大阪と奈良の境に万葉集でも歌われている二上山(にじょうざん、万葉集ではふたかみやま)がある。中学生の頃、この山麓にギフチョウがいるという情報を得て、捕虫網を持って一人で出かけたことがあった。半世紀以上前、ずいぶん昔の話である。
現地に着いたものの、どこにいけばいいものかわからず周辺を歩きまわっていると、私と同じ目的でやってきたらしい様子の年長の男性が斜面の上の方から下りてきて、「君もギフチョウの採集に来たのか、食草まで持っていく者がいてけしからん」というようなことをつぶやいていたのを覚えている。この日は確かギフチョウを1頭採集できて持ち帰ったと思う。
当時の私はといえば、昆虫採集をしてはいたが、まだ特に蝶だけを追っていたわけではなく、ましてや幼虫を飼い育てるなどということは考えもしなかった頃なので、なにやら不当な見当違いなことを言われたような気がして妙に記憶に残っている。
このギフチョウに再び出会ったのはずっと後になってからで、新潟県上越市に赴任した頃、日本のスキー発祥の地として知られる金谷山の尾根筋を歩いているときで、ひらひらと舞い降りてきて私の少し先のほうの道端にとまったのであった。
このとき撮影した写真のプリントには1999年4月とのメモ書きはあるが、日にちまでは判らなかった。その点、最近のデジタルカメラは有難い。後でほとんどの撮影データが確認できる。
上越市・金谷山で見かけたギフチョウ(1999年4月 撮影)
高校生の頃に蝶の採集をやめようと決心して以来、たまたま蝶の写真を撮ることはあったとしても、蝶への関心はすでに薄れてしまっていたのだが、この久々のギフチョウとの出会いをきっかけになにやら再びむずむずとし始めたように思う。
その後、2010年に定年になり上越での仕事を辞してからは、時間的・精神的な余裕もできて蝶との接点を積極的に求めて動くようになった。
そのきっかけになったのは青森県弘前市でのアカシジミの大量発生についてのNHKのTVニュースであった。このニュースを見て2年後の2013年7月、まだこの大発生が継続していることを知り、思い切って妻と、仕事で知り合ったTさんを誘い3人で現地に行くことにした。現地では3Dビデオでの撮影に初めて挑戦し、これがその後3Dで蝶や蛾の生態撮影を始めるきっかけになった。
この時の異様な体験についてはまた別に改めて紹介しようとに思う。
その後、かつての職場のOBの集まりで蝶についての講演を聴く機会があり、この時講演をしていただいたMさんと久しぶりに会って蝶の話で盛り上がった。
このMさんと春になったらギフチョウを見に行きましょうということになり、2014年4月、Mさんの案内で神奈川県津久井方面にギフチョウを見に出かけた。元の職場の同僚のSさんも加わり、妻との4人であった。この津久井湖周辺では、期待通り数頭のギフチョウを見ることができた。
津久井湖方面のギフチョウ(2014.4.5 撮影)
ただ、やや物足りないとの思いもあって、この年は、このあとすぐに確実にギフチョウを見ることができるという、新潟県長岡市ににある国営越後丘陵公園に同じメンバーで再度出かけた。
ここでは、園内のカタクリの花が満開で、この花に吸蜜のため次々と飛んでくるギフチョウをたくさん見ることができた。また、公園周辺の丘陵地帯のポイントにもMさんに案内していただき、ここでは桜の花に吸蜜に訪れたギフチョウを見ることができた。山道脇では、まだ羽化したばかりと思われる♀も見つかった。
園内で満開のカタクリ(2014.4.12 撮影)
国営越後丘陵公園のギフチョウ(2014.4.12 撮影)
長岡市郊外の丘陵地の羽化直後のギフチョウ♀(2014.4.12 撮影)
この時の経験が忘れられず、翌年2015年4月にもまた越後丘陵公園のギフチョウ観察会を実施した。この時は参加者が増えて関東からは前年同様のMさんSさんのほかNさん、Iさんの2名を加え計4名、現地長岡からは友人Oさんも加わり、私どもと合わせて総勢7名になった。
この時も、はじめは越後丘陵公園に向かったが、現地についてみるとまだ発生には少し早いようだとの判断で、現地参加のOさんの友人が園長を務める雪国植物園に観察場所を移した。
この判断がよく、雪国植物園では園長直々の案内の下、満開のカタクリに集まる多数のギフチョウを見ることができた。
雪国植物園のギフチョウ(2015.4.12 撮影)
昨年2016年4月は前年参加者の多くの都合がつかず、私ども夫婦とSさんの3人になったが、またまた長岡行きを決行した。私たちは前年同様長岡駅前に前泊し、翌朝新幹線でやってきたSさんを改札口で出迎え、私の車で現地に出かけた。
この時はSさんの判断で、先ず越後丘陵公園に向かった。2年前にカタクリの花が多数咲き誇っていた場所はこの年はツキノワグマの目撃情報があるとのことで立ち入りが規制されていて、やむなく駐車場から離れた奥のほうのエリアにポイントを移した。幸い、この場所はカタクリの開花状況もちょうどよく、たくさんのギフチョウを見、撮影することができた。
国営越後丘陵公園のギフチョウ(2016.4.12 撮影)
こうして、幸いにもこの3年間は毎年のように観察会を実施し、ギフチョウを見ることができた。
ギフチョウが「リュードルフィア・ライン(またはルードルフィア・ライン;ギフチョウ線)」と呼ばれるフォッサマグナから新潟、山形に伸びるラインを境としてヒメギフチョウとほぼ棲み分けていることはよく知られている。
岐阜市にあるギフチョウのメッカとも言うべき名和昆虫博物館を訪問したときにその説明があったので下の写真で紹介する。
やや見づらいが、赤く示されているのがギフチョウの生息域で、四国・九州を除く西日本に広がる。一方、ヒメギフチョウは緑で示されているところが生息域で東・北日本に点在している。
尚、ギフチョウは日本の特産種であるが、ヒメギフチョウの生息域はユーラシアにも広がっている。
名和昆虫博物館のルードルフィアラインの説明展示、赤:ギフチョウ、緑:ヒメギフチョウの生息域を示す
(2015.9.23 撮影)
当地、軽井沢はどうかというと、地域的にはリュードルフィア・ラインの東に位置し、ヒメギフチョウが見られる地域ということになるのだが、残念なことに目撃例は皆無という状態である。
愛読の写真集「軽井沢の蝶」(栗岩竜雄著、2015年 ほおずき書籍発行)にもヒメギフチョウの名前は見当たらない。
「信州 浅間山麓と東信の蝶」(鳩山邦夫・小河原辰雄著 2014年 信州昆虫資料館発行)でも、エリアを隣接地区の佐久市、小諸市、上田市に拡大すると、多数の目撃情報が記載されているのであるが、やはり軽井沢での記録はない。
軽井沢町内の別荘地には、ヒメギフチョウの食草であるウスバサイシンの自生が見られることから、過去には幼虫を放し定着を試みた報告もあるが不成功に終わっているようである。軽井沢の寒さが蛹の越冬を阻んでいるのであろうか、それとも東北地方や北海道で棲息していることを考えると何か他に原因があるのだろうか。
2014年春、越後丘陵公園に出かけた後、上田市青木村にある「信州昆虫資料館」に行ってみたのだが、あいにく閉館であった。しかし、帰り道に植えられていた芝桜にふと目をやると、2頭のヒメギフチョウの姿があった。
外気温が16度と低く、自由に飛び回ることができないようで、芝桜の上や、風で折れ落下したと思われる桜の枝の上を長い間この2頭は這いまわっていた。おかげで、間近でじっくりと写真撮影をすることができた。
信州昆虫資料館周辺のヒメギフチョウ(2014.4.28 撮影)
さて、今年もいよいよギフチョウの季節になったのだが、残念なことに今年はこの時期に別な予定が重なり、いつもの観察会のメンバーにはお断りの連絡をとり大阪に出かけることになった。
二上山のギフチョウはもう絶滅してしまっているのではと思うが、隣の葛城山にはカタクリの群生地があり、ギフチョウの姿も多く見ることができるとの情報がある。
もともとギフチョウの多産地は近畿地方ということもあるが、関係者の努力で産地が保たれているのかと思う。
今回は昔懐かしい場所、二上山の近くで見ることができるかもしれない。
現地に着いたものの、どこにいけばいいものかわからず周辺を歩きまわっていると、私と同じ目的でやってきたらしい様子の年長の男性が斜面の上の方から下りてきて、「君もギフチョウの採集に来たのか、食草まで持っていく者がいてけしからん」というようなことをつぶやいていたのを覚えている。この日は確かギフチョウを1頭採集できて持ち帰ったと思う。
当時の私はといえば、昆虫採集をしてはいたが、まだ特に蝶だけを追っていたわけではなく、ましてや幼虫を飼い育てるなどということは考えもしなかった頃なので、なにやら不当な見当違いなことを言われたような気がして妙に記憶に残っている。
このギフチョウに再び出会ったのはずっと後になってからで、新潟県上越市に赴任した頃、日本のスキー発祥の地として知られる金谷山の尾根筋を歩いているときで、ひらひらと舞い降りてきて私の少し先のほうの道端にとまったのであった。
このとき撮影した写真のプリントには1999年4月とのメモ書きはあるが、日にちまでは判らなかった。その点、最近のデジタルカメラは有難い。後でほとんどの撮影データが確認できる。
上越市・金谷山で見かけたギフチョウ(1999年4月 撮影)
高校生の頃に蝶の採集をやめようと決心して以来、たまたま蝶の写真を撮ることはあったとしても、蝶への関心はすでに薄れてしまっていたのだが、この久々のギフチョウとの出会いをきっかけになにやら再びむずむずとし始めたように思う。
その後、2010年に定年になり上越での仕事を辞してからは、時間的・精神的な余裕もできて蝶との接点を積極的に求めて動くようになった。
そのきっかけになったのは青森県弘前市でのアカシジミの大量発生についてのNHKのTVニュースであった。このニュースを見て2年後の2013年7月、まだこの大発生が継続していることを知り、思い切って妻と、仕事で知り合ったTさんを誘い3人で現地に行くことにした。現地では3Dビデオでの撮影に初めて挑戦し、これがその後3Dで蝶や蛾の生態撮影を始めるきっかけになった。
この時の異様な体験についてはまた別に改めて紹介しようとに思う。
その後、かつての職場のOBの集まりで蝶についての講演を聴く機会があり、この時講演をしていただいたMさんと久しぶりに会って蝶の話で盛り上がった。
このMさんと春になったらギフチョウを見に行きましょうということになり、2014年4月、Mさんの案内で神奈川県津久井方面にギフチョウを見に出かけた。元の職場の同僚のSさんも加わり、妻との4人であった。この津久井湖周辺では、期待通り数頭のギフチョウを見ることができた。
津久井湖方面のギフチョウ(2014.4.5 撮影)
ただ、やや物足りないとの思いもあって、この年は、このあとすぐに確実にギフチョウを見ることができるという、新潟県長岡市ににある国営越後丘陵公園に同じメンバーで再度出かけた。
ここでは、園内のカタクリの花が満開で、この花に吸蜜のため次々と飛んでくるギフチョウをたくさん見ることができた。また、公園周辺の丘陵地帯のポイントにもMさんに案内していただき、ここでは桜の花に吸蜜に訪れたギフチョウを見ることができた。山道脇では、まだ羽化したばかりと思われる♀も見つかった。
園内で満開のカタクリ(2014.4.12 撮影)
国営越後丘陵公園のギフチョウ(2014.4.12 撮影)
長岡市郊外の丘陵地の羽化直後のギフチョウ♀(2014.4.12 撮影)
この時の経験が忘れられず、翌年2015年4月にもまた越後丘陵公園のギフチョウ観察会を実施した。この時は参加者が増えて関東からは前年同様のMさんSさんのほかNさん、Iさんの2名を加え計4名、現地長岡からは友人Oさんも加わり、私どもと合わせて総勢7名になった。
この時も、はじめは越後丘陵公園に向かったが、現地についてみるとまだ発生には少し早いようだとの判断で、現地参加のOさんの友人が園長を務める雪国植物園に観察場所を移した。
この判断がよく、雪国植物園では園長直々の案内の下、満開のカタクリに集まる多数のギフチョウを見ることができた。
雪国植物園のギフチョウ(2015.4.12 撮影)
昨年2016年4月は前年参加者の多くの都合がつかず、私ども夫婦とSさんの3人になったが、またまた長岡行きを決行した。私たちは前年同様長岡駅前に前泊し、翌朝新幹線でやってきたSさんを改札口で出迎え、私の車で現地に出かけた。
この時はSさんの判断で、先ず越後丘陵公園に向かった。2年前にカタクリの花が多数咲き誇っていた場所はこの年はツキノワグマの目撃情報があるとのことで立ち入りが規制されていて、やむなく駐車場から離れた奥のほうのエリアにポイントを移した。幸い、この場所はカタクリの開花状況もちょうどよく、たくさんのギフチョウを見、撮影することができた。
国営越後丘陵公園のギフチョウ(2016.4.12 撮影)
こうして、幸いにもこの3年間は毎年のように観察会を実施し、ギフチョウを見ることができた。
ギフチョウが「リュードルフィア・ライン(またはルードルフィア・ライン;ギフチョウ線)」と呼ばれるフォッサマグナから新潟、山形に伸びるラインを境としてヒメギフチョウとほぼ棲み分けていることはよく知られている。
岐阜市にあるギフチョウのメッカとも言うべき名和昆虫博物館を訪問したときにその説明があったので下の写真で紹介する。
やや見づらいが、赤く示されているのがギフチョウの生息域で、四国・九州を除く西日本に広がる。一方、ヒメギフチョウは緑で示されているところが生息域で東・北日本に点在している。
尚、ギフチョウは日本の特産種であるが、ヒメギフチョウの生息域はユーラシアにも広がっている。
名和昆虫博物館のルードルフィアラインの説明展示、赤:ギフチョウ、緑:ヒメギフチョウの生息域を示す
(2015.9.23 撮影)
当地、軽井沢はどうかというと、地域的にはリュードルフィア・ラインの東に位置し、ヒメギフチョウが見られる地域ということになるのだが、残念なことに目撃例は皆無という状態である。
愛読の写真集「軽井沢の蝶」(栗岩竜雄著、2015年 ほおずき書籍発行)にもヒメギフチョウの名前は見当たらない。
「信州 浅間山麓と東信の蝶」(鳩山邦夫・小河原辰雄著 2014年 信州昆虫資料館発行)でも、エリアを隣接地区の佐久市、小諸市、上田市に拡大すると、多数の目撃情報が記載されているのであるが、やはり軽井沢での記録はない。
軽井沢町内の別荘地には、ヒメギフチョウの食草であるウスバサイシンの自生が見られることから、過去には幼虫を放し定着を試みた報告もあるが不成功に終わっているようである。軽井沢の寒さが蛹の越冬を阻んでいるのであろうか、それとも東北地方や北海道で棲息していることを考えると何か他に原因があるのだろうか。
2014年春、越後丘陵公園に出かけた後、上田市青木村にある「信州昆虫資料館」に行ってみたのだが、あいにく閉館であった。しかし、帰り道に植えられていた芝桜にふと目をやると、2頭のヒメギフチョウの姿があった。
外気温が16度と低く、自由に飛び回ることができないようで、芝桜の上や、風で折れ落下したと思われる桜の枝の上を長い間この2頭は這いまわっていた。おかげで、間近でじっくりと写真撮影をすることができた。
信州昆虫資料館周辺のヒメギフチョウ(2014.4.28 撮影)
さて、今年もいよいよギフチョウの季節になったのだが、残念なことに今年はこの時期に別な予定が重なり、いつもの観察会のメンバーにはお断りの連絡をとり大阪に出かけることになった。
二上山のギフチョウはもう絶滅してしまっているのではと思うが、隣の葛城山にはカタクリの群生地があり、ギフチョウの姿も多く見ることができるとの情報がある。
もともとギフチョウの多産地は近畿地方ということもあるが、関係者の努力で産地が保たれているのかと思う。
今回は昔懐かしい場所、二上山の近くで見ることができるかもしれない。