2006年4月2日(日)
#313 ジミ・ヘンドリックス「ブルーズ」(ユニバーサルミュージック UICY 3832)
ジミ・ヘンドリックスの編集もの。94年リリース。11曲中8曲は未発表音源である。
タイトルが示すように、ジミのあまたある曲の中でも、ブルース色の強いオリジナル、あるいは他のブルースマンのナンバーのカバー・バージョンを集めてある。
ジミといえば「ロックの革命児」的な文脈で語られることがもっぱらで、ブルースマンのひとりとして語られることは稀であるが、まぎれもなく、ブルースに大きなインスピレーションを受けてきたアーティストのひとりである。
子供のころから父親が持っていたブルース、R&Bのシングル・レコードを愛聴して育ったジェームズ・マーシャル・ヘンドリックスは、まさにブルースの申し子なのである。
エクスペリエンスでメジャー・デビューする前は、リトル・リチャード、キング・カーティス、アイズレー・ブラザーズをはじめとするR&B系バンドでギターを弾いてきた経歴を見ても、それは十分わかると思う。
さて、このアルバム、モノクロのジミの横顔に、彼が影響を受けた数々のブルースマンたちが原色でコラージュされているジャケット・デザインがまことに秀逸である。取り上げられた34人の顔ぶれも、実に泣かせる。
マディ・ウォーターズ、アルバート・キング、チャック・ベリー、ハウリン・ウルフ、ジョン・リー・フッカー、アルバート・コリンズ、ロバート・ジョンスン、エトセトラ、エトセトラ。
そう、彼らこそが、ジミにとって音楽的な意味での「父親」たちなのである。
アトランダムに取り上げていくと、筆者的に一番オキニなトラックはM2の「ボーン・アンダー・ア・バッド・サイン」だな。初登場音源。ビリー・コックス(B)、バディ・マイルズ(Ds)とのトリオ編成によるインスト・ナンバー。
7分半を超える長尺で、歌なし、ギター・ソロのみだが、山あり谷あり、超スローなのにいささかのダレも感じさせない。ギターひとつでこれだけ延々と聴かせられるアーティストなど、彼をおいて他にいまい。
リズム隊の粘っこくも安定したグルーヴも○。何度聴いてもあきさせない。
それから注目すべきは、アコースティック・バージョンとエレクトリック・バージョンが対になったセット「ヒア・マイ・トレイン・カミン」(M1&M11)だろう。
前者は67年録音。12弦アコギという、非常に弾きこなすのが難しい楽器をたくみにあやつり、マディ・ウォーターズばりのデルタ・ブルース・スタイルを見事によみがえらせている。
後者は70年録音。アルバム「レインボー・ブリッジ」にて初出のライブ・テイク。12分におよぶ演奏が前者とは対照的に、なんともホットだ。
われらが寿家ファミリーの人気シンガー、マディーさんの十八番「レッド・ハウス」も、ジミにとって重要なナンバーだ。当アルバムではエクスペリエンスのデビュー盤(英国版)に収録されたバージョンが聴ける。ノエル・レディングが何故かベースではなく、チューニングを下げたギターであのおなじみのリフを弾いているのが興味深い。曲によってはベースレスだったりするあたり、なんともブルースではないか。
そのギター・スタイルには、さまざまな先輩ブルースマンの影響が見てとれる。ルーツ・コンフェッションとでもいうべき一曲。ところが、米国版「アー・ユー・エクスペリエンスド?」では、この一曲はオミットされてしまっている。「こんな古いスタイルの曲じゃ受けねーよ」とレコード会社に判断されてしまったのだろうか。なんとも残念な話である。
そういう憂き目にあいながらも、ジミが毎回コンサートで演奏し続けた結果、この「レッド・ハウス」は見事定番曲となり人気を獲得したのだから、なんとも素晴らしい。
なお、本アルバムには同曲のセッション・バージョン「エレクトリック・チャーチ・レッド・ハウス」(68年録音)も収録されていて、こちらも必聴。リー・マイケルズのオルガンをフィーチャーした重厚なサウンドがカッコいい。
エクスペリエンスによる「キャットフィッシュ・ブルース」も目を引く一曲。ロバート・ペットウェイの作品、というよりはジミ的にはマディ・ウォーターズがレパートリーにしていた関係で取り上げたのだろう。
66年、オランダにて収録。非常にハードで粘っこい演奏が印象的。これを聴くと、どうしてもテイストのバージョンを連想してしまう。その重心の低いスローなサウンドがかなり似ている。編成も同じトリオだし。
時代的にはもちろんテイストのほうが後だから、テイストがジミのこの選曲にインスパイアされたのではないだろうか。このテイク自体はあまり一般的でないが、翌年にはBBCで再演されていて、それをロリー・ギャラガーがチェックしていたのでは、そう推理してみたい。
この曲、エンディング部分で、クリームの「スプーンフル」をパクったアレンジをしていて、思わずニヤリとしてしまう。そういえばジミは「サンシャイン・ラブ」もカバーしていたぐらいだから、相当クリ-ムを意識してたんだろうな。
「ヴードゥー・チャイル・ブルース」はおなじみの「ヴードゥー・チャイル」の別テイク。68年録音。有名なアルバム・バージョンを約半分に圧縮した、セッション版。
ブルースという音楽に顕著な情動(エモーション)を一所に集約したプレイは、「すさまじい」のひとこと。名手スティーヴ・ウィンウッドのオルガンが、見事にジミをサポートしている。
「マニッシュ・ボーイ」はもちろん、マディ・ウォーターズの代表的ナンバー。「エレクトリック・マッド」の有名なバージョンの後を受けて、69年に録音。
マディ版とはうって変わった、アップ・テンポの曲調に注目。歌やスキャットとギターの同時プレイなど、ジミならではの超絶技が堪能できる。やっぱ、スゴすぎます、このひと。
オブリガートの巧いブルースギタリストは大勢いますが、歌とギターの同時進行(しかも違うフレーズ)というのは、なかなか出来るものじゃないすよ。
エルモア・ナンバーの「ブリーディング・ハート」も、なかなかいい出来。特にラフなボーカルに、意外と歌心を感じてしまった。ジミは、あまり歌のほうは高い評価を受けていないように思うが、実はすぐれたブルースの歌い手だったのだと発見。
その他、オリジナルの2曲、スローの「ワンス・アイ・ハド・ア・ウーマン」、アップテンポの「ジェリー292」もそれぞれコテコテのブルース・ナンバーだ。
でもオーセンティックなブルースのフォーマットに乗っかりながら、前者ではディレイやワウ・ペダル、後者ではディストーションが効果的に使われていて、ジミならではのギミックが存分に楽しめる。
以上11曲、ブルースをモチーフとしつつも、そこに展開されているのは、まぎれもなく、ジミ・ヘンドリックス自身のワン・アンド・オンリーな音楽である。ブルースの申し子、ジミはブルースを超える音楽を初めて創造した。
真のイノベーターとは、過去のものを無視して勝手に新しいものを作り出す人のことではない。過去のものの良さをすべて知った上で、換骨奪胎してまったく別のものを作ってみせる人のことをいうのだと思う。
偉大な革命児、ジミ・ヘンドリックスは、また偉大なブルースの後継者でもあった。20世紀の音楽とは何か、知る上で外すことは出来ない一枚。必聴です。
<独断評価>★★★★☆