■自転車をこぎながらiPodが聞けなくなる?
私はiPodを聞きながら、郊外の緑の中を自転車で走るのが大好きだ。
ところが2007年12月27日、「走行中のヘッドホンステレオが禁止される」というニュースが流れた。大ショックである。最初に読んだのは、以下の産経新聞の記事だ。
自転車運転のルールづくりを進めていた警察庁の有識者懇談会(座長・吉田章筑波大教授)は27日、走行中の携帯電話、ヘッドホンステレオの使用禁止、保護者が幼児を乗せる際はヘルメット着用を義務付けることなどを盛り込んだ報告書をまとめた。
報告を受け、警察庁は年度内にも自転車運転のマナーなどを定めた「交通の方法に関する教則」(国家公安委員会告示)を改正する方針。(強調表現は松岡による)
●MSN産経ニュース『携帯、ヘッドホンは禁止 自転車の運転で新ルール』
あえてこの記事だけで判断してみよう。まずニュアンス的には新しく規則ができ、ヘッドホンステレオが法的に禁止されるかのように受け取れる。ただし「マナー」という言葉を使っているため、じゃあ法的な拘束力はないのか? との疑問もわく。
またこの記事からは、「交通の方法に関する教則」なるものの(法的効力も含めた)社会的な位置づけがわからない。これ以上は検索などで調べる必要がありそうだ。新聞1紙を読んだだけでは、事態を正確に把握できそうにない。
■毎日新聞の記事では印象がガラリと変わる
てなわけで、お次は毎日新聞である。
自転車の安全運転のあり方を検討する警察庁の有識者懇談会(座長・吉田章筑波大大学院教授)は27日、(中略)報告書をまとめた。同庁は報告内容を歩行者、運転者の守るべきルールなどを説明した「交通の方法に関する教則」に取り入れて、教則を29年ぶりに抜本改正し、警察が行う安全教室などで役立てる。(中略)
教則はあくまでも警察が安全教育のために活用する指針で、罰則規定はない。
●毎日jp『自転車運転:携帯電話の通話ダメ 警察庁懇談会が提言』
ニュースの印象がガラリと変わった。
まずタイトルを比較しよう。産経の場合、「ヘッドホンは禁止」、「新ルール」という2つの言葉を使っている。読者はこの「禁止」と「ルール」の語感から、タイトルを見た時点で「新しい法律ができ、ヘッドホンステレオは禁止されるんだな」と思うはずだ。
ところが毎日はタイトルで「提言」なる文言を採用している。提言てのは法律とは直接関係ない。つまりタイトルを見ただけでも、こんなにニュアンスがちがうのだ。
次は本文へ行こう。毎日の記事からは、ヘッドホンステレオの禁止を呼びかける「交通の方法に関する教則」とは、警察が行う安全教室などで「こういう行為はマナー違反ですよ」などと啓蒙するための基準だとわかる。
また「教則はあくまでも警察が安全教育のために活用する指針で、罰則規定はない」の一行により、最大の関心事だった社会的位置づけに関する疑問が一部解ける。ヘッドホンステレオ禁止は単なるマナーであり、指針なのだ。
ヘッドホンをして自転車をこいでいると、お巡りさんに止められる。「あなた、それは危険ですよ。やめてくださいね」。ひと声かけられ、放免される。そんなイメージである。
もちろん罰則もないただのマナーだから「守らなくていいや」ってことにはならない。本エントリの主題はその話ではない。
今回のテーマをいったんまとめておく。
1. 新聞は「事実を報道している」というイメージがある。だけど新聞1紙を読んだだけでは、事実関係はこれだけ「わからないもの」なのである。
2. やっぱりメディアリテラシーは重要だ。
2. やっぱりメディアリテラシーは重要だ。
こういうお話である。
■時事通信の記事は毎日に近いが新たな疑問が
一方、時事通信も毎日のトーンに近い印象だ。
警察庁は27日、自転車の通行区分などを明確にした改正道交法の来年6月までの施行を踏まえ、交通に関するルールやマナーを分かりやすくまとめた「交通の方法に関する教則」(国家公安委員会告示)を改正する方針を決めた。
教則は安全教育や教本の基礎となるもので、自転車に関する内容の見直しは、現在の教則が作成された1978年以来、約30年ぶり。有識者の懇談会(座長・吉田章筑波大大学院教授)がまとめた報告書に基づき、3月までの改正を目指す。
●時事ドットコム『幼児は1人、傘の固定危険=自転車安全対策で教則改正へ-30年ぶり・警察庁』
まず、「教則は安全教育や教本の基礎となるもの」のくだりから、ヘッドホンステレオは法律で禁止されるわけではないことがわかる。
ただし細かいツッコミを入れると、「教本」という新たな言葉が出てきたがこれは何者なのか? また記事中には、「交通に関するルールやマナーを分かりやすくまとめた『交通の方法に関する教則』」とあるが、ルールとマナーじゃえらいちがいだ。ルールは「法律」とも解釈できるが、マナーはちがう。
すると教則なるものは、法律とマナーが混在した性格のものなのか? などと新たな疑問もわく。
結局、新聞記事だけじゃラチが明かない。かくて自分で調べることに相成った。
■最後は「警察庁に電凸」することに
まずはネットで検索だ。「道路交通法」でググってみる。すると「交通の方法に関する教則」とは、交通安全の啓蒙活動などを推進するため、活動の基準にする目的で作られたものだとわかった。国家公安委員会が作成し、公表するしくみだ。
厳密に言えばこの教則は、道路交通法第6章の4「交通の安全と円滑に資するための民間の組織活動等の促進」の中で、「交通安全教育指針及び交通の方法に関する教則の作成」として、第108条の28で規定されている。(強調表現は松岡による)
つまり「交通の方法に関する教則」の性格は、毎日新聞の説明通りであることがわかる。だけどこれだけじゃ、わかったようなわからないような感じだ。
そもそも教則に盛り込まれるってのはすなわち、「法律になる」ということなのか? また破ると「道路交通法違反」になるのか? まだまだ解けない疑問は多い。
で、警察庁に電話取材することにした。
結論から先に言おう。
まずヘッドホンステレオを聞きながら自転車で走ると、今日現在においても「道路交通法違反だ」と言う人がネット上にはたくさんいる。だがそれはデマだ。目下のところ(2008年1月3日現在)道交法本体はおろか、教則の中にさえそんな禁止項目はない。
同じく警察庁によると、教則にヘッドホンステレオ禁止が盛り込まれるのは、あくまでマナーとしてだ。
では従わなければどうなるのか? もちろん道交法違反ではないし、罰則もない。警察庁によれば、単なる「マナー違反」である。(ただしマナーを守らなくていいのか? って議論はまた別の話だ)
一方、教則にヘッドホンステレオ禁止が盛り込まれるのは、報道によれば「2008年3月までにも」だ。で、それ以後に、警察が取る対応はこうである。
『ヘッドホンをして自転車をこいでいる人を見かけた場合、注意を促すことはありえます。ただしどう対応するかは警官個人によって違う。名前を聞くことも考えられるし、声をかけるだけになるケースもあるでしょう』(警察庁)
結局、今日現在も、また教則に盛り込まれて以降も、法律ではなくマナーであることに変わりはない。ちがうのは教則に入れて明文化すれば、「警官が指導しやすくなります」って点だけだ。
私の疑問はやっとすべて解消した。
こんなふうに新聞を3紙読み比べた場合でさえ、疑問が残ることはけっこう多い。
最終的にはネタ元である警察庁に直接聞かなきゃわからないのである。
■「検証する目」で記事を読むのがポイントだ
まとめよう。
1. 忙しい現代人はごく一部の人を除き、新聞各紙の紙面を読み比べるなんてことはしない。
2. とすれば「どの新聞をたまたま読んだか?」、または「どの新聞を定期購読しているか?」により、同じニュースに接する場合でも解釈が大きくちがってくる。
3. 現に今回検証したように、産経だけを読んだ人と毎日のみを見た人とでは、受ける印象がかなり異なる。
4. とすれば新聞1紙だけを読んでいたのでは、客観的事実とはかけ離れた認識をもってしまう可能性がある。(これはかなり危険だ)
5. 解決策のひとつは複数の新聞を読み比べることである。だが日常的にそうするのが無理ならば、絶えず記事に疑問を持ちながら検証する目で読むのがコツだ。で、必要と判断した場合のみ、他紙も読んでみるってことになりそうだ。
【本日の結論】
今回の検証では複数の新聞を読むだけでなく、自分で道路交通法の中身を調べた。またネタ元である警察庁にも確認の取材をした。これらはいわゆるウラ取りという行為である。新聞社が調査報道をする場合には一般的だ。
メディアリテラシーという意味では、自分が持っている不確かな情報をネタ元に当て、ウラを取るのは大切である。だけどお巡りさんだって、いちいち国民全員から問い合わせがくるんじゃ大変だ。また普通の人は、とてもそんなことまでしていられない。
とすれば最大のポイントは、まずマスコミの報道を鵜呑みにしないことだ。流れてくる情報を常に疑う心を持ち、記事や番組をチェックする目で読む。これが現代人にとって最低限必要な、情報に対する佇まいだといえるだろう。
【関連エントリ】
おっさんが書いてるってわかっただけでこんだけテンションが下がるとは…
あれは嘘だったのか!
なお、ジョギングやウォーキングでのヘッドホン使用は、その行為者がそれが原因で交通事故の加害者になる可能性はほぼゼロですから、だいたいOKでしょう。
完全に余談でした。不適切であれば当コメントは削除してください。
ご指摘ありがとうございます。