NEST OF BLUESMANIA

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音盤日誌「一日一枚」#461 山下達郎「ARTISAN(アルチザン)」(MMG/MOON AMCM-4100)

2023-02-21 06:23:00 | Weblog
2023年2月21日(火)


#461 山下達郎「ARTISAN(アルチザン)」(MMG/MOON AMCM-4100)

ミュージシャン、山下達郎の10枚目のスタジオ・アルバム。91年リリース。山下自身によるプロデュース。

アルバム・タイトルのアルチザンとは「職人」のこと。

アーティストと呼ばれるよりは、職人と呼ばれたいという山下の思いが、その言葉に込められている。

「アトムの子」はオープニングにふさわしい、活気あふれるジャングル・ビートのナンバーだ。子供の心をいつまでも忘れない、すべての大人たちに捧げる名曲。

「さよなら夏の日」は山下の思春期の記憶をモチーフにしたバラード・ナンバー。ブラック・ミュージックをベースにしたそのメロディには、エヴァグリーンな輝きがある。すべての楽器を山下が演奏している。

「ターナーの汽罐車 -Turner’s Steamroller-」は英国の画家、ジョゼフ・ターナーの絵画をモチーフにしている。男女の恋愛心理の微妙なずれが歌われている、静かなるロックンロール。

「片想い」は過去の日の報われない恋をうたうバラード・ナンバー。山下のファルセット・ボイスがなんとも切ない。すべての楽器を彼が演奏。

「Tokyo ‘s A Lonely Town」は一転、すべて英語で歌詞が書かれた賑やかなビート・ナンバー。トレイドウインズの「ニューヨークは淋しい町 」のカバーでもある。いわば替え歌。

田舎育ちの米国人が東京にやって来たらどう感じるか、がテーマ。東京育ちの山下の、洒落っ気が歌詞にあふれている。

「飛遊人 -Human-」はピアノをフィーチャーした短いバラード。山下の多重録音によるコーラスが、圧倒的な迫力だ。

「Splendor」はそれにすぐ続く、スケールの大きいバラード・ロック。

バンド・サウンド、3人の男女コーラスをバックに、時空を越える愛を歌う山下。

かつての日常的なラヴソングから、物語や伝説の世界へ。変容を感じる一曲だ。

「Mighty Smile(魔法の微笑み)」はモータウン・ソウルを強く意識したナンバー。ポジティブなムードの作詞は竹内まりや夫人によるもの。彼女はコーラスでも参加している。

構成はパーフェクト。安心安全のナンバーって感じ。

「“Queen Of Hype” Blues」はファンク・チューン。

山下はたいていアルバム中に一曲はこういうボーカルをオフ気味にした、演奏中心のファンキーなナンバーを入れて来る。

彼に取ってはそれも大切な「息抜き」の時間なのだろうなと思う。山下がすべての楽器を担当。

「Endless Game」はTVドラマ「誘惑」の主題歌ともなったバラード・ナンバー。

山下にしては珍しい、マイナー調のメロディで苦い思いを歌い上げている。粉川忠範のトロンボーン・ソロが深い哀感を醸し出している。

ラストの「Groovin’」は米国のバンド、ヤング・ラスカルズ67年のヒットのカバー。山下にとってビーチボーイズと並ぶアイドル、ラスカルズ前期の代表曲だ。

南国の、のどかで脳天気な雰囲気が、いかにもタツロー・ワールドなんだよなぁ。

こうやって見て来ると、本当に粒揃いの11曲だ。

ひとつも捨て曲はなく、それぞれが替えの効かない独自のポジション、カラーを持っている。

何も足す必要がないし、何も引いてはいけない。

そう言う、黄金の配置がなされていて、まさに職人の仕事だ。

だが、しかし、なのだ。

筆者にとっては、この「アルチザン」は「FOR YOU」や「MELODIES」ほどの愛聴盤には、けっしてならなかった。

どの曲を聴いても「FUTARI」「YOUR EYES」「悲しみのJODY」「メリー・ゴー・ラウンド」といった曲に対するような愛着は感じられない。

ただ「いい曲だな」「いい仕事しているな」という冷静な感想しか沸き起こってこないのだ。

なぜだろう、と考えてみた。

恋愛も成就してリア充な山下の書いた歌詞だから、失恋ソングにリアリティが感じられない、だからか?

でも、そうではないことはすぐに分かる。「FOR YOU」も「MELODIES」も、すでに山下が竹内まりやと結婚して充実した生活を送るようになってから生み出された作品なのだから。

つまり、作り手の山下側の問題ではなく、受け手の筆者側の問題だった。

82、83年ごろは、筆者が自分の恋愛問題で一番悩み、苦しんでいた時期だった。

だから、山下の作る曲、ことに失恋、苦しい恋を歌った諸作品が自分の恋愛と完全にシンクロしているように思えたのだろう。

つまりポピュラー・ソングの名作は、実はリスナーとの「共作」でもあるのだ。

リスナー側が持つ熱い思いが、その曲を不朽の名曲へと高めていくのである。

「アルチザン」は見事な作品だが、91年の時点で自分の恋愛、そして青春との折り合いをつけてしまった筆者にとっては、ウェルメイドなポップス以上のものにはならなかった。

多くのひとびとはある時期に、ポピュラー・ソングをひとまず「卒業」していく。

本盤は筆者にとって、そういう「卒業証書」なのかもしれない。

<独断評価>★★★★


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