2023年2月8日(水)
#448 THE BEATLES「ヘルプ!」(ユニバーサル ミュージック/Parlophone UICY-76970)
ザ・ビートルズ、英国における5枚目のスタジオ・アルバム。65年リリース。ジョージ・マーティンによるプロデュース。
アナログ時代から数えて、いったい何度このアルバムを聴いたかは覚えていないが、それでも久しぶりにじっくりと聴いてみると、新たな発見があるものだ。
皆さんご存じのようにこのアルバムは、ビートルズ主演の映画「ヘルプ!4人はアイドル」のサウンドトラック盤をも兼ねている(A面に当たる7曲のみ)。
残りの7曲は、映画とは別に制作されている。
プロデューサーはその後も長らく彼らを担当することになるジョージ・マーティンだが、彼の手柄というべき楽曲がいくつかある。
まずはA面から。トップの「ヘルプ!」は、ジョン・レノンがリードボーカル。映画の主題歌で、ジョンの代表曲のひとつと言っていいだろう。
「ザ・ナイト・ビフォア」はポール・マッカートニーがリードボーカル。
まぁ、ジョンとポールのふたりがビートルズの「ツートップ」だから、バランスをとって2曲目に配置して来たのは当然のことではあるな。
「悲しみはぶっとばせ」は、ジョンがリードボーカル。
これはアコースティック・ギターをフィーチャーし、さらにフルート(アルトとテナー)を加えている。フルート奏者はジョン・スコット。
それが、それまでのビートルズにはあまりなかった深みのあるサウンドを生み出している。
曲作りではボブ・ディランの影響も大きい。ジョンは前作「ビートルズ・フォー・セール」の「アイム・ア・ルーザー」あたりから、ディランの歌詞やサウンドの影響が見られるようになってきたのだが、「悲しみ〜」もまたそういう一曲であろう。
ジョンの内省的な楽曲が、後期ビートルズの特徴のひとつになっていったことを考えると、「悲しみ〜」はその萌芽といえそうだ。
「アイ・ニード・ユー」はジョージ・ハリスンの作品。リードボーカルもジョージだ。
「ドント・バザー・ミー」で初めて自作曲を採用されたジョージはその後も曲を書き続け、こうして少しずつ世に出るようになった。後期ビートルズでの彼の活躍ぶりを考えると、その兆しはこのころからあったのだなと思う。
ギターのボリューム・コントロールで「揺らぎ感」を出すという、ジョージなりの工夫、新機軸が感じられるナンバーだ。
A面の残る3曲は、ジョン2曲、ポール1曲でリードボーカルを分け合うかたちとなっている。ジョンは「恋とアドバイス」「涙の乗車券」、ポールは「アナザー・ガール」である。
この3曲に共通するのは、どれもバンド・サウンドであること、つまり自分たちだけの演奏で完結していることだ。
もちろん、オーバーダビングのような方法で、ひとりが複数パートを担当することはあるが、外部ミュージシャンの力は借りていない。
こういうやり方では、基本的に自分たちの実力以上の演奏をすることは無理になる。つまり「天井」があるということだ。
バンド・サウンドである限りは、プロデューサーであるマーティンも、ビートルズを可能な限りベストな方向に導いていけても、彼らの実力以上のものを生み出すことは出来ない。
せっかくビートルズが優れた楽曲を書いても、それではベストな仕上がりになるとは限らないのだ。
そこで、プロデューサーの判断により、バンド・パート以外のアレンジの追加と、外部ミュージシャンの導入が試みられることになった。
「悲しみ〜」は、まさにその一例なのだ。
フルート・パートを加え、ラストでそのソロをオーバーダビングすることで、「悲しみ〜」のサウンドは完成した。
ビートルズの4人だけでは、あと一歩足りない音になっていたものを完璧なものにした。これはプロ中のプロ音楽家、ジョージ・マーティンにして成し得たプロデュースであろう。
B面に移ろう。トップの「アクト・ナチュラリー」は唯一リンゴ・スターがリードボーカルをとっているカントリー・ナンバー。
ジョニー・ラッセルが書き、バック・オーウェンスがヒットさせたナンバーを、気持ちよさそうに歌うリンゴ。巧いとはいえないが、彼の人柄を感じさせてグッドだ。
以下の5曲は、オリジナルが続く。「イッツ・オンリー・ラヴ」はジョンがリードボーカル。
「ユー・ライク・ミー・トゥ・マッチ」はジョージの作品で、彼がリードボーカル。アルバムに2曲が採用されたということで、彼の作曲能力が次第に開花してきているのを感じさせる。ピアノはマーティンが担当。
「テル・ミー・ホワット・ユー・シー」はポール、ジョンのツインボーカル。曲を書いたのはポールのようだが、この時期はまだ、ふたりの合作もあった。
「夢の人」はポールがリードボーカル。作曲もポールと分かっている。アコギをフィーチャーした、カントリー調ナンバー。
「イエスタデイ」はもちろん、ポール作、リードボーカルの名曲。
ポール以外のメンバーはレコーディングに参加していない。「弾き語りのこの曲には、バッキングが不要だ」という考えにより、どのメンバーも加わらなかったのだそうだ。
マーティンの判断により、トニー・ギルバートら弦楽四重奏団の演奏が、ポールの弾き語りにオーバーダビングされることでこの曲は完成する。
実質ポールのソロではあったが、ビートルズの楽曲としてシングル・リリースされる。
当初メンバーはバンドのカラーとは違うという理由で(それに実質ポールのソロということもあったろう)、シングル化を拒んでいたのだが、アメリカでは英国版アルバム発売の翌月に新曲としてリリース、たちまちミリオン・セラーとなっている。
日本でもシングル化され、同様にヒット。本国ではようやく76年にシングルとなっている。
クラシックとの融合というビートルズの新しい方向を示したこの曲は、前期ビートルズと後期ビートルズを繋ぐ重要なジョイントだといえそうだ。
過去のバンド・サウンド一辺倒なビートルズに決別し、総合的なサウンド作りを目指す。
そんな意図は当時はまったくなかったであろうが、その後、そういう方向に向かうことになったのは、偶然だったのか、必然だったのか。
ただのバンドから、自らをプロデュースしていくプロデューサーへの脱皮。
それを促したのが、名プロデューサー、ジョージ・マーティンの存在だったのだと思う。
ラストの「ディジー・ミス・リジー」は、ラリー・ウィリアムズのロックンロールのカバー。ジョンがリードボーカル。
このグダグダな演奏を聴くと、ビートルズの演奏力の限界をどうしても感じてしまう。彼らはテクニックで勝負すべきバンドではないのだと感じる。
ましてや、ライブ・パフォーマンスで他を圧するような方向性には、絶対無理があるだろう。
作曲能力、歌唱・コーラスの能力にこそ、彼らの真の面目はある。
そのへんを自分たちできちんと認識し、コンサート・ツアーをやめて、アルバム作りに専念するようになったことは、実に正しい選択であった。
「ラバー・ソウル」以降の、いわゆる後期ビートルズへの方向性を示してみせたことにより、この「ヘルプ!」そしてプロデューサー、ジョージ・マーティンはもっと評価されるべきなのだと思う。
アイドル・バンドの単なる曲の寄せ集め、などではない「本物の音楽作品」を作る基礎が、ここから始まっているのだから。
<独断評価>★★★★
ザ・ビートルズ、英国における5枚目のスタジオ・アルバム。65年リリース。ジョージ・マーティンによるプロデュース。
アナログ時代から数えて、いったい何度このアルバムを聴いたかは覚えていないが、それでも久しぶりにじっくりと聴いてみると、新たな発見があるものだ。
皆さんご存じのようにこのアルバムは、ビートルズ主演の映画「ヘルプ!4人はアイドル」のサウンドトラック盤をも兼ねている(A面に当たる7曲のみ)。
残りの7曲は、映画とは別に制作されている。
プロデューサーはその後も長らく彼らを担当することになるジョージ・マーティンだが、彼の手柄というべき楽曲がいくつかある。
まずはA面から。トップの「ヘルプ!」は、ジョン・レノンがリードボーカル。映画の主題歌で、ジョンの代表曲のひとつと言っていいだろう。
「ザ・ナイト・ビフォア」はポール・マッカートニーがリードボーカル。
まぁ、ジョンとポールのふたりがビートルズの「ツートップ」だから、バランスをとって2曲目に配置して来たのは当然のことではあるな。
「悲しみはぶっとばせ」は、ジョンがリードボーカル。
これはアコースティック・ギターをフィーチャーし、さらにフルート(アルトとテナー)を加えている。フルート奏者はジョン・スコット。
それが、それまでのビートルズにはあまりなかった深みのあるサウンドを生み出している。
曲作りではボブ・ディランの影響も大きい。ジョンは前作「ビートルズ・フォー・セール」の「アイム・ア・ルーザー」あたりから、ディランの歌詞やサウンドの影響が見られるようになってきたのだが、「悲しみ〜」もまたそういう一曲であろう。
ジョンの内省的な楽曲が、後期ビートルズの特徴のひとつになっていったことを考えると、「悲しみ〜」はその萌芽といえそうだ。
「アイ・ニード・ユー」はジョージ・ハリスンの作品。リードボーカルもジョージだ。
「ドント・バザー・ミー」で初めて自作曲を採用されたジョージはその後も曲を書き続け、こうして少しずつ世に出るようになった。後期ビートルズでの彼の活躍ぶりを考えると、その兆しはこのころからあったのだなと思う。
ギターのボリューム・コントロールで「揺らぎ感」を出すという、ジョージなりの工夫、新機軸が感じられるナンバーだ。
A面の残る3曲は、ジョン2曲、ポール1曲でリードボーカルを分け合うかたちとなっている。ジョンは「恋とアドバイス」「涙の乗車券」、ポールは「アナザー・ガール」である。
この3曲に共通するのは、どれもバンド・サウンドであること、つまり自分たちだけの演奏で完結していることだ。
もちろん、オーバーダビングのような方法で、ひとりが複数パートを担当することはあるが、外部ミュージシャンの力は借りていない。
こういうやり方では、基本的に自分たちの実力以上の演奏をすることは無理になる。つまり「天井」があるということだ。
バンド・サウンドである限りは、プロデューサーであるマーティンも、ビートルズを可能な限りベストな方向に導いていけても、彼らの実力以上のものを生み出すことは出来ない。
せっかくビートルズが優れた楽曲を書いても、それではベストな仕上がりになるとは限らないのだ。
そこで、プロデューサーの判断により、バンド・パート以外のアレンジの追加と、外部ミュージシャンの導入が試みられることになった。
「悲しみ〜」は、まさにその一例なのだ。
フルート・パートを加え、ラストでそのソロをオーバーダビングすることで、「悲しみ〜」のサウンドは完成した。
ビートルズの4人だけでは、あと一歩足りない音になっていたものを完璧なものにした。これはプロ中のプロ音楽家、ジョージ・マーティンにして成し得たプロデュースであろう。
B面に移ろう。トップの「アクト・ナチュラリー」は唯一リンゴ・スターがリードボーカルをとっているカントリー・ナンバー。
ジョニー・ラッセルが書き、バック・オーウェンスがヒットさせたナンバーを、気持ちよさそうに歌うリンゴ。巧いとはいえないが、彼の人柄を感じさせてグッドだ。
以下の5曲は、オリジナルが続く。「イッツ・オンリー・ラヴ」はジョンがリードボーカル。
「ユー・ライク・ミー・トゥ・マッチ」はジョージの作品で、彼がリードボーカル。アルバムに2曲が採用されたということで、彼の作曲能力が次第に開花してきているのを感じさせる。ピアノはマーティンが担当。
「テル・ミー・ホワット・ユー・シー」はポール、ジョンのツインボーカル。曲を書いたのはポールのようだが、この時期はまだ、ふたりの合作もあった。
「夢の人」はポールがリードボーカル。作曲もポールと分かっている。アコギをフィーチャーした、カントリー調ナンバー。
「イエスタデイ」はもちろん、ポール作、リードボーカルの名曲。
ポール以外のメンバーはレコーディングに参加していない。「弾き語りのこの曲には、バッキングが不要だ」という考えにより、どのメンバーも加わらなかったのだそうだ。
マーティンの判断により、トニー・ギルバートら弦楽四重奏団の演奏が、ポールの弾き語りにオーバーダビングされることでこの曲は完成する。
実質ポールのソロではあったが、ビートルズの楽曲としてシングル・リリースされる。
当初メンバーはバンドのカラーとは違うという理由で(それに実質ポールのソロということもあったろう)、シングル化を拒んでいたのだが、アメリカでは英国版アルバム発売の翌月に新曲としてリリース、たちまちミリオン・セラーとなっている。
日本でもシングル化され、同様にヒット。本国ではようやく76年にシングルとなっている。
クラシックとの融合というビートルズの新しい方向を示したこの曲は、前期ビートルズと後期ビートルズを繋ぐ重要なジョイントだといえそうだ。
過去のバンド・サウンド一辺倒なビートルズに決別し、総合的なサウンド作りを目指す。
そんな意図は当時はまったくなかったであろうが、その後、そういう方向に向かうことになったのは、偶然だったのか、必然だったのか。
ただのバンドから、自らをプロデュースしていくプロデューサーへの脱皮。
それを促したのが、名プロデューサー、ジョージ・マーティンの存在だったのだと思う。
ラストの「ディジー・ミス・リジー」は、ラリー・ウィリアムズのロックンロールのカバー。ジョンがリードボーカル。
このグダグダな演奏を聴くと、ビートルズの演奏力の限界をどうしても感じてしまう。彼らはテクニックで勝負すべきバンドではないのだと感じる。
ましてや、ライブ・パフォーマンスで他を圧するような方向性には、絶対無理があるだろう。
作曲能力、歌唱・コーラスの能力にこそ、彼らの真の面目はある。
そのへんを自分たちできちんと認識し、コンサート・ツアーをやめて、アルバム作りに専念するようになったことは、実に正しい選択であった。
「ラバー・ソウル」以降の、いわゆる後期ビートルズへの方向性を示してみせたことにより、この「ヘルプ!」そしてプロデューサー、ジョージ・マーティンはもっと評価されるべきなのだと思う。
アイドル・バンドの単なる曲の寄せ集め、などではない「本物の音楽作品」を作る基礎が、ここから始まっているのだから。
<独断評価>★★★★