明けましておめでとうございます。2019年は亥年ということで、ショップ用にと娘がイノシシの彫刻が入っているガラス器を撮影して、年賀状を作ってくれたのでお届けする。今年も本ブログをよろしくお願い申し上げます。
ここで使用したガラス器は、高さが150mm、口径が86mmとやや大きめのビアグラスといったところ。透明ガラスに、薄く赤いガラスを被せてから、彫刻を施してあり、チェコのエーゲルマン(Egermann)工房で作られたものと思われる。
ガラス表面に彫刻を施す技術がいくつかある。このイノシシを彫刻している技法は、その中のグラビュール(フランス語)またはカッパー・ホイール・エングレーヴィング(英語)と呼ばれている技法で、非常に微細な彫刻が可能なものである。
ガラス器の全体は次のようなもので、イノシシの他に鹿が2頭と、その周辺には鳥、木、草が配置されている。
イノシシや鹿が彫刻されているビアグラス(2019.1.2 撮影)
ビアグラスに彫られているイノシシと鹿(2019.1.2 撮影)
グラスを回転させながら、周囲に彫刻されている動物を見ていただこう。
イノシシと鹿を彫刻したガラス器(2019.1.2 撮影)
今回は、手元にあるガラス器の中から、動物が彫刻されているものを紹介させていただく。次に見ていただくのは、透明ガラスカップ部全体にグラヴュール法による彫刻が施され、その中に鹿などが描きこまれているワイングラス。カップの下の方には犬と鳥も彫られている。グラスは、高さ133mm、カップ径64mmであり、描かれている動物も小さいため、彫刻の精細度は、前のビアグラスに比べてずいぶん粗く見える。このワイングラスの製作年代は19世紀で、同じくエーゲルマン工房のものである。
鹿などを彫刻したワイングラス(2019.1.2 撮影)
鹿や犬が彫刻されているワイングラス(2019.1.2 撮影)
ワイングラスにグラヴュール法で描かれている、鹿、犬、鳥(2019.1.2 撮影)
ここで用いられている、グラヴュール法について、Barbara Norman の著書(ENGRAVING AND DECORATING GLASS - Methods and Techniques, 1972年 Dover Publications, 発行)を参考に、簡単に触れておく。
ENGRAVING AND DECORATING GLASS - Methods and Techniques - の表紙
この本では、成形後冷却したガラスに彫刻(エングレーヴィング;Engraving)する方法として、次の3方法を紹介している。
1.ダイアモンド・ポイント・エングレーヴィング(Diamond Point Engraving)
2.ドリル・エングレーヴィング(Drill Engraving)
3.カッパー・ホイール・エングレーヴィング(Copper Wheel Engraving)
ダイアモンド・ポイント・エングレーヴィング法は、文字通りダイアモンド・ペンシルの尖った先端でガラスに点刻を施したり、細い線を刻んで、絵画的な表現をする技法を指す。古くはローマ時代に始まったとされるが、ヴェネチアで16世紀に発展し、さらに17世紀から18世紀のドイツやオランダ、イギリスで大流行したとされる。
電動ハンド・ドリル(リューター)にフット・スイッチを組み合わせて彫刻する方法が、ドリル・エングレーヴィングである。ダイアモンド、カーボランダムなど種々の材質と形状のドリル先を選ぶことができ、便利な方法であるが、繊細な表現を行うには、次のカッパー・ホイール・エングレーヴィングに及ばないとされる。
最後のカッパー・ホイール・エングレーヴィングは、回転軸の先端に、直径5mm~100mmの銅製や石製の円盤をつけて、ガラス表面を彫刻する方法である。回転円盤には効率よくガラスを削るために、油で粘った研磨材をつける。この技法の始まりは非常に古く、古代メソポタミアに遡ることができるが、ガラス工芸に使われるようになったのは、16世紀頃のドイツ、ボヘミアであるとされる。現在は、モーターを使用して回転させているが、昔は足踏み式で行われていた。この彫刻には、絵画的才能と彫刻的才能の両方が要求されるために、ガラス工房の中では、技術者として最も高い地位が与えられているという。制作には長い時間がかかるため、作品はとても高価なものになる。
ここでは、そうした高価なものを、お目にかけることはできないが、手元にある動物が彫られたカッパー・ホイール・エングレーヴィング作品のいくつかをご覧いただいて、雰囲気を味わっていただこうと思う。
最初は、ほ乳類から。4番目に猫が出てくるが珍しい。
鹿が彫られているグラス(チェコ製 H207mm, D78mm 2019.1.2 撮影)
馬が彫られている花瓶(チェコ製 H170mm, D90mm 2019.1.2 撮影)
犬が彫られているオペーク・ツイスト・ステムのワイングラス(ドイツ製 H190mm, D68mm 2019.1.2 撮影 )
猫が彫られているオペーク・ツイスト・ステムのワイングラス(ドイツ製 H190mm, D68mm 2019.1.2 撮影 )
次に鳥類。これが一番多い。
フクロウが彫られているエアー・ツイスト・ステムのワイングラス
(イギリス製 H165mm, D95mm 2019.1.2 撮影 )
ミソサザイが彫られているエアー・ツイスト・ステムのワイングラス
(イギリス製 H165mm, D95mm 2019.1.2 撮影 )
ニワトリが彫られているオペーク/カラー・ツイスト・ステムのワイングラス
(イギリス製 H140mm, D68mm 2019.1.2 撮影 )
水鳥が彫られているカラー・ワイングラス(チェコ/モーゼル社製 H185mm, D85mm 2019.1.2 撮影 )
2種の鳥が彫られているフィンガー・ボウル(アメリカ/ホークス社製 H60mm, D115mm 2019.1.2 撮影)
4面に水鳥、フクロウとコウモリ、ハトなどが彫られている大型ボウル
(イギリス製 H133mm, D240mm 2019.1.2 撮影)
2羽のサギが彫られているワイングラス(ヴェネチア製 H260mm, D75mm 2019.1.2 撮影)
次に魚類。これはあまり見かけない。現在手元にあるのはこの1セットだけである。
種々の魚が彫刻されたデキャンター、ワイングラスのセット
(デキャンター:H220mm, D120mm/グラス:H155mm, D85mm 2019.1.2 撮影 )
昆虫では蝶が見られるが写実的でなく、たいてい図案化されている。昆虫ではないが珍しいところで蜘蛛も見られる。
蝶が彫られているオールド・ファッション・グラス(アメリカ製 H95mm, D80mm 2019.1.2 撮影 )
蝶が彫られているフィンガー・ボウル(イギリス製 H60mm, D130mm 2019.1.2 撮影 )
3頭の蝶が彫られている皿(アメリカ製 H40mm, D150mm 2019.1.2 撮影 )
蝶と蜘蛛が彫られているフィンガー・ボウル(イギリス製 H60mm, D130mm 2019.1.2 撮影 )
以上はすべてカッパー・ホイール・エングレーヴィング法で彫られている。
最後に、エングレーヴィング法ではないが、珍しいエナメル彩色で馬車の絵が描かれているゴールド・サンドイッチ法によるグラスを見ていただく。ゴールド・サンドイッチ法とは2つの相似形のタンブラーを使い、小さい方のタンブラーの外側に金箔を貼って、これにエッチング文様を施し、あるいは今回紹介するようにエナメルで絵を描いて、大きい方のタンブラーにぴったりとはめ込み、口縁を封じたものである。
馬車が描かれているゴールド・サンドイッチ・ゴブレット(ボヘミア製 H93mm, D68mm 2019.1.2 撮影 )
では、この辺で。今年は災害のない年になりますよう。