#268 フリートウッド・マック「Something Inside Of Me」(English Rose/Epic)
あなたはダニー・カーワンというギタリストのことを、覚えているだろうか。
「ああ、初期のマックにいたねぇ」という返しの出来るひとは、今となっては、ごく少数だろうなという気がする。「神」とさえよばれた偉大なるピーター・グリーンの影に隠れて、ほとんど話題に上ることのない不遇な初期メンバー、カーワン。歴代メンバーの中で、最も影の薄い存在ともいえる。
でも彼は、忘れ去るにはもったいない才能を持ったミュージシャンでもあった。今週は彼にスポットを当ててみたい。
カーワンは50年、英国ブリクストンの生まれ。他のマックのメンバーより、4、5才若い。彼のバンドの演奏をマックのマネージャー、マイク・ヴァーノンが聴き、グリーンらに「すごいヤツがいる」と知らせたのが、マック加入のきっかけだった。ときにカーワン17才。
68年8月に正式加入。以来、72年まで在籍することになる。
それまで指弾きのグリーン、スライドのジェレミー・スペンサーという二人ギタリスト体制から、トリプルギターとなったマック。これによりサウンドにも変化が出てきた。
初期のブルースに凝り固まったゴリゴリのサウンドだけでなく、70年代後半のマックへと引き継がれることになる、ポップな要素も加味されるようになったのだ。
いい例が、カーワンが初めてレコーディングに参加したシングル曲「アルバトロス」。ここではグリーンとカーワンのツインギターによるハーモニーが前面に押し出されている。グリーン自身も「ダニーなしでは、アルバトロスという曲は出せなかった」と後に語っていた。フリートウッド・マックとして、初めてのヒットとなったのは、この曲にほかならない。
そのB面であった「ジグソー・パズル・ブルース」は、もともとジャズのインスト曲で、クラリネットで演奏されていたものを、カーワンがアレンジ。最初はグリーンとのツインギターを試みたのだが、グリーンはうまく演奏出来ず、結局カーワンがひとりで録音したという。
こういったエピソードを聞くにつけ、グリーンも決してオールラウンド・プレイヤーとはいえず、むしろカーワンのほうが、より多くの引き出しを持っていたのではないかと思う。
ギターだけではない。カーワンはソング・ライティング、あるいは歌においても、並々ならぬ才能を持っていた。きょうの一曲、「Something Inside Of Me」が好例だ。
カーワンの作品で、ボーカル、ギターソロも彼がとっている。バックでひかえめに弾かれているオルガンはグリーンが担当。
この曲が、まことに素晴らしい。初期のマックにはオーティス・ラッシュに強い影響を受けたと思われるマイナーブルース路線の曲(たとえば「ブラック・マジック・ウーマン」がそうだ)が多いのだが、「Something Inside Of Me」もまた、マイナーブルースの佳曲といえそうだ。メロディ・ラインが美しく、タメの効いたギター・ソロもまた、申し分のない出来だ。そして歌声も、意外とイケるのである。
カーワンのギターのスタイルは、グリーンのそれにかなり近い、ブルースを基本としたものなので、ときどき二人のプレイは混同されてしまうようだ。スペンサーのように、聴いただけで誰が弾いているかわかるというわけにはいかないのが、悩ましいところだ。
同じようなことはウィッシュボーン・アッシュあたりにもあって、本当に上手いのはアンディ・パウエルのほうなのに、イケメンのテッド・ターナーが弾いていると勘違いされているケースがけっこうあった。
マックにおいて、グリーンがあまりに神格化されてしまったために、カーワンの才能が過小評価されている、あるいはカーワンの手柄までグリーンのものとなっているのは、否めない。まことにお気の毒である。
マックはその後、グリーンはドラッグ中毒、スペンサーはカルト宗教への傾斜により、相次いで脱退することとなる。後を引き継いでフロントに立ったのがカーワンで、その後ロバート(ボブ)・ウェルチや、マクヴィー夫人のクリスティンを加えてバンドを続けていくのだが、思うように売れないことでバンド内の人間関係が悪化、他のメンバーたちから孤立してしまったカーワンは、実質クビの憂き目に遭う。
その後のカーワンは、79年までに3枚のソロ・アルバムを出したものの、特に売れることなく、80年代には完全に業界から姿を消してしまう。ロンドンでホームレス生活を送っていたようである。結婚はしたが、数年で離婚。すべてが負のスパイラルとなってしまった、バンド脱退後の生活。いたましいの一言だ。
しかし、世間は彼のことを完全に忘れたわけではなかった。98年には「ロックンロール・ホール・オブ・フェーム」に殿堂入りしている。やはり、彼の存在は、マックというバンドが大きくなっていく上で不可欠であったことが、わかる人にはわかっていたのである。
ソロ・ボーカリストとして成功するような「華」はないにせよ、そのいぶし銀のようなギター・プレイ、そして見事な作曲能力は、もっと評価されるべきだろう。
フリートウッド・マックの影の立役者、ダニー・カーワンの名前を、きょうの一曲とともに、あなたの記憶に刻み込んでほしい。
マック在籍時に残した、数々のレコーディング、それこそが、彼が一番輝いていた時期のあかしなのだから。
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