20年ほど前、上越市の会社に勤務していたころにお付き合いのあったMEさんから寒中見舞いの手紙が届いて、その文の中に次のような記述があった。
「さて、私事になりますが、無事古希を迎えることができました。・・・
すこぶる健康なのですが、ここで大好きなお酒を止めることとしました。これまでの人生の中で、何よりも大切なのは健康であると痛感しておりますので、”時すでに遅し”と感じつつも、残りの人生を元気に過ごす端緒となればと思っています。今のところ禁断症状もなくあっさりしたもので、我ながら驚く次第です。・・・」
この決断には拍手を送りたい。そういえば、最近出席している同期会や同窓会の席でも、お酒は飲みませんという人が次第に増えているように感じていた。ドクターストップの人は当然というか、仕方ないにしても、自らの意思で禁酒する人が、だんだんと増えているということなのだろうか。
よく禁酒・禁煙と言われるが、禁煙の方は、明らかにたばこの害が言われていて、一般的にも理解が進んでいるが、酒の害となると、よく分からないし、改めて考えたこともなかった。
実際のところどうなのか。昔から長い間、酒は「百薬の長」と言われていることもあり、適量の飲酒はむしろ健康のためには良いのではと思ってきたのだが、考え直してみることにした。
厚生労働省のホームページ(健康日本21・アルコール)から、我々世代の者についてのアルコールとの関係性についての記述を引用すると次の様である。
「はじめに:我が国においてアルコール飲料は、古来より祝祭や会食など多くの場面で飲まれるなど、生活・文化の一部として親しまれてきている。一方で、国民の健康の保持という観点からの考慮を必要とする、他の一般食品にはない次のような特性を有している。
(1)致酔性:飲酒は、意識状態の変容を引き起こす。このために交通事故等の原因の一つとなるほか、短時間内の多量飲酒による急性アルコール中毒は、死亡の原因となることがある。
(2)慢性影響による臓器障害:肝疾患、脳卒中、がん等多くの疾患がアルコールと関連する。
(3)依存性:長期にわたる多量飲酒は、アルコールへの依存を形成し、本人の精神的・身体的健康を損なうとともに、社会への適応力を低下させ、家族等周囲の人々にも深刻な影響を与える。
アルコールに関連する問題は健康に限らず交通事故等、社会的にも及ぶため、世界保健機関では、これらを含め、その総合的対策を講じるよう提言している。
アルコールに起因する疾病のために、1987年には年間1兆957億円が医療費としてかかっていると試算されており、アルコール乱用による本人の収入減などを含めれば、社会全体では約6兆6千億円の社会的費用になるとの推計がある。これを解決するための総合的な取り組みが必要である。」
アルコールに起因する疾病のために、1987年には年間1兆957億円が医療費としてかかっていると試算されており、アルコール乱用による本人の収入減などを含めれば、社会全体では約6兆6千億円の社会的費用になるとの推計がある。これを解決するための総合的な取り組みが必要である。」
ここまでは、アルコールのマイナス面が挙げれれている。ところが、『基本方針』の『アルコールと健康について』の項目を見ると一転、次のように述べられている。
「わが国の男性を対象とした研究では、平均して2日に日本酒に換算して1合(純アルコールで約20g)程度飲酒する者が、死亡率が最も低いとする結果が報告されている。諸外国でも、女性を含め、近似した研究結果が出ている。
これらのアルコールと健康との関係について正確な知識を普及することが必要である。」
むしろ適切なアルコール類摂取の勧めととれる内容である。続く『現状と目標』の『節度ある適度な飲酒 』では実際に適量のアルコール摂取を勧めている。
「前述したわが国の男性を対象とした研究のほか、欧米人を対象とした研究を集積して検討した結果では、男性については1日当たり純アルコール10~19gで、女性では1日当たり9gまでで最も死亡率が低く、1日当たりアルコール量が増加するに従い死亡率が上昇することが示されている。
従って、通常のアルコール代謝能を有する日本人においては『節度ある適度な飲酒』として、1日平均純アルコールで約20g程度である旨の知識を普及する。
なお、この『節度ある適度な飲酒』としては、次のことに留意する必要がある。
従って、通常のアルコール代謝能を有する日本人においては『節度ある適度な飲酒』として、1日平均純アルコールで約20g程度である旨の知識を普及する。
なお、この『節度ある適度な飲酒』としては、次のことに留意する必要がある。
1) 女性は男性よりも少ない量が適当である
2) 少量の飲酒で顔面紅潮を来す等アルコール代謝能力の低い者では通常の代謝能
2) 少量の飲酒で顔面紅潮を来す等アルコール代謝能力の低い者では通常の代謝能
を有する人よりも少ない量が適当である
3) 65歳以上の高齢者においては、より少量の飲酒が適当である
4) アルコール依存症者においては適切な支援のもとに完全断酒が必要である
5) 飲酒習慣のない人に対してこの量の飲酒を推奨するものではない 」
3) 65歳以上の高齢者においては、より少量の飲酒が適当である
4) アルコール依存症者においては適切な支援のもとに完全断酒が必要である
5) 飲酒習慣のない人に対してこの量の飲酒を推奨するものではない 」
飲酒が身体的、精神的、社会的な害があるとしながらも、むしろ健康で、正常な代謝能力のある者については、健康のために適量の飲酒を勧めているというのが日本の現状であることが判る。
この適量は、1日当たりのアルコール飲料の適量の摂取量の目安として次のように具体的に示されている(一部筆者が計算)。
ビール・・・・・・・・・・・中瓶1本500ml/アルコール量20g
清酒・・・・・・・・・・・・1合180ml/アルコール量22g
ウィスキー・ブランデー・・・ダブル60ml/アルコール量20g
焼酎・・・・・・・・・・・・1/2合90ml/アルコール量25g
ワイン・・・・・・・・・・・1杯240ml/アルコール量24g
そうはいっても、厚労省のホームページの別の箇所(アルコール関連問題の予防、独立行政法人国立病院機構久里浜アルコール症センター 樋口 進氏)の記述には、ややニュアンスの異なる内容も紹介されているから、話はややこしくなる。
予防の大前提
この世からアルコール(酒)をなくすことはできない
米国における禁酒法の失敗が物語っている
酒とうまく付き合っていくしかない
この原稿を書いているところで、厚労省から「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」が発表された(2024年2月19日付)と新聞やNHKなどの報道機関が一斉に報じた(2月21日)。余りのタイミングの良さに驚いたが、17ページにわたるこのガイドラインを読むと、当然ながら基本的な考え方は上記の内容と変わるところはない。
ただ、今回のこのガイドラインには、より具体的に疾病ごとに発生リスクが高まる飲酒量を示した表が添付されているので、引用する。
厚労省「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」より(P6, 表1)
次の表は同時に公表された海外のガイドラインで、表1とは数値の基準が異なるが、参考にはなる。
厚労省「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」より(P7, 表2)
他方で、少し前になるが、海外の報道の中には、1日にわずか1杯でも飲酒をすると、寿命が縮まる可能性があるとした研究結果を報じるものもあるので、比較してみる必要があるようだ。( 2018年4月13日、BBCニュース )
「・・・飲酒する60万人を対象に調べたところ、1週間に5杯から10杯のアルコール飲料を飲むと、寿命を最大6カ月短くなる可能性があると判明したという。
研究によると、寿命を縮めるリスクはアルコール消費量が多くなるにつれて高まる。1週間に18杯かそれ以上を飲む人は、寿命を最大で5年失うという。
専門家はこの研究が、軽い飲酒は健康に良いという説に異議を唱えるものだと話している。・・・」
こうなると、本当はどうなんだろうかと疑いたくなるのだが。さて、先の厚労省のサイトでも触れられているように、過去を振り返れば、飲酒を国家が統制しようとした例が多く存在するし、もちろんよく知られているように宗教上の理由で、現在も飲酒を禁じている国は多い。
アメリカでは1920年頃には有名な禁酒法が制定された時代があった。そのほかにも古くは17世紀にオスマン帝国で禁酒令が制定されており、かのソ連でも禁止されたことがあって、これまでの国家による禁酒法制定や、禁酒令には次の様なものがある。
過去に禁酒令の出された国とその期間
こうした禁酒令や禁酒法はどのような理由で決められたのであろうか。アメリカ(米国)での禁酒法について見ると、背景には宗教の戒律で飲酒を禁じているケースもあって、もともと道徳的な面で禁酒する風土は存在していたとされる。
これに加えて禁酒運動の盛り上がりがあり、その目的は、多くの禁酒派団体が訴えていた、アルコール中毒や犯罪などのトラブルの発生を減らすことや、家庭内暴力や健康被害、治安悪化を減らすことなどであった。
こうした強い圧力のもと、1917年12月、禁酒法を施行するために、アルコール飲料全般に関する禁止事項を記した憲法修正第18条の追加が議会で可決され、その後、各州の批准や法律の具体的な内容の調整が行われ、禁酒法(ボルステッド法)が1919年に確定公布、1920年1月より施行となった。
消費のためのアルコールの製造、販売、輸送が法律により全面的に禁止された。しかし、ボルステッド法はアルコールの販売を禁止したが、法律を強制することはほとんど行われなかったとされる。
一方、飲酒に対する国民の要望は根強く、またよく知られているように、無許可で酒を製造販売することで、マフィアの資金源となるなど、 社会的な弊害のほうがむしろ多くなるといったことから、この法律は1933年に廃止されるに至っている。この法律制定が失敗と評価される所以である。
世界各国の一人当たりのアルコール消費量と国民の平均寿命を調べてみたが、直接的な相関は見られず、正常な範囲での飲酒はやはり個人の判断に委ねられるべきものと言えそうである。
国の一人当たりのアルコール消費量と国民の平均寿命(公開資料を参考に筆者作成)
酒は飲むべし、飲まれるべからず