2005年10月2日(日)
#285 サラ・ブライトマン「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」(Angel/東芝EMI TOCP-50399)
サラ・ブライトマンのアルバム、97年リリース。14曲中11曲でロンドン交響楽団と共演。
サラといえば、現在「世界一の美声」と称される、ソプラノ・シンガー。日頃ヨゴレ系の音楽ばかり聴いている筆者も、たまにはこういうピュアのきわみ、みたいな音も聴くんである。
サラは62年英国生まれ(60年説もあり)。19才のとき、ミュージカル「キャッツ」のキャストとして選ばれ、作者のアンドリュ-・ロイド・ウェーバーに認められたのがきっかけで、一躍世界的なシンガーへ。プライベートでもウェーバーと結婚、その後離婚に至るも、彼の曲を歌い続けるなど、ウェーバーの絶大なる後押しにより、当代随一のプリマドンナへとのぼりつめて行く。
サラはいまどきの女性だけに、また十代の頃ポップ・ユニット「パンズ・ピープル」に加わって活動していたこともあって、ミュージカル、オペラ系の楽曲だけでなく、ポピュラー・ソングも大いに歌いこなす。実際、コンサートでも、半分はポップ系の選曲である。
本盤は、そんな彼女の得意とするクラシック、ポピュラー両分野のレパートリーを集めた、ショーケース的な一枚といえよう。
目玉はもちろん、タイトル・チューンの「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」。97年、シングルとしてリリースされ、全欧でヒットしている。
クワラントット=サルトーリ=ピーターソンによる作品。イタリア出身の盲目の男性歌手、アンドレア・ボチェッリとのデュエット。富士重工の「スバル ランカスター」のCM曲にも使われていたので、ご存じのかたもいらっしゃるかと思う。
とにかく、サラの純度120%のソプラノは、脳を直撃する究極の美声だ。一度聴いたら、絶対忘れられない。ほとんど「くせ」というものがなく、あまりに澄み過ぎていて、録音することも非常に難しそうな声である。
他の曲も、なかなかバラエティに富んだ選曲だ。映画「オーメン」「チャイナタウン」などの音楽担当で知られるジェリー・ゴールドスミスの「ノーワン・ライク・ユー」、ジプシー・キングスの「テ・キエレス・ボルベール」、「ブリジット・ジョーンズの日記」の音楽担当のパトリック・ドイル、フランシス・レイの「ビリティス~愛の妖精」などなど、英米仏、スペイン、イタリアなどさまざまな国の楽曲を取り上げている。
ロック・ファンにも「おっ」と思わせるのは、クイーンの「リヴ・フォー・エヴァー」も歌っていることかな(作曲はブライアン・メイ)。もちろん、サラがロンドン交響楽団を従えて歌えば、しっとりとした静謐な雰囲気が満ちあふれ、フレディ・マーキュリーの歌とはまた違った世界になる。必聴です。
かと思うと、バリバリのクラシックな楽曲でも、その実力を最大限に発揮しているのがサラ。
たとえば、イタリアの作曲家、カタラーニ作のオペラ「ワリー」中のアリア、「さようなら、ふるさとの家よ」。
不遇の作曲家、カタラー二のこの作品が本盤で取り上げられたのには、もちろん理由がある。
ジャン=ジャック・ベネックス監督の仏映画「ディーバ」(81年)で、黒人オペラ歌手シンシア・ホーキンス役をつとめたウィルヘルメニア・ウィギンズ・フェルナンデス が、この佳曲を冒頭で披露し、カタラー二の名を一躍高めたのである。
サラもウィルヘルメニアの名唱 に負けじと、最高のコロラチュラ・ソプラノを聴かせてくれる。ふたりを比較するのは野暮なことだが、あえて比べていえば、超高音部での「純度」の高さにおいて、サラのほうがよりピュアであるような気がする。いい意味で「線が細い」のである。
「ナトゥラレーサ・ムエルタ」はスペインのホセ・マリア・カーノ作、彼が率いるグループ「メカーノ」のヒット曲。ゆったりしたテンポのバラード・ナンバーだ。
童女のようなイノセンスを、サラはその癒しに満ちた歌声で見事に表現している。個人的には、クラシック歌手的な歌いかたより、こういうくだけた歌いぶりにこそ、サラの魅力はあるような気もする。
「恋のアランフェス」は、ナナ・ムスクーリ、ジム・ホールなど、歌でもインストでも実に多くのアーティストがカバーしてきた、ロドリーゴの名曲。
サラもまた、おなじみの哀愁に満ちたメロディを、ソフトにロマンティックに歌い上げてくれる。
珍しいところではドイツの作曲家、カール・オルフの作品も登場。37年初演の舞台音楽「カルミナ・ブラーナ」より「ゆれ動く、わが心」を。
この曲での堂々たる歌いぶりには、貫禄さえ感じてしまう。
最後に、アンコール・トラックが2曲。いずれもライブ録音。
「私のお父さん」はプッチー二のオペラ「ジャン二・スキッキ」中のアリア。
この曲も、テレビ東京の美術番組「美の巨人たち」のEDテーマで使われているので(ただし、歌はサラでなく鈴木慶江)、クラシックに興味のないひとでも、ちょっと聴けばすぐわかると思う。
オペラ・ファンなら何度、いや何百回となく聴いたであろうそのメロディを、明るく、そう、まさにその名通りにブライトに歌い上げるサラ。文句のつけようのない、パーフェクトな歌唱。
ラストはモーツァルトの「アレルヤ」。教会音楽「モテット:エクスルターテ・イウビラーテ」から、誰もが一度は聴いたことがあるはずの、あの旋律を。
サラのバランスよい伸びやかな発声を聴いていると、こちらまで穏やかな気持ちになれます、ハイ。
ミュージカル女優、あるいはオペラ歌手の枠などとっくに踏み出して、ありとあらゆるジャンルの楽曲に挑戦しているサラ・ブライトマン。その実績は既に相当なものがある。
でも、いつまでたっても大物然とせず、体型面もふくめて、華奢でかわいらしい雰囲気を保っているのが、彼女のよさである。
可憐さをいつまでも失わず、伝説の妖精サイレンのように、そのソプラノでわれわれを魅了し続けてほしいものだ。
<独断評価>★★★★