『川柳人が楽しむ エモい 漱石俳句』を読んで
先般、川柳も俳句も嗜まれるいわさき楊子さんの本が刊行されました。夏目漱石を俳人として、また「人間漱石」として身近に感じられる作者ならではの本です。漱石先生を愛してやまない尊敬の念と、日頃の作句においての作者独自の世界観が文章の随所に見られます。軽妙なタッチの文脈に引き込まれ、一気に読み上げました。
哲学的思考とも言われる漱石文学の中から、川柳的な俳句に目を向けられたのは発見ではないでしょうか。時に漱石小説に見られる笑いを誘うユーモアもファンとして魅力のひとつだからです。
川柳や俳句の基本的な「ミニ知識」挿入の欄も見のがせません。
漱石の俳句に対し、楊子さんが詠まれた句を紹介します。
行 春 や 紅 さ め し 衣 の 裏
玄 関 で こ っ そ り ぬ ぐ う 春 の 泥 Y
朝 貌 や 惚 れ た 女 も 二 三 日
夕 貌 の ど れ も わ た し を 見 て い な い Y
か ん て ら や 師 走 の 宿 に 寐 付 か れ ず
温 泉 を つ な ぐ と で き る 日 本 地 図 Y
菜 の 花 の 隣 も あ り て 竹 の 垣
ど こ に 住 ん で も 回 覧 板 に は さ ま れ る Y
君 が 名 や 硯 に 書 い て は 洗 ひ 消 す
空 に し か 書 け な い 文 字 が あ る 好 き だ ! Y
行 く 春 や 知 ら ざ る ひ ま に 頬 の 髭
鯰 髭 さ わ る 最 終 局 面 へ Y
「菜の花の」の句を詠まれた漱石六番目の北千反畑の家は、当時句座が開かれたという忍法寺の門前を横切り、私が小学校へ通った道筋に建っています。文中や写真で紹介されている熊本での漱石ゆかりの地や句碑、旧居を訪れ、文豪漱石に想いを馳せるのも意義のある、楽しいことではないでしょうか。
過去に熊本県民文芸賞一席2回、熊日俳句大会天賞受賞という実績のあるベテランならではの著書です。ぜひ一度手に取って読まれることをお勧めします。
本著が第42回熊日出版文化賞の候補作に決まりました(1月28日付熊日朝刊に掲載)。本選考会議は2月24日だそうですが、受賞されることを心から願っております。 北村あじさい
『川柳人が楽しむ エモい 漱石俳句』 いわさき楊子 飯塚書店 2020.12.9発行
※ 書店やネットで購入できます。