「なー、"ちょっと寂しい"がちょうどいい、って、なんでなん」と、下の子。
本の帯をみながら。
「ピンとこーへん?そりゃ、よかった!」
なぜなら、私は、病んでいるからこそ
この言葉が自分に向けられたメッセージやと思えたんやと思う。
神さまが、また、与えてくれた言葉やと思いました。
もしかしたら、数年前やったら、下の子と同じ感想を持つか、あるいは、目にとまること、なかったんちゃうやろか。
読もうとも思わなかったかも。
どんなにスバラシイメッセージも、「ああ。これは、自分に向かって発信されたものだ」ってならないと、キャッチできひん。
逆に、何気ない一言とか、実は毎日見てる標語とか、そんな、自分宛じゃなかった言葉が、突然、自分宛てになってメッセージとして与えられることがある。
がーん、ってなる。
本の帯をみながら。
「ピンとこーへん?そりゃ、よかった!」
なぜなら、私は、病んでいるからこそ
この言葉が自分に向けられたメッセージやと思えたんやと思う。
神さまが、また、与えてくれた言葉やと思いました。
もしかしたら、数年前やったら、下の子と同じ感想を持つか、あるいは、目にとまること、なかったんちゃうやろか。
読もうとも思わなかったかも。
どんなにスバラシイメッセージも、「ああ。これは、自分に向かって発信されたものだ」ってならないと、キャッチできひん。
逆に、何気ない一言とか、実は毎日見てる標語とか、そんな、自分宛じゃなかった言葉が、突然、自分宛てになってメッセージとして与えられることがある。
がーん、ってなる。