2005年10月31日(月)
#292 アニタ・ベイカー「ラプチュアー」(WEA MUSIC WPCP-3474)
アニタ・ベイカーのメジャー・デビュー・アルバム。86年リリース。マイケル・J・パウエルほかによるプロデュース。
83年、インディーズのビヴァリー・グレン・レーベルからアルバム「Songstress」によりデビューした彼女が、エレクトラに移籍後、初めて出したのがこれ。当時アメリカのみならず、日本でも大ヒットしたから、覚えているひとも多いだろう。
なにせこの一枚から、4曲ものクリーン・ヒットが生まれたほど。中でも「Sweet Love」は全米8位にまでのぼりつめ、以後、彼女の代名詞的存在になる。
この一枚を聴くに、アニタの声量の豊かさや声域の広さ、あるいは声質の多様さのみならず、表現力のすごさに驚嘆を禁じ得ない。
あるときは、ソウルフルに。あるときは、ジェントリーに。あるときは、気高く。あるときはせつなく。その声は、ありとあらゆる感情を、パーフェクトに伝えてくれる。歌だけで、ここまでさまざまな表現ができるのか、という感じ。
日本にも歌唱力に定評のあるシンガーが何人かいるが、吉田美和もMisiaも、アニタを聴いた後では、えらく一本調子にしか聴こえない。まだまだひよっ子だなと思ってしまう。(別に彼女たちがヘタだと言っているわけではないのだが。)
28才にしてこの表現力。すごいの一言だ。
もちろん、アニタの歌も、このアルバムで完成したわけではない。その後、さらに進化を遂げていくわけである。
つまり、歌とは、それだけ奥が深く、「これで最終段階まで到達した」なんて境地はないってことなのだよ。
こんな超実力派のアニタであるが、ただ、残念なことにアルバムリリースのペースが、回を追うごとに遅くなり、94年のスタンダード・カバー集「Rhythm Of Love」を発表した後は、10年間、まったくリリースを停止してしまう。
そして昨年、ようやくメジャー・シーンに復活。レーベルもブルーノートに移籍した。
昨年9月に出た「My Everything」は、ファンにとってはひさしぶりのうれしい贈り物となり、今年10月にはクリスマスがらみのアルバム「Christmas Fantasy」も出た。こんなハイペースでのリリースは前例のないことで、当人も相当リキが入っているのが、よくわかる。
まだ、47才。シンガーとしてはこれからが正念場。今後のアニタの精力的な活動に期待したい。
当アルバム、もちろん大ヒット「Sweet Love」はいうにおよばず、名唱ぞろいである。一曲としてハズレがないのだが、個人的にはスキャットを披露、ジャズィなセンスを見せた「Been So Long」や、ロッド・テンパートン作、マントラでもおなじみの「Mystery」あたりが気に入ってます。
彼女のハートフルな歌世界は、単におしゃれなサウンドというのでなく、一本ガツンと筋の通ったリアル・ミュージック。アニタこそ、正統派ソウルシンガー、たとえばアレサ・フランクリンあたりの正しい継承者といってもいいのではないかと思う。
OLあたりに独占させとくのはもったいない。音楽の違いのわかるひとにこそ、聴いて欲しいシンガー、それがアニタ・ベイカーなのだと確信している。
<独断評価>★★★★★