2012年12月16日(日)
#246 ザ・バンド「Slippin' And Slidin'」(Syria Mosque Legend/Vintage Masters)
ザ・バンド、70年11月、ペンシルバニア州ピッツバーグのライブハウス「シリア・モスク」でのライブ盤より。リトル・リチャードの作品。
ザ・バンドについては説明不要だろう。名前通り北米を代表するバンドとして、不動の評価を得ているのだが、彼らが現役で活動している67年から76年の間、ロックを聴き始めてまもない十代の少年であった筆者にとって、ザ・バンドはまったくといっていいくらい、琴線にふれることのないバンドであった。
だって、彼らときたら、みんな濃いヒゲをはやしてるし、服装も往年のギャンブラーみたいだし、オッサン臭いを通り越して、やたらジジむさいんである。
ロックバンドに求められるものは、こと十代のリスナーにおいては、見た目を含めての「カッコよさ」である。
音楽的にカッコいい、あるいはレベルが高いとわかっていても、見るからに年寄り臭い連中がやってるバンドになんて、食指が動くわけもない。
当時、ブリティッシュ・ハードロック、それも容姿のイケてるZEPあたりにノックアウトされていた筆者に、彼らの魅力などわかろうはずもなかった。周囲にだって「ザ・バンドってカッコいいよね」なんて言ってるヤツは、ひとりもいなかった。
しかしだ。そんな筆者でも、歳月とともに、彼らの良さがわかるようになってきた。
大音量のハードロックが全盛となろうが、あくまでもオールド・スタイルのロックン・ロールを演奏し続ける姿勢に、彼らなりの心意気を感じられるようになってきたのだ。
そうなるには、単に流行りものの音楽だけでなく、そのルーツにある、より昔の音楽を幅広く聴きこむというプロセスが、不可欠だった。いまのロックしか聴かない、ブルース、R&B、カントリー、フォークといった音楽には興味ない、ということでは、ザ・バンドの良さは分からずじまいだったろう。
さて、きょうの一曲は「のっぽのサリー(Long Tall Sally)」のヒットで知られる黒人シンガー/ピアニスト、リトル・リチャードの作品だ。
彼は本国アメリカにおいては、チャック・ベリーと並ぶロックンロール・スターとして高い評価をうけているのだが、日本においては、彼の曲がリアルタイムでヒットしたということはほとんどない。むしろ、白人ロックミュージシャンによるカバー・ヒットという、間接的なかたちでその名を知られていったのである。
その一例が、ビートルズによる「のっぽのサリー」のカバー版だ。ポール・マッカートニーのリード・ボーカルによるバージョンのほうが、ご本家よりずっとポピュラーなのである。
きょうの一曲「Slippin' And Slidin'」もまた同様だ。これはジョン・レノンの75年のアルバム「Rock 'n' Roll」に収められている曲であり、筆者を含めた大半のリスナーは、ジョンのカバー・バージョンで初めて耳にしたはずである。
が、ジョン・レノン以前にこの曲をライブでのレパートリーとしていた白人アーティストがいた。それがこのザ・バンドというわけである。
原曲同様、ピアノをフィーチャーした軽快なテンポのロックンロール・ナンバー。男女間の下世話な内容の歌詞が、いかにもリトル・ルチャードっぽい。
彼らはこの曲をかなり気に入っていたようで、ブートレッグなどでいくつものバージョンが残っている。その出来ばえは、グダグダなものも結構あったりでまちまちなのだが、このシリア・モスク版は、演奏がひじょうにタイトでいい感じだ。
歌はリーヴォン・ヘルムほか数人が担当。ラフでパワフルなコーラスを聴かせてくれる。ロバートスンのギター・ソロがソリッドにカッコよくきまっているし、ハドスンのオルガン・ソロもまたシブカッコいい。
そして曲のハイテンションなグルーヴを支えるダンコのベース、ヘルムのドラムスも見事だ。さすが、ロニー・ホーキンスというロックンローラーのバックからスタートしただけのことがある。カントリーと同じくらい、ロックンロールは彼らの本質なのだ。
ロックンロール・バンドの黒人における最高峰はネヴィル・ブラザーズであると筆者は思っているが、白人においては、ザ・バンドは王者ストーンズと並ぶ位置にあるといってもいいんじゃなかろうか。ロックンロールという「軽くて重い音楽」の本質を、彼らはその長いキャリアゆえに、完璧に体得しているのだ。
ライブ音源に、その絶妙なドライブ感を聴きとってほしい。