西の棒鼻(宿場の入口)
前回、藤川駅を後にしてから一月が経ちました。
5:30に家を出発して、小田原から久し振りの新幹線に乗り豊橋まで、名鉄に乗り継ぎここまで来ました。
9:30 秋晴れの藤川から旅の続を始めます。
歌川豊広歌碑
「藤川のしゅくの棒ばなみわたせば,杉のしるしとうで蛸のあし」
広重の師匠、浮世絵師歌川豊広の歌碑があり、説明文によると西浦・吉良から持ってきた茹で蛸を売っていたらしい。杉の印は造り酒屋かもしれない。
芭蕉句碑
「ここも三河むらさき麦のかきつばた」
むらさき麦とは穂がむらさき色をした麦で、江戸時代にはこの辺りで栽培されていたようです。毎年5月中旬から下旬にかけて穂先までむらさき色に染まった麦を藤川小学校向いの畑で鑑賞できるようです。
藤川一里塚跡
江戸から79里
東海道自転車ぶらり旅 その1
東海道自転車ぶらり旅 その2
東海道自転車ぶらり旅 その3
東海道自転車ぶらり旅 その4
東海道自転車ぶらり旅 その5
東海道自転車ぶらり旅 その6
東海道自転車ぶらり旅 その7
この記事に興味を持ったらポチッとお願いします
前回、藤川駅を後にしてから一月が経ちました。
5:30に家を出発して、小田原から久し振りの新幹線に乗り豊橋まで、名鉄に乗り継ぎここまで来ました。
9:30 秋晴れの藤川から旅の続を始めます。
歌川豊広歌碑
「藤川のしゅくの棒ばなみわたせば,杉のしるしとうで蛸のあし」
広重の師匠、浮世絵師歌川豊広の歌碑があり、説明文によると西浦・吉良から持ってきた茹で蛸を売っていたらしい。杉の印は造り酒屋かもしれない。
芭蕉句碑
「ここも三河むらさき麦のかきつばた」
むらさき麦とは穂がむらさき色をした麦で、江戸時代にはこの辺りで栽培されていたようです。毎年5月中旬から下旬にかけて穂先までむらさき色に染まった麦を藤川小学校向いの畑で鑑賞できるようです。
藤川一里塚跡
江戸から79里
東海道自転車ぶらり旅 その1
東海道自転車ぶらり旅 その2
東海道自転車ぶらり旅 その3
東海道自転車ぶらり旅 その4
東海道自転車ぶらり旅 その5
東海道自転車ぶらり旅 その6
東海道自転車ぶらり旅 その7
この記事に興味を持ったらポチッとお願いします