「10万分の1の偶然」は松本清張の長編小説である。
夜間、東名高速道路のカーブで、自動車が次々に大破・炎上する玉突き衝突事故が発生。この大事故を偶然撮影したというカメラマンの写真は、新聞社主催の「ニュース写真年間最高賞」を受賞する。
受賞式では、この決定的瞬間の場面に撮影者が立ち会っていたことは奇蹟的、十万に一つの偶然と評された。
しかし、この事故発生原因とその現場にカメラマンが偶然居合わせたということに疑問を持つものが現れる・・・という話である。
この小説は、1980年3月20日号 - 1981年2月26日号の『週刊文春』に連載され、当時私もこの小説をを読んでいたが、住まいが高速道路に近い本厚木であった事と、写真撮影が趣味であった事も手伝って、記憶に鮮明である。
最終的には、この事故は撮影者が意図的に引き起こしたものであることが判明するのであるが、今回の話題はこの小説のことではない。「高速道路」ではなく「光速度」についての話。
少し前になるが、「光の博物館」建設の構想を持っている知人のHさんから連絡があり、その展示内容案の中に「光速度の測定方法」が含まれていた。
そして、Hさんから、光速度はどのようにして測定するかご存知ですか?と尋ねられて、はとて考えてしまった。
光の速さについて初めて学んだのは小学校の中~高学年頃ではなかったかと思う。光は1秒間に地球を7周り半するとか、また光は月に行って反射して戻って来るのに、2秒ほどかかるのだと教わったのもこの頃のことであった。
ただ、光速度の測定方法についてその後、高校あるいは大学で学んだかどうか記憶が怪しいし、自分できちんと勉強したという覚えもない。そこで、改めて光速度測定の歴史について調べてみた。
光学の専門家である霜田光一氏の著書「歴史をかえた物理実験」を読むと、1849年のアルマン・フィゾー(1819-1896 フランス人)による回転歯車を用いた実験に始まり、多くの科学者が光速度の測定に取り組んだ歴史を知ることができる。
このフィゾーが行った実験というのは、彼の父親の家の展望台からモンマルトルの丘に設置した鏡までの8,633mの距離で光を往復させ、回転する歯車の谷を通して送出した光が同じ歯車の山で遮られるのを観察したものである。
この時用いられた計算式は c=4nfL であり、ここで、cは求める光速度、nは歯車の山の数、fは歯車の1秒間の回転数、Lは光源から鏡までの距離である。フィゾーが用いた歯車の山の数は720、回転速度は12.6回転/秒であったとされている。
フィゾーに続いて、フーコーの振り子で有名なレオン・フーコー(1819-1868 フランス人)が回転鏡を用いてフィゾーの実験の精度を向上させた話も登場する。
フーコーは、空気中と水中での光の速さの比較実験によって物理科学の博士号を得ている。振り子の実験によってではなかった。
この同時代を生きた同年齢のフィゾーとフーコーの二人は1851年に、著名な物理学者兼化学者のL.J.ゲイ=リュサックの死去によって空席となった、フランス・科学アカデミーの一般物理学部門のポストを埋めるため行われた選挙の7人の候補に同時に含まれていた。
第1回選挙の結果は、フーコーが同順位の2位に、4位にフィゾーがいた。その後第4回まで選挙が行われ、最終選挙に残ったフーコーであったが2位で敗れた。ちなみにフーコーは1865年にアカデミーのメンバーに選出されている。
さて、測定法の改善は次表のようにその後も継続して行われ、フィゾーの測定から100年後には測定精度の向上により有効数字は3桁であったものが順次大きくなり5桁から8桁に、そして1987年には現在も採用されている最も新しい数値として10桁の数字が報告されるに至っている。
光速度測定の主な歴史(霜田光一氏の著書「歴史をかえた物理実験」から抜粋し筆者作成、*通説に従い筆者修正)
「光」の分野の話題はとても広い範囲に及んでいて、「光速度」の話題は科学技術分野に関するほんの一部でしかない。その他、産業・医療・環境・生命・宇宙・芸術・文化といった広範囲の領域が含まれる。
「光の博物館」建設の話はこうした広い分野のホットな話題を集め、多くの人が光について楽しく体験できるのもとして期待されるもので、とても興味深いものだが、その後まだ具体的な動きにはなっていないようである。
ところで、最近TVで「完全解剖!ピラミッドの七つの謎」というNHKの番組を見る機会があった。内容は考古学調査に関するもので、「世界の考古学者を驚かせた『最古のパピルス』の発見を手掛かりに7つのミステリーを完全解剖」するというものであった。
今回の話題の中では、巨石をどのようにして積み上げることができたのかというテクノロジーに関する新発見が興味深いものであった。番組中、長い直線スロープ上を、柱とロープを組み合わせて、巨石を引き上げる様子が再現されていたが、こうした方法を用いて、クフ王の大ピラミッドの建設には26年の歳月をかけたことが説明されていた。
これまでにも、巨石を147メートルの高さまで運び上げる方法について、渦巻き型、ジグザグ型、直線型といくつかの方法が案として挙げられていたが、今回直線法ということで決着がついたのであった。
これについては、TV放送後、吉村作治氏の著書「痛快!ピラミッド学」(2001年 集英社発行)を読んでみたが、ここで氏は検証実験を行って、「直線斜路しかあり得ない」と明快に持論を展開していたのには感心した。
この番組に触発される形で、ピラミッドのあれこれを調べていたところ、ピラミッドと「光速度」についての比較的新しい話題があることを知った。
世界の七不思議のひとつにかぞえられ、その中で唯一現存するものとして知られているピラミッドには多くの謎があるとされているが、その中には「数字」に関するものもいくつか含まれている。
古くはピタゴラスが、「大ピラミッドは古代エジプトの標準尺度によって地球の寸法を記録するために建てられた。」という仮説を残したというものがあり、また、レオナルド・ダ・ヴィンチは、「古代エジプトから天文学を学ぶべきだ」と語ったと言われる。
こうした過去の偉大な学者の発言の影響も手伝ってか、19世紀になると、1859年に「大ピラミッドはなぜ、誰が建造したか」という著書を刊行したイギリス人ジョン・テイラーはその本の中で、「大ピラミッドの周辺の長さの和を高さの2倍で割ると、3.14・・という円周率πにきわめて近い数字になる。」とした。
また、イギリスの天文学者チャールズ・ピアジ・スミスは「大ピラミッドの高さを10億倍すると、地球から太陽までの距離になる」と主張した。これらをはじめとしたいくつかの数字にまつわる内容をまとめると次表のようである。
計算に便利なように、「クフ王」のピラミッドの大きさに関する寸法を示すと、次のようである。
ギザ・クフ王のピラミッド(大ピラミッド)の寸法
大ピラミッドの数値と数学や自然との関連
最初の数値は、ジョン・テイラーのもので、大ピラミッドの四つの底辺の長さを足したものを、高さの2倍で割ると、表に示すように3.1406となって、円周率(π)に近い数字が現れるというものである。確かに最初の3桁で数字が一致している。
2番目は、チャールズ・ピアジ・スミスのもので、大ピラミッドの高さに10^9をかけると、地球と太陽との距離とほぼ一致するというもので、これも四捨五入してみると最初の3桁が一致している。
次は、高さと底辺の長さの比がいわゆる黄金分割比である1.618 に近いというものだが、これは四捨五入後に2桁の一致であり、話は少し怪しくなる。
最後のピラミッドの重量だが、これは使用されている石材の総重量が595.5万トンと見積もられていることから、これを10^18倍すると地球の質量に近い数字となるというものである。こちらも2桁で一致しているが、どのようにしてピラミッドの総重量を計算したのかが分からず、どう判定してよいのか解りかねる。
これらの全体をみると、当時の数学的知識が想像以上に高かった可能性は否定できないが、ピラミッドの建設には、地上の長さを測るために「計測輪」と呼ばれる円筒状の道具が使われていて、何回転したかで長さを測っていたことが知られていることから、吉村氏は「『大ピラミッドの周辺の長さの和を高さの2倍で割ると円周率に近い数値になる』のも、そのためです。」(前出の吉村作治氏の著書から)としている。また、天文学の知識が必要な事柄ついては当時すでに知られていたとは考えにくく、こちらは偶然の一致かとも思えるのである。
こうした一種、謎めいた話題に最近新たに追加されたものが、上述の「光速度」に関するものである。
Google Earth は様々なシーンで我々になじみのものとなっているが、拡大して見たい場所の緯度と経度の数字を入力して検索することができるようになっている。
試みに、次の数字を入力すると、ギザのピラミッド群のなかの「クフ王」のピラミッドを探し当てることができる。
その数字は「29.9792458, 31.134658」である。前半の数字が緯度、後半の数字が経度をそれぞれ10進法で示したもので、60進法では「北緯29°58′45.28″」と「東経31°08′04.77″」に相当する。
ここで緯度の29.9792458を前述の最新の光速度データ29.97924586万km/sと見比べると、完全な一致が見られるというのである。
この緯度と経度の数値は、「クフ王」のピラミッドの大回廊の中心のものであると、複数の文献で示されているが(TOCANA,2018.4.5付け記事など)、その出所については私はまだ確認できていないし、どの場所を選ぶかは任意性が入ってくることにもつながる。そこで、ここではクフ王のピラミッドの中心である頂点に着目して数値を比較してみたい。
クフ王のピラミッドの内部構造(東側から見た図)
パソコンの画面上でGoogle Earthに先の数値を入力して、クフ王のピラミッドを表示させて、ここで得たピラミッドの底面の4つの角の座標と、これから計算で求めた頂点の座標を図示すると次のようである。大回廊の中央部のものとされる座標(赤字で示す)は頂点から北東にずれた位置で示される。実際には上の図で示した内部の空間は、入り口も含めて北面の中心線上ではなく、そこから7.3m東に寄っているとされる(前出の吉村作治氏の著書から)。
ギザ・クフ王のピラミッドの位置の緯度・経度(Google Earthから作成)
私が4つのコーナーの座標から求めた頂点の緯度座標は、29.979017° である。この数字で見ると、光速度29.97924586万km/sとの一致は有効数字で少なくとも5桁はあるということになるが、5桁の数字が一致する確率は「9万分の1」である。
「クフ王」のピラミッドの頂点の地球上の座標の数値と「光速度」の測定値とが数字で5桁まで一致しているというのは、数字で見る限り、先に紹介したピラミッドの寸法が示す2桁~3桁の有効数字の一致とは一線を画するといえる。
ここで改めて現在知られている光速度の有効数字10桁との一致という意味を考えてみると、数字を10進法の緯度のものとしてみた場合に、10桁目の一致というのは緯度上での距離1.11mmの位置精度に相当することが判る。
地球の極半径は約6,356kmであるから、緯度1°は110.9kmに相当する。従って光速度の有効数字で10桁目の、0.00000001°は1.11mmに相当するのである。
このことから、有効数字の6桁までが一致している場合には11.1mの精度、5桁であれば111mの精度と導かれる。次の図のようである。
10進法で示す緯度の数値と光速度の有効数値の一致の程度と位置精度の関係
フィゾーやフーコーの時代の「光速度」では、こうした議論は無意味なものだが、1948年のエッセンらの測定で5桁目までの数値が得られるようになると光速度の方からピラミッドの特定の位置に収束するように精度が向上してきたように見え、話が変わってくることになる。
冒頭、松本清張の長編小説で「10万分の1の偶然」を紹介した。小説では、こうした偶然はあり得ず、何らかの犯罪行為があったはずであるとの信念に基づいた捜査の結果、カメラマンの犯行が暴かれるのであるが、歴史と自然が織りなすこの「9万分の1」の一致について皆さんはどう思われるだろうか。