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音盤日誌「一日一枚」#205 子供ばんど「YES! WE ARE KODOMO BAND」(EPIC/SONY 19・3H-98)

2022-06-07 05:00:00 | Weblog

2004年2月15日(日)




#205 子供ばんど「YES! WE ARE KODOMO BAND」(EPIC/SONY 19・3H-98)

80年代日本を代表するハードロック・バンド、子供ばんど、83年のミニ・アルバム。

最近、マスメディア関連のニュースをチェックしていたら、「俳優のうじきつよし氏、『サンデープロジェクト』(テレビ朝日系)島田紳助氏の後任キャスターに決定」というのが目に飛び込んで来た。

「ふむ、俳優ねえ~」と思わず溜息をもらしてしまった。ここ十年以上のうじきつよしは、たしかに「俳優」であり「サッカー・レポーター」であり「司会者」なんだよなあ。

しかし、彼は筆者の中では、やはり「子供ばんどのヴォーカル&ギター、Jick」なのだよ。いまだに。

もう二度とミュージシャンとしての活動をすることはないのかもしれんが、彼がかつて、とてつもなくいかしたロッカーだったことを忘れちゃいかんよ、そう思う。

<筆者の私的ベスト3>

3位「FIRST AID KIDS」

この一枚は、子供ばんどが本格的な海外進出(そのメインターゲットはもちろん、アメリカだ)を狙って制作された、全曲英語詞のアルバム。うじきと、マネージャー兼作詞家の野尻はっち、プラスチックスの島武実が歌詞を書き下ろしている。

曲は同年発表の5thアルバム「Heart Break Kids」から4曲、残り2曲は新作である。

プロデューサーは、「Haert~」からの4曲はなんと、リック・デリンジャー。新曲は彼ら自身だ。

子供ばんどと、リック・デリンジャーとの出会いは、本盤制作の約2年前。

来日していたリックが、子供ばんどのギグを聴きに現れ、彼らをいたく気に入り演奏に飛び入り参加、以後彼らのバックアップを申し出るようになったということだ。

で、この3位はリックがプロデュースした中の一曲。湯川トーベンに代わって参加したベーシスト、Katsuこと勝せいじがリード・ヴォーカルをつとめているナンバー。島武実作詞、うじきつよし作曲。

Jickとはまたひと味違った、シャープで高い声が、アップテンポの曲調によくマッチしている。

そしてもちろん、Jickの気合い十分、ハイ・テンションなギター・ソロも聴きもの。そのプレイには、リック・デリンジャーも感服したというのがよくわかる。

2位「DON'T WASTE YOUR TIME」

これは、子供ばんど自身のプロデュースによる一曲。

「全編、アップテンポのロックン・ロール」みたいなイメージの強い彼らとしては、珍しいタイプの、ミディアムテンポ、コーラスをフィーチャーしたナンバー。ハードロックにデジタル・ビートを融合、どことなく、ヴァン・ヘイレンを意識したようなところもある。

子供ばんどは、演奏能力的にはノー・プロブレムなバンドだったが、当時の日本のロックバンドの大半がそうであったように、やはり「ヴォーカル」がネックであった。

ヘタというのではないのだが、線が細く、声に特徴が乏しく、要するに歌に魅力が感じられないのである。

この曲でも、Jickのリード・ヴォーカルはあいかわらずの調子なのだが、バックのアルフィー・チック(笑)なコーラスがなかなか新機軸で面白い。

単純なハードロック・バンドとしてひたすらプッシュしていくには、彼らはヴォーカルがあまりにも弱すぎた。

今考えれば、この「DON'T WASTE YOUR TIME」の路線をもっと押し進めていけば、それこそアルフィーみたいに長寿バンドとして生き残って行く道があったような気がする。ま、「たら・れば」的なことを言っても、しょうがないのだが。

1位「JUKE BOX ROCK'N' ROLLER」

1位はやはり、これだろう。アルバムのトップ、リック・デリンジャー・プロデュースによるナンバー。詞・曲ともに、うじきつよし。

Yuuこと山戸ゆうの派手なドラミングから始まる、いかにも子供バンドらしい、ノリノリのロックン・ロール。

威勢のよさでは、どんな本場のバンドにも絶対負けていない。さすが、年間200本以上のライヴをこなしたという叩き上げ派の、本領発揮である。

が、逆に言うと「勢い」しか取りえがないなあという気もする。

プロデューサーのリック同様の「火事場のクソ力」的なものは十分感じられるのだが、レコードはやはりライヴとは別物。

ライヴとは違った、キメ細かさで勝負すべきものではないのか。

そういう意味でこの威勢のよさには、「空回り」の印象がどうしてもつきまとう。

自らの手作りの英詞も、果たしてどれだけネイティヴの人々に届いたかどうか、疑問はある。

和文英訳的な歌詞にせず、詞はもっぱらネイティヴな人にまかせて、いかに「音韻的」に耳にすっと入っていくかで勝負すべきではなかったのか。

以前、嘉門雄三(桑田佳祐)のときにも書いたことだが、日本人がロックのつもりで歌っていても、かの国の人々にロックとして聴いてもらえるには、「言語的」な問題が非常に大きく横たわっているのである。

子供ばんどのチャレンジ・スピリットには大いに敬意を払いたいと思うが、アメリカ進出のもくろみは、見事空振りに終わったといわざるをえない。

非英米人が英語でロックを歌い、それが英語ネイティヴの人々にロックとして認知されることは、想像以上に困難なことなのだ。

それでも、最近は日本のロックも、英米との障壁を(それこそベルリンの壁のように)打ち壊しつつあるように感じる。

ダメかも知れないと思って挑戦を躊躇していては、いつまでたっても始まらない。とにかくやってみるしかない。そうすれば、いつかは活路も見出せるはずだ。

そういう意味で、約20年前の子供ばんどの「挑戦」も、決してムダな試みではなかったと思うのだが、いかがであろうか。

<独断評価>★★★


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