軽井沢からの通信ときどき3D

移住して10年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

10万分の1の偶然

2021-03-12 00:00:00 | 
 「10万分の1の偶然」は松本清張の長編小説である。
 夜間、東名高速道路のカーブで、自動車が次々に大破・炎上する玉突き衝突事故が発生。この大事故を偶然撮影したというカメラマンの写真は、新聞社主催の「ニュース写真年間最高賞」を受賞する。
 受賞式では、この決定的瞬間の場面に撮影者が立ち会っていたことは奇蹟的、十万に一つの偶然と評された。
 しかし、この事故発生原因とその現場にカメラマンが偶然居合わせたということに疑問を持つものが現れる・・・という話である。

 この小説は、1980年3月20日号 - 1981年2月26日号の『週刊文春』に連載され、当時私もこの小説をを読んでいたが、住まいが高速道路に近い本厚木であった事と、写真撮影が趣味であった事も手伝って、記憶に鮮明である。

 最終的には、この事故は撮影者が意図的に引き起こしたものであることが判明するのであるが、今回の話題はこの小説のことではない。「高速道路」ではなく「光速度」についての話。

 少し前になるが、「光の博物館」建設の構想を持っている知人のHさんから連絡があり、その展示内容案の中に「光速度の測定方法」が含まれていた。
 そして、Hさんから、光速度はどのようにして測定するかご存知ですか?と尋ねられて、はとて考えてしまった。

 光の速さについて初めて学んだのは小学校の中~高学年頃ではなかったかと思う。光は1秒間に地球を7周り半するとか、また光は月に行って反射して戻って来るのに、2秒ほどかかるのだと教わったのもこの頃のことであった。
 
 ただ、光速度の測定方法についてその後、高校あるいは大学で学んだかどうか記憶が怪しいし、自分できちんと勉強したという覚えもない。そこで、改めて光速度測定の歴史について調べてみた。

 光学の専門家である霜田光一氏の著書「歴史をかえた物理実験」を読むと、1849年のアルマン・フィゾー(1819-1896 フランス人)による回転歯車を用いた実験に始まり、多くの科学者が光速度の測定に取り組んだ歴史を知ることができる。

 このフィゾーが行った実験というのは、彼の父親の家の展望台からモンマルトルの丘に設置した鏡までの8,633mの距離で光を往復させ、回転する歯車の谷を通して送出した光が同じ歯車の山で遮られるのを観察したものである。

 この時用いられた計算式は c=4nfL であり、ここで、cは求める光速度、nは歯車の山の数、fは歯車の1秒間の回転数、Lは光源から鏡までの距離である。フィゾーが用いた歯車の山の数は720、回転速度は12.6回転/秒であったとされている。

 フィゾーに続いて、フーコーの振り子で有名なレオン・フーコー(1819-1868 フランス人)が回転鏡を用いてフィゾーの実験の精度を向上させた話も登場する。

 フーコーは、空気中と水中での光の速さの比較実験によって物理科学の博士号を得ている。振り子の実験によってではなかった。

 この同時代を生きた同年齢のフィゾーとフーコーの二人は1851年に、著名な物理学者兼化学者のL.J.ゲイ=リュサックの死去によって空席となった、フランス・科学アカデミーの一般物理学部門のポストを埋めるため行われた選挙の7人の候補に同時に含まれていた。
 
 第1回選挙の結果は、フーコーが同順位の2位に、4位にフィゾーがいた。その後第4回まで選挙が行われ、最終選挙に残ったフーコーであったが2位で敗れた。ちなみにフーコーは1865年にアカデミーのメンバーに選出されている。

 さて、測定法の改善は次表のようにその後も継続して行われ、フィゾーの測定から100年後には測定精度の向上により有効数字は3桁であったものが順次大きくなり5桁から8桁に、そして1987年には現在も採用されている最も新しい数値として10桁の数字が報告されるに至っている。


光速度測定の主な歴史(霜田光一氏の著書「歴史をかえた物理実験」から抜粋し筆者作成、*通説に従い筆者修正)

 「光」の分野の話題はとても広い範囲に及んでいて、「光速度」の話題は科学技術分野に関するほんの一部でしかない。その他、産業・医療・環境・生命・宇宙・芸術・文化といった広範囲の領域が含まれる。

 「光の博物館」建設の話はこうした広い分野のホットな話題を集め、多くの人が光について楽しく体験できるのもとして期待されるもので、とても興味深いものだが、その後まだ具体的な動きにはなっていないようである。

 ところで、最近TVで「完全解剖!ピラミッドの七つの謎」というNHKの番組を見る機会があった。内容は考古学調査に関するもので、「世界の考古学者を驚かせた『最古のパピルス』の発見を手掛かりに7つのミステリーを完全解剖」するというものであった。

 今回の話題の中では、巨石をどのようにして積み上げることができたのかというテクノロジーに関する新発見が興味深いものであった。番組中、長い直線スロープ上を、柱とロープを組み合わせて、巨石を引き上げる様子が再現されていたが、こうした方法を用いて、クフ王の大ピラミッドの建設には26年の歳月をかけたことが説明されていた。

 これまでにも、巨石を147メートルの高さまで運び上げる方法について、渦巻き型、ジグザグ型、直線型といくつかの方法が案として挙げられていたが、今回直線法ということで決着がついたのであった。

 これについては、TV放送後、吉村作治氏の著書「痛快!ピラミッド学」(2001年 集英社発行)を読んでみたが、ここで氏は検証実験を行って、「直線斜路しかあり得ない」と明快に持論を展開していたのには感心した。

 この番組に触発される形で、ピラミッドのあれこれを調べていたところ、ピラミッドと「光速度」についての比較的新しい話題があることを知った。

 世界の七不思議のひとつにかぞえられ、その中で唯一現存するものとして知られているピラミッドには多くの謎があるとされているが、その中には「数字」に関するものもいくつか含まれている。

 古くはピタゴラスが、「大ピラミッドは古代エジプトの標準尺度によって地球の寸法を記録するために建てられた。」という仮説を残したというものがあり、また、レオナルド・ダ・ヴィンチは、「古代エジプトから天文学を学ぶべきだ」と語ったと言われる。

 こうした過去の偉大な学者の発言の影響も手伝ってか、19世紀になると、1859年に「大ピラミッドはなぜ、誰が建造したか」という著書を刊行したイギリス人ジョン・テイラーはその本の中で、「大ピラミッドの周辺の長さの和を高さの2倍で割ると、3.14・・という円周率πにきわめて近い数字になる。」とした。
 また、イギリスの天文学者チャールズ・ピアジ・スミスは「大ピラミッドの高さを10億倍すると、地球から太陽までの距離になる」と主張した。これらをはじめとしたいくつかの数字にまつわる内容をまとめると次表のようである。

 計算に便利なように、「クフ王」のピラミッドの大きさに関する寸法を示すと、次のようである。


ギザ・クフ王のピラミッド(大ピラミッド)の寸法


大ピラミッドの数値と数学や自然との関連

 最初の数値は、ジョン・テイラーのもので、大ピラミッドの四つの底辺の長さを足したものを、高さの2倍で割ると、表に示すように3.1406となって、円周率(π)に近い数字が現れるというものである。確かに最初の3桁で数字が一致している。

 2番目は、チャールズ・ピアジ・スミスのもので、大ピラミッドの高さに10^9をかけると、地球と太陽との距離とほぼ一致するというもので、これも四捨五入してみると最初の3桁が一致している。

 次は、高さと底辺の長さの比がいわゆる黄金分割比である1.618 に近いというものだが、これは四捨五入後に2桁の一致であり、話は少し怪しくなる。

 最後のピラミッドの重量だが、これは使用されている石材の総重量が595.5万トンと見積もられていることから、これを10^18倍すると地球の質量に近い数字となるというものである。こちらも2桁で一致しているが、どのようにしてピラミッドの総重量を計算したのかが分からず、どう判定してよいのか解りかねる。

 これらの全体をみると、当時の数学的知識が想像以上に高かった可能性は否定できないが、ピラミッドの建設には、地上の長さを測るために「計測輪」と呼ばれる円筒状の道具が使われていて、何回転したかで長さを測っていたことが知られていることから、吉村氏は「『大ピラミッドの周辺の長さの和を高さの2倍で割ると円周率に近い数値になる』のも、そのためです。」(前出の吉村作治氏の著書から)としている。また、天文学の知識が必要な事柄ついては当時すでに知られていたとは考えにくく、こちらは偶然の一致かとも思えるのである。

 こうした一種、謎めいた話題に最近新たに追加されたものが、上述の「光速度」に関するものである。

 Google Earth は様々なシーンで我々になじみのものとなっているが、拡大して見たい場所の緯度と経度の数字を入力して検索することができるようになっている。

 試みに、次の数字を入力すると、ギザのピラミッド群のなかの「クフ王」のピラミッドを探し当てることができる。
 その数字は「29.9792458, 31.134658」である。前半の数字が緯度、後半の数字が経度をそれぞれ10進法で示したもので、60進法では「北緯29°58′45.28″」と「東経31°08′04.77″」に相当する。

 ここで緯度の29.9792458を前述の最新の光速度データ29.97924586万km/sと見比べると、完全な一致が見られるというのである。

 この緯度と経度の数値は、「クフ王」のピラミッドの大回廊の中心のものであると、複数の文献で示されているが(TOCANA,2018.4.5付け記事など)、その出所については私はまだ確認できていないし、どの場所を選ぶかは任意性が入ってくることにもつながる。そこで、ここではクフ王のピラミッドの中心である頂点に着目して数値を比較してみたい。


クフ王のピラミッドの内部構造(東側から見た図)

 パソコンの画面上でGoogle Earthに先の数値を入力して、クフ王のピラミッドを表示させて、ここで得たピラミッドの底面の4つの角の座標と、これから計算で求めた頂点の座標を図示すると次のようである。大回廊の中央部のものとされる座標(赤字で示す)は頂点から北東にずれた位置で示される。実際には上の図で示した内部の空間は、入り口も含めて北面の中心線上ではなく、そこから7.3m東に寄っているとされる(前出の吉村作治氏の著書から)。


ギザ・クフ王のピラミッドの位置の緯度・経度(Google Earthから作成)

 私が4つのコーナーの座標から求めた頂点の緯度座標は、29.979017° である。この数字で見ると、光速度29.97924586万km/sとの一致は有効数字で少なくとも5桁はあるということになるが、5桁の数字が一致する確率は「9万分の1」である。

 「クフ王」のピラミッドの頂点の地球上の座標の数値と「光速度」の測定値とが数字で5桁まで一致しているというのは、数字で見る限り、先に紹介したピラミッドの寸法が示す2桁~3桁の有効数字の一致とは一線を画するといえる。

 ここで改めて現在知られている光速度の有効数字10桁との一致という意味を考えてみると、数字を10進法の緯度のものとしてみた場合に、10桁目の一致というのは緯度上での距離1.11mmの位置精度に相当することが判る。

 地球の極半径は約6,356kmであるから、緯度1°は110.9kmに相当する。従って光速度の有効数字で10桁目の、0.00000001°は1.11mmに相当するのである。

 このことから、有効数字の6桁までが一致している場合には11.1mの精度、5桁であれば111mの精度と導かれる。次の図のようである。


10進法で示す緯度の数値と光速度の有効数値の一致の程度と位置精度の関係

 フィゾーやフーコーの時代の「光速度」では、こうした議論は無意味なものだが、1948年のエッセンらの測定で5桁目までの数値が得られるようになると光速度の方からピラミッドの特定の位置に収束するように精度が向上してきたように見え、話が変わってくることになる。 

 冒頭、松本清張の長編小説で「10万分の1の偶然」を紹介した。小説では、こうした偶然はあり得ず、何らかの犯罪行為があったはずであるとの信念に基づいた捜査の結果、カメラマンの犯行が暴かれるのであるが、歴史と自然が織りなすこの「9万分の1」の一致について皆さんはどう思われるだろうか。



 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

青色顔料の発見と電子を見るはなし

2020-01-31 00:00:00 | 
 新しい青色顔料が200年ぶりに発見されたというBiglobeのニュース(2019.7.17)に目がとまった。私自身、かつて酸化物の青色への変化を利用した表示素子の開発をしていたことがあるからであるが、もうひとつ最近は青色顔料の原料でもある鉱物、ラピスラズリに興味を持っていることも理由であった。

 2019年7月17日付のこのニュースには「ハッとするような鮮やかな青、『YlnMnブルー』。2009年にアメリカで発見された無機青色顔料の一種」という言葉と共に、Wikipediaから引用したという次の写真が添えられている。


新発見の青色顔料「YlnMnブルー」の画像(Wikipediaより)

 写真を見ると確かにこの記事の言葉通り、「YlnMnブルー」(インミンブルー)はとても鮮やかな青色に見える。記事は次のように続いている。

 「偶然に生まれた『YlnMnブルー』、古くは古代エジプトや中国の漢王朝、マヤ王国など、紀元前より高貴な青色顔料は人気が高いが、色落ちしやすかったり、毒性があったり、製造に手間とコストがかかりすぎたりと、あらゆる面で完璧な青色を創り出すのは長年の課題であった。・・・
 顔料業界にとって世紀の大発見ともいわれており、年内には販売も開始される予定ということで世界中から注目を集めているという。
 実はこの顔料は全くの偶然から生まれている。酸化マンガン類の電気的特性を研究していた米・オレゴン州立大学の大学院生が、黒い酸化マンガンと他の化合物を混ぜ合わせ摂氏1200度という超高熱の炉で焼いたものの一部が、美しい青い粉に変化していたことを発見したのである。
 研究チームを率いているマス・サブラマニアン教授らはこの変化に驚きと興奮を持って直ちに調査を開始し、この物質が「三方両錐構造」というユニークな結晶構造をしており、内部のマンガンイオンが緑と赤の光を吸収して、吸収されない青のみが鮮明に現れていることを突き止めた。
そして耐久性に優れて安定性も高く、水や油にも強いことが判明したのである。
 教授らは原料であるYttrium(イットリウム)、Indium(インジウム)、Manganese(マンガン)の元素記号を取って「YInMnブルー」と命名した。・・・
 オレゴン州立大学からライセンスを受けて「YlnMnブルー」の販売を予定しているShepherd Color Companyは、環境に優しくかつ生産しやすいこの顔料がさまざまな場面で活用されることに期待を寄せる。すでに製品化も進んでおりサンプル販売の認可は下りているため、年内にも市販できるめどが立っているという。
 『YlnMnブルー』に続き緑や紫、オレンジなどの各色の研究にも着手したというサブラマニアン教授のチーム。また別の鮮やかな“新色”が発見されるのか、吉報を待ちたい。(文=Maria Rosa.S)」

 原著論文は、Journal of Chemical Society 2009,131,47 に掲載されているが、これによると、インミンブルーは、YMnO3とYInO3の固溶体であり、YIn1-xMnxO3と表現されていて、結晶の中でIn:インジウム原子とMn:マンガン原子は同じ位置に入り、その割合xは0から1の間で連続的に可変である。

 論文によると、Mnの割合xを変化させたときの結晶の色は次のようであり、X=1の時、色は黒になる。


「YlnMn(インミン)ブルー」の色とMnの割合xとの関係(Journal of Chemical Society 2009,131,47 )

 200年ぶりと言われる理由について調べてみると、1802年にフランス人化学者のルイ・ジャック・テナール(Louis Jacques Thenard)がコバルトブルーを発見して以来のことだからということである。また、この青色について、発見者の教授は「われわれが見つけた色素は、ウルトラマリンに似ているがずっと長持ちするので、美術修復に役立つ」といっているとされる。

 コバルトブルーやウルトラマリンという言葉が出てきたが、これはご存知の通り青色顔料の名前であり、油絵具などでも同様の名前が用いられている。これら種々の絵の具の青色を比較してみると、次のようである(各色のR,G,B値を用いて色を表示しているが、あくまでも相対的なものとしてご覧いただきたい)。


各種青色顔料の色の比較

 ここで、新発見のインミンブルーの色を表示させる際には、ウィキペディアに示されている「代表的なR,G,Bの数値」を用いたが、マス・サブラマニアン教授の言うようにウルトラマリンに近い色になっていることが分かる。尚、ウルトラマリンは天然のラピスラズリを精製して得られるが、その結果鉱物のラピスラズリとはやや色が異なるとされているので、同時に示しておいた。

 ところで、このラピスラズリが最初に顔料として利用されたのは6–7世紀におけるアフガニスタンの寺院の洞窟画であり、これが鉱物顔料の始まりとされる。天然のラピスラズリ鉱物から良質の青色顔料を得る方法は13世紀の初頭に開発されており、この顔料が最も広く使われたのは14世紀から15世紀にかけてで、朱色や金色の補色として映えるため、装飾写本やイタリアの陶板画に用いられたという。
 ヨーロッパの芸術家たちはこの貴重な顔料をめったに使用できず、聖マリアやキリストのローブを塗るための取って置きの品であった。天然ウルトラマリンを使った画家のうち、フェルメール(1632.10-1675.12)はとても有名で、フェルメール・ブルーという呼称があるくらいである。中でも1665年の作とされる「真珠の耳飾りの少女」はよく知られている。次の写真は土産物として売られていた複製画を撮影したものである。


フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」(2019.12.30 撮影)

 上で、インミンブルーがYMnO3とYInO3の2種の酸化物の固溶体(混合物ではなく均一にまじりあっている結晶のこと)であることを紹介したが、鉱物のラピスラズリもまた固溶体であり、4種類の鉱物からなることが知られている。その4種類とは主成分のラズライト(青金石、Na8-10Al6Si6O24S2)、ソーダライト(方曹達石、Na8Al6Si6O24Cl2)、アウイン(藍方石、(Na,Ca)6-8Al6Si6O24(SO4)1-2)、ノゼアン(黝方石、Na8Al6Si6O24SO4)であるが、複雑ながらも類似の結晶構造を持つことがわかる。このためラピスラズリは12面体の結晶でしばしば産出するという。

 このうち、ラズライト、ソーダライト、アウインの3種はそれ自体が青色の鉱物であるが、ノゼアンは無色透明な鉱物である。これらが混じり合うことでラピスラズリの青色が生まれている。尚、天然の鉱物にはこのほかに白い方解石や金色の黄鉄鉱が混じることがある。

 ラピスラズリは人類に認知され、利用された鉱物として最古のものとしても知られている。エジプト、シュメール、バビロニアなどの古代から、宝石として珍重されてきた。有名なツタンカーメンの黄金のマスクにもラピスラズリが用いられている。日本ではトルコ石と共に12月のほかに9月の誕生石とされる。

 鉱物としてのラピスラズリに興味があって、その原石をくりぬいて作られたドイツ製のキャビアボウルを手に入れ、ガラス製品ではないのだが私のガラス・ショップに置いている。ボウルの直径は約15cm、高さは約11cmで次のようなものである。


ラピスラズリ製のキャビアボウル
 
 さて、最後は表題に掲げた「電子を見る」話である。といってももちろん電子を直接見ることができるわけではなく、電子の動きを間接的に色の変化として目で見えるようにできるというもので、私が経験した中でも、なかなか興味深い実験なのでここで紹介させていただく。ただし、準備には専門的な装置も必要なので、どなたにでも追認していただけるものではないことをお断りしておく。

 用意する材料は、ガラス板にWO3:酸化タングステン膜を薄く(0.5ミクロン程度)形成したもの、金属針(インジウム)、電解液(希硫酸溶液)などで、実際にはシャーレなどの容器に、電解液を注ぎ、ここにWO3膜のついたガラス板を沈めて実験を行うが、次図(上)のように配置する。この状態は1種の電池のようなもので、WO3膜と金属針の間には電位差が発生している。この状態で、金属の針の先端をWO3膜に接触させると(図の「中」)、WO3膜はその接点から着色して、周囲に向かって広がっていく(図の「下と右」)。この着色が起きる理由は、金属針から電子が膜に注入されているからで、膜の中を電子がゆっくりと拡散している様子を見ていることになるのである。電子にはもちろん色は付いていないが、電子のあるところ色ありという感じで着色していく。電子の注入と同時に電解液からは水素イオン(プロトン)が素早くWO3膜に図に示すように移動する。


WO3薄膜に金属針から電子が注入されるのを見る実験

 WO3薄膜は元来透明であるが、電子と水素イオンとを同時に取り込むことで、タングステン・ブロンズという青い物質に変化する。膜の中で電子が比較的自由に動くことができるため、光の中の赤から近赤外線部分を吸収するためである。この現象は、インミンブルーで見た結晶中のInをMnで徐々に置き換えていくと、色が濃くなっていく現象に似ている。

 きちんとした結晶構造を持つインミンブルーなどの物質では、高温で熱処理をしないとMnを結晶中に取り込むことはできないが、WO3の膜の場合膜が非晶質で空隙の多い構造であるため、電池作用で、室温下でも膜の中に電子と共に水素イオンをとり込むことができるためにこうしたことが起きるのである。

 新しい青色顔料発見のニュースを知り、その着色のメカニズムを見ていて、40年ほど前に行った実験のことを懐かしく思い出したのであった。




コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

構造色

2017-02-03 00:00:00 | 
 蝶の美しさの一つは、その色彩の豊富さにあるが、中でも金属光沢のように輝く色には特に惹かれるものがあるようだ。この美しい金属光沢を示す蝶の代表格は南アメリカなどに棲息しているモルフォ蝶であろう。

 私の部屋にも10年ほど前に、上信越自動車道の小布施サービスエリアのすぐそばにある施設が夏休みの時期に開催していた昆虫展で、子供たちに混じりやや恥ずかしい思いで買い求めたモルフォ蝶の仲間「メネラウスモルフォ」の額入り標本がある。


南米ギアナ高地産のメネラウスモルフォ蝶の標本(2017.1.23 撮影)

 このモルフォ蝶の青く輝く色の正体については過去には色素によるものか、構造によるものかの議論が行われたこともあったようだが、今日では走査型電子顕微鏡によりその鱗粉が持っている非常に複雑な微細構造まで明らかにされ、構造色であることが確認されていて、集束イオンビームで人工的に再現をする試みまでなされている。

 構造色とはもともと無色の物質が、その構造により色を示すようになるもので、光の持つ散乱、屈折、干渉、回折などのさまざまな性質によりこのような現象が生じている。空の虹、プリズム、シャボン玉などが示す色も構造色の仲間であるし、宝石のオパールや身近なところではコンパクト・ディスク(CD)がさまざまな色に反射して見えるのも構造色である。

 生物の仲間でも、モルフォ蝶だけではなく多くの蝶もこの構造色を持っているし、玉虫などの甲虫類、孔雀やハチドリなどの鳥の羽根、貝殻や真珠などの美しい色も構造色によるものである。

 CDを見る角度を変えるとこの色はさまざまに変化するが、このように構造色は光源の位置や見る角度により色が変化したり、色が消えてしまうことがあるという特徴がある。

 ところが、モルフォ蝶の持つ青色の構造色はその点、見る方向にもよるのだが、角度を変えて眺めても色の変化が少なく、これには驚くような仕組みがあるという。それは、モルフォ蝶の鱗粉表面の構造が光の干渉と回折(散乱?)の2つを巧みに利用する構造になっているためとされている。

 自宅にあるメネラウスモルフォ蝶でこれを試してみた。蝶の翅に垂直方向から照明光をあて、垂直から斜め30度の方向から撮影した時の構造色の変化は次のようなものであった。





メネラウスモルフォ蝶の構造色の変化を、翅に垂直から斜め30度方向から見た(2017.1.31 撮影)

 また、角度をさらに大きくして、垂直から斜め60度の方向から撮影した時の構造色の変化は次のようになった。





メネラウスモルフォ蝶の構造色の変化を、翅に垂直から斜め60度方向から見た(2017.1.31 撮影)

 蝶を後から見たときに比べて、前すなわち頭の方向から見たときのほうがやや構造色の変化が少ないようだ。また、左右方向には構造色の見え方に偏りがあるように見える。これは、鱗粉の配列方向とも関係があると思われる。

 このことからすると、メネラウスモルフォ蝶の場合、飛んでくる蝶を前方から見たときに構造色がよく見えるようにできているようだが、いずれにしても、前後方向にはかなりの広い範囲で青く見えることがわかる。

 日本の国蝶である「オオムラサキ」の♂の持つきれいな青紫色もまた構造色であり、この蝶の場合も見る角度で色が青紫から暗い紫色に変化する。オオムラサキの構造色を作り出している鱗粉の詳しい構造を私はまだ知らないのだが、どのようなものになっているのだろうか。知りたいものだ。


名前通り翅の青紫色の構造色が美しい「オオムラサキ」の♂(2015.7.27 撮影)


左右の翅の構造色が僅かな角度の違いで異なって見える(2015.7.27 撮影)

 甲虫の仲間にも美しい構造色を持つものが多いが、中にはとても不思議な性質を示すものが知られている。

 次の写真は、ギフチョウを見るために岐阜市にある名和昆虫博物館を訪問した際に偶然見つけて購入したテイオウニジダイコクコガネのペア標本だが、このペアを3Dテレビ用の円偏光メガネを通して見ると左右で見え方が異なることがわかる。


アルゼンチン産テイオウニジダイコクコガネのペア(2107.1.23 撮影)

 この標本に3Dメガネを乗せると、円偏光板の分だけ暗くはなって見えるが、左目側の円偏光板を通した方は構造色に変化が無く、他方右目側の円偏光板を通した方は構造色が消えて暗くなっている。


テイオウニジダイコクコガネの上に3Dメガネを乗せて撮影すると、右目側が暗くなる(2017.1.23 撮影)

 また、メガネを反転させて左右を入れ替えてもやはり右目用の円偏光板側のオスが暗く見えるので、見え方の差は雌雄の違いによるものではない。


テイオウニジダイコクコガネの上に3Dメガネを反転させて乗せて撮影しても、右目側が暗くなる
(2017.1.23 撮影)

 このことは、東京工業大学の石川謙准教授が詳しく報告されているが、コガネムシの仲間が持つ構造色が捩れ構造に由来することに起因している。

 肉眼では判らないが、この一部のコガネムシの持つ捩れ構造は、左円偏光だけを反射し、右円偏光は吸収している。3Dメガネの左目用には左円偏光板が、右目用には右円偏光板が入っていて、左円偏光板は左円偏光を通過させ、右円偏光板は左円偏光を吸収するので、メガネをかけて左目で見るとテイオウニジダイコクコガネは明るく構造色を示し、右目で見ると暗く見えることになる。こうした性質は、円偏光2色性として知られているものである。

 事前にこの事を知っていたので、私は昆虫館などを訪れる場合には、必ず円偏光板を持参している。名和昆虫博物館に行った時も円偏光板で確認してこのテイオウニジダイコクコガネの標本をお土産に購入した次第。

 一部のコガネムシが進化の過程でなぜこうした捩れ構造を獲得してきたのかについては仮説が提示されているものの、まだ確たることはわからず謎のようだ。

 植物の世界ではどうかというと、ポリア・コンデンサータ(Pollia condensata)という植物の種子がやはり円偏光2色性を示す構造色を持つことがわかったので入手してみた。大きさは直径が3mm程度ととても小さいのだが、拡大して見ると表面は美しい輝きを持っていることがわかる。


ポリア・コンデンサータの種子が持つ構造色(2017.1.23 撮影)

 この構造色自体は目視できるものだが、円偏光2色性の方はコガネムシのように肉眼でもはっきりと観察できるものではなく、顕微鏡下で確認できるような微小領域でおきているものなので、円偏光メガネを通して普通に写真撮影をしてもその差は確認できなかった。

 ここでもまた、何故この植物がこうした構造を獲得していったのかという疑問に突き当たるが、まだ比較的最近になり見出されたことであり、その解答は得られていないようである。

 この種子を発芽させて育ててみたいと思っているが、果たして軽井沢の気候に馴染んでくれるものかどうか気になっている。










コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする