成都には特にまた行きたいとは思わないが、またあの鍋を食べてみたいとは思うことがある。今度は冷たいビールという絶対条件はあるにせよ、気の合う仲間とあの鍋を囲んでみたい。
 こういう辛い食事は翌日のトイレでも大変だった。四川は痔の人も多いのではないかと心配になった。まあ、本当はそこのあたりのことはどうでもいいんだけど。
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