タワゴト日記

 未来は無限にあると思っていたが、有限を
感じさせる世の中、光をツールに少しでも楽しい毎日でありたい!

竜宮城

2010年01月31日 | Weblog


 海のそこは竜宮城。もう十数年前、ダイビングにハマッタ時期があった。
こんな海の青さをみると懐かしいが、でもこんな透明性、鮮明さは見たこと
がない。これは南極の海・昭和基地の海底で、突起物は「コケボーズ」と
いうらしい。僕の潜ったところは、暖かいところばかりで魚が泳ぐ海底
30m以内である。その海底は砂場だったり岩場で海草が生え、太陽の
光が届くところであった。一度だけそこが見えない、断崖絶壁の海の底
を渡ったことがある。それは何本目だったろうか?パラオの海であった。
パラオでの最初はエメラルドグリーンの海、二本目ブルーの海とダンダン
深くなる。底なしの断崖絶壁流れもある通常でも空気を良く使う方なので
みるみる空気がなくなる。インストラクターの空気を岩に捕まりながら
分けてもらう。シャークが目の前を横切る。その後ろを別のインストラク
ターが通り過ぎる。海の中でのうたかたのできごと。陸に上がってから
もしも・・・もしもあの時空気がなくなっていたらシャークに食べられて
いただろうか?なんてだんだん勇気が失せた時期があった。そしてそうし
た時期も過ぎ、あの広い海、あの青い海、あの蒼い空をみると自然に潜り
たくなったものだ。当時は死んだら灰を海にまいてくれなんて、大胆な
気持ちがあった。大病してドクターストップがかかった今、もう一度だけ
竜宮城探しに潜りたいという残り火だけがチョロチョロ顔を出す。

ゴールデンスランバー

2010年01月30日 | Weblog


 アバター人気がすごいと言うので、こんなおじいさんになってもどんな
ものか興味が湧いてきた。万博などのテーマ館でよく見た、メガネをかけ
てみる飛び出す映画だろう、子供だましのなんて少し馬鹿にしていた自分
だったが・・・興行収入世界一に、そして3Dはこれからのテレビに使用
される、さらに大ヒットした「タイタニック」のジェームズ・キャメロン
監督が構想14年、製作4年を費やした超大作であることが、大々的に
宣伝され老いも若きも観客としての動因となる。ましてや今日は土曜日
映画館に着くと当日券は全て満席であった。折角見に来たので変更する。
昼ごはんもパン一つですまして見た日本映画、「ゴールデン・スランバー」
主人公が首相暗殺犯に仕立てられていく恐怖・・・大学時代の仲間が彼を
助ける友情の絆・・・バックに流れるビートルズの歌・・・・・映画館に
中々は入れなくて疲れが出たのか内容が斑模様?途中睡魔に襲われたが
映画はいつも楽しい!眠ることも出来るから??

喫茶店

2010年01月29日 | Weblog


 喫茶店をあまり利用しない僕である。コーヒーを飲むと腹が膨れ、また
翌日の便通が心配になる。だから昔からあまり利用しないでいる。しかし
友達付き合い、仲間付き合いではこのごろ良く利用する。そうした時は、
紅茶やミルクを頼むことにしている。紅茶を飲む時は高貴な貴族になった
つもり、ミルクを頼むときは今だ乳離れしないなんて言いながら、胃腸に
粘膜をはって体に良いんだなんて飲むのだがこのごろ喫茶店が好きに
なってきた。10時半から体にハンディのあるこどもさんの個展を見に行
くことになっていた。時間があるので朝の散歩を少し長めに取るつもり
だった。知らない人に声かけられる。「かわせみ」がいる。みるとそれは
綺麗なかわせみ、今日に限ってカメラを持っていなかったのを悔いる。
少し行くと今度は携帯電話のベルが鳴る。あ?携帯があったのだ!
もうかわせみはいない応答、喫茶店にいるから来ないか?
今年未だ一度も会っていない早急に帰宅、自動車で駆けつける。いつもの
モーニングつきの紅茶30分強しゃべり、職場に駆けつけ写真の喫茶店へ、
個展をみる。こころ打たれる作品があった。アア喫茶店もいいものだ!
ココで飲んだのも紅茶だったが、ココは紅茶カップ、コーヒーカップに
趣向が凝らしてありオシャレだった。そしてもう一つ白磁のお茶碗に
お冷(水)が入っていた。素敵だと思った。透明な水に白い器、なんと
清潔感がうれしくなった。普通ガラスのコップだよね!


大ローマ展

2010年01月28日 | Weblog


 雨が降る、午後から晴れると天気予報、傘を持たず10時開館を目安に
出発する。予定どおりにことが運び、入場する。イタリアのこれといった
知識があるわけでなく、事前に勉強したわけでもない。史上最強の帝国
ローマが一日にしてわかる。何体かの彫刻をみたあとヴェスヴィオ火山
の爆発、灰に埋もれた悲劇の街ポンペイを再現した映画をみた。
そのきらびやかな装飾品や壁画・フレスコ画は、マルタ島を旅行した時
を思い出した。それにしても紀元前からこんな豪華な、芸術品・装飾品
や細かい、精巧な彫刻ができる技術があるなんて、ある面今より進んで
いたのではないだろうか?そしていまは、現代はもしかしたら後退して
いきつつあるのでは?ないだろうか?短い時間で栄枯盛衰をみた
大ローマ展(10階)だった。階下では「日展」をやっていた。美術館
を出ると雨はあがっていた。のち


研修会

2010年01月27日 | Weblog


 ダンダン真剣になってきたボランティア的なこの世界、これが本当の
これからの人間の仕事のあり方かもしれない。社会に貢献できるこれから
の人間本来の助け合い形社会、とでもいうのだろうか?具体的には今回は
母親支援その研修会に参加することとなった。昨日の事である。
今、お母さんへの支援が必要な時代である。
人間関係が稀薄で孤立しているお母さん、心や体が十分に育つことより、
知識ばかりを大切してしまうような風潮がある、子育てより仕事という
傾向もあり、育児に無関係な父親がいる。僕も正に必要だった子育
て時代には無関係であったと感ずる。仕事に逃げていた。
今思うと良くわかるのだが会社人間だったころは考える事さえなかった。
自分の母親は僕のために生きたようなものなのにそれを忘れていたのだ。
その愛は溺愛に等しかった。4,5歳の頃だろうか?
疎開先の近くに病院がなく、僕が熱を出したとき、足袋裸足で道のない
畑を横切り、わけのわからない言葉を出して、熱でぐったりした僕を
背負い医者まで運んだ姿は、我が子を溺愛する母親そのものだったろう
と思う。おやじさんは戦争で行方不明、戦争未亡人の母親は当時珍しく
なかったのだろうが?親不孝の僕にも記憶に残っている。
母親が子を思う気持ちは、今も昔もかわらない。自分の親に出来
なかった分、年取ったいま罪滅ぼしの意味でも社会のために、何て虫の
いいことを考えていると夢が膨らむ。近い将来きっと会社とNPO法人
の間の社会が広がる、夢が広がる。