ダンダン真剣になってきたボランティア的なこの世界、これが本当の
これからの人間の仕事のあり方かもしれない。社会に貢献できるこれから
の人間本来の助け合い形社会、とでもいうのだろうか?具体的には今回は
母親支援その研修会に参加することとなった。昨日の事である。
今、お母さんへの支援が必要な時代である。
人間関係が稀薄で孤立しているお母さん、心や体が十分に育つことより、
知識ばかりを大切してしまうような風潮がある、子育てより仕事という
傾向もあり、育児に無関係な父親がいる。僕も正に必要だった子育
て時代には無関係であったと感ずる。仕事に逃げていた。
今思うと良くわかるのだが会社人間だったころは考える事さえなかった。
自分の母親は僕のために生きたようなものなのにそれを忘れていたのだ。
その愛は溺愛に等しかった。4,5歳の頃だろうか?
疎開先の近くに病院がなく、僕が熱を出したとき、足袋裸足で道のない
畑を横切り、わけのわからない言葉を出して、熱でぐったりした僕を
背負い医者まで運んだ姿は、我が子を溺愛する母親そのものだったろう
と思う。おやじさんは戦争で行方不明、戦争未亡人の母親は当時珍しく
なかったのだろうが?親不孝の僕にも記憶に残っている。
母親が子を思う気持ちは、今も昔もかわらない。自分の親に出来
なかった分、年取ったいま罪滅ぼしの意味でも社会のために、何て虫の
いいことを考えていると夢が膨らむ。近い将来きっと会社とNPO法人
の間の社会が広がる、夢が広がる。