”ばっきん”のブログ

日常生活中心のブログです。
平成28年9月から妻と息子、母の4人で暮らしています。

函館にも映画館の栄華な時代があった

2010年08月16日 22時59分49秒 | 想い出
現在,函館市には2つの映画館しかない。松風町の「シネマ太陽函館」と本町の「シネマアイリス」である。
私の小学校時代、住んでいた湯川町に、「湯川公楽」という二番館があった。
新川町昭和通りにあった「文化劇場」との姉妹館で同じプログラムでした。
母が映画好きだったせいもあり、市内の映画館にはよく連れて行ってもらったものでした。
ただし、「湯川公楽」に来るのは大体、日活や東映、松竹、大映といった日本ものが多かったです。
子ども向けの「怪獣物」には熱狂しました。
われわれの世代で言えば、「ゴジラ」,「モスラ」,「大魔神」や「ガメラ」でしょう。
とにかく、住んでいたところから約100メートル、今の北洋銀行の1軒おいて終点側、現在のグルメシティがそうであります。
もちろん、洋画もあったのですが、何せ字幕が読めない。
子ども向けの「ディズニー物」なんかは、大森町の巴座でなければやっていませんでした。
今思うと、昔の映画館には郷愁がありました。
特に、白黒のニュース映画、あれ結構気に入っていたんです。
それと幕間の市内の商店等のCMスライド、これも懐かしい。
そして、映写機のあのまわる音、、、あれこそが映画の醍醐味、ビデオ映画では絶対に味わえない寂寥感にも似た空気がありました。
そして、大事なのは、そこで飲むジュースとポップコーンが重要なアイテムです。
昔は、映画は2本か3本立てが当たり前、それを少なくても2回は見てましたからねぇ。
テレビの普及とともに,つまり私自身の成長過程で逆転していった現象が,映画館の衰退です。
しかし,それは何もハード的なものだけではなかったような気がします。
同じ場所に一堂に集まり,同じ楽しみを共有する・・・つまり,価値観の共有の時代から,家族単位・個人単位の価値観の獲得への変化がそれでした。
1 映画は家族・あるいは友達や恋人と観るもの,
2 映画は一人で楽しむもの と2つの意見がありますが,
現在の私は明らかに後者にならざるを得ない,映画でなくても,テレビでも同じなのですが,楽しみを共有する連帯感の不足が,不安定な現在の社会の精神構造の歪みとなっているのではないでしょうか?

私の記憶している市内の映画館は下記のとおり,もちろんこれ以前には,もっとあったようですが,函館市内にお住みの皆さん,どれだけ覚えていますか?

「東宝公楽」,「大映」,「巴座」,「日活」,「東映」,「帝国館」,「有楽座」,「大門座」,「映劇」,「近代テアトル」,「名画座」,「ロマン座」,「セントラル」,「フランス座」(当時は映画もやっていたみたい,もちろん私は観ていない)・・・以上大門・駅前地区
「銀映座」・・・十字街,「文化劇場」,「中央座」・・・昭和通り,「東劇」・・・本町,そして「湯川公楽」・・・湯川町の19館が新聞の映画館情報に搭載されていたのです。

ホームシアターも夢のような特別のものでなく,現実のものとなりましたが,やはり家庭では味わえない大スクリーンと大音響こそ映画の醍醐味でしょう。

おまけに・・・かつて大門地区にサウナメトスがあったころ,同店内に寝ながら観ることができるシアターがありました。就職してからはもっぱらそれに頼っていましたが,それすらも今はない。

映画館が栄華な時代は,函館も栄華な時代だったのかもしれません。

父親が死んでからはや22年目を迎えるが

2010年08月13日 22時52分58秒 | ライフスタイル
お盆にというか、命日にも、一度も墓参りをしたことはない。

本来、盂蘭盆会(うらぼんえ)とは、安居(あんご)の最後の日、7月15日 (旧暦)を盂蘭盆とよんで、父母や祖霊を供養し、倒懸(とうけん)の苦を救うという行事である。これは『盂蘭盆経 』、『報恩奉盆経 』などに説かれる釈迦の十大弟子の一人である目連尊者の餓鬼道に堕ちた亡母への供養の伝説による。

一方日本でのお盆(おぼん)は、太陰太陽暦である旧暦の7月15日を中心に日本で行なわれる祖先の霊を祀る一連の行事。一般に仏教の行事と認識されているが、仏教の教義で説明できない部分も多い。古神道における先祖供養の儀式や神事を江戸幕府が庶民に強いた檀家制度により仏教式で行う事も強制し、仏教行事の「盂蘭盆」(うらぼん)が習合して現在の形が出来たとされる。

というわけで特に後者の意味で接するお盆には、私的には基本的に何の意味も見いだせないから、墓参りなどという形式的儀式を嫌っているのである。
そもそも、死者に対する供養とは何であろうか。それも自分の父母等であるならば、まさか地獄で苦しんでいるから供養して浄土へ送り出そうというものではあるまい。

では、単なる懐古の情にふけるために家族が集まるものなのか。私はそうは思わない。
追善回向とは何も一年のうちで特定の日にこだわるものではなく、年中日々行われるものでなくてはなるまい。
それは、自分を生み育ててくれた親への孝養として、「私は日々精進して、この世に生を受けた使命を全うして参ります。」という誓いでなければならない。
その意味では、まだまだ「未だ木鶏たりえず」といったところであり、さらに精進しようと改めて決意をさせていただいたのが本日である。

したがって、墓参しない私は決して親不孝の者ではないと確信する。
付け加えるが、上記と同じ理由で私の母も一度も墓参はしていない。

喫煙率23.9%、15年連続で最低更新・・・まだまだ高い。

2010年08月12日 22時56分14秒 | ライフスタイル
愛煙家には,肩身の狭い結果が公表された。日本経済新聞の記事によると「喫煙率23.9%、15年連続で最低更新 JT調べ、値上げも影響か」と記載されている。(以下引用)

日本たばこ産業(JT)が11日発表した2010年の全国たばこ喫煙者率調査によると、たばこを吸う成人の割合は前年比1ポイント減の23.9%となり15年連続で過去最低を更新した。同社では「高齢化の進展、健康意識の高まり、喫煙を巡る規制の強化、10月のたばこ税増税に伴う値上げなど複合的な要因が考えられる」と分析している。

 男性の喫煙率は2.3ポイント減の36.6%、女性は0.2ポイント増えて12.1%となった。全国の喫煙人口は前年比106万人減の2495万人と推計した。地域別では男性が東北(41.6%)、女性は北海道(17.5%)が首位。年代別ではそれぞれ30歳代(43.4%)、40歳代(16.8%)が最も高かった。

 調査は5月に男女計3万2000人を対象に実施し、2万631人から回答を得た。


全体的な喫煙率が下がったとはいえ,女性の喫煙率は北海道が首位というのは決して喜ぶべき事態ではない。
函館市役所の1階ロビーにあるタバコの自販機の管理者は「母子会」と記載されている。
これは,「特例社団法人 函館市母子寡婦福祉会」のことであろうか?
とすれば,母子福祉を標榜する団体の資金源なのだろうが,道義的には疑問が出る。
分煙対策が進まないのであれば,まずは自販機の撤去から進めるべきだ。

製麺屋と函館塩ラーメンの象徴的関係

2010年08月06日 23時13分38秒 | 外食ラーメン
函館のラーメンの特徴は言うまでもなく塩味にあるが,もう一つの大きな要素として函館の製麺所が生産するラーメン店向けの麺の特質と大きな関係がある。
今では様々な態様の麺が存在するが,もともと函館のラーメンの特徴はストレート細麺ににある。
この麺は,スープを吸いやすく,いわゆる伸びやすいという弱点がある。
函館のラーメンの麺のもっとも函館らしさを出しているのが,出口製麺である。
観光客にも有名な「星龍軒」や掛けチャーハンで人気のある「汪さん」もこの出口製の麺を使う。
この出口製の麺は保存料を一切使わないので,非常に傷みやすく,基本的にその日に納入されたものはその日のうちに使い切るというのがベストらしい。
しかし,同製麺所は基本的に日曜日は生産出荷しないのが原則で,多くの店は日曜日の分は土曜日に仕入れるらしい。
だが,味にこだわる店では,そういう麺を使うことが嫌いで日曜日は営業しないという店もあるようだ。
ところが,「汪さん」は一応日曜日も営業する。それは,長年の出口製麺との付き合いから,割高にはなるが特別に日曜日に仕入れてもらっているとのこと。
こうしたところにも,ラーメンづくりにこだわりのある店主がいるうちは,函館塩ラーメンも安泰かもしれないが,今時の熟成麺ばかり使うラーメン店がふえれば,ある意味無形文化財が消えることになろう。
もちろん,人の好みであることから,出口の麺を嫌う函館人も多い。
岡田製麺や日の出製麺を好む人からみればたわいのないことだが,私のような出口ファンとっては大変重要なことなのだ。
というわけで,出口を使用する店の減少は,老舗「王さん」の閉店にも象徴されるように函館塩ラーメンの将来は暗いと言わざるをえないだろう。