13日の朝、宮城県沖が震源の地震がありました。その日の午後にボランティアに行った名取市の方に電話をする用がありました。久々に地震速報がなったとか。M6.6でけっこう大きかったですが、無事だったとか。よかったです。しかし、先日も職場で行っているボランティアについての話題になったとき、現地の人はボランティアをして欲しいんですかと聞かれました。この上から目線の発言には空いた口が塞がりませんでしたし、これまでの神戸からの支援活動をどう考えているのか。阪神大震災の時のことを忘れたのか。こんな人、なんとかならんですかねえ。
それはさておき、最近私がよく聞くのはヴィヴァルディであります。まあ、こんなマイブームを繰り返しながら、いろんな音楽を聴いて行っているのですが、バロックはこれまでそんなに熱心には聴いていませんでした。ヴィヴァルディについても、そんなにCDを持っているわけではなく、最近ボツボツ買ってるのでありました。これまで、この同じような曲にあまり親しみを感じなかったんですねえ。しかし、本腰を入れて?聴くと、なかなかいいですよねえ。
それで、まあ今後機会を見つけて、ヴィヴァルディも取り上げようと思います。今回は、超有名曲の超有名演奏。前々回に続いて『四季』であります。演奏は、フェリックス・アーヨの独奏ヴァイオリンとイ・ムジチ合奏団。1959年の録音。この演奏は、1970年前後に爆発的に売れたもの。四季といえば、この演奏でしたし、私もLPで持っていました。実によく聴いたものです。しかし、CDでは持っておらず、タワーさんにオリジナルのジャケットであったのを買いました。
早速、アーヨの演奏による四季を聴きましたが、非常に懐かしかったですね。四季は、実に聴き慣れた曲であり、食傷気味ではありますが、この演奏、奇を衒ったところは決してなく、正攻法で曲の持つ良さを精一杯表しています。だからこそ、これまで多くの支持があったんですね。やはりなんと言ってもアーヨのヴァイオリンでしょうか。このときアーヨはまだ二十歳代。とても、そうとは思えない円熟したヴァイオリンであります。このヴァイオリンの音色は心に訴えかけるものがあります。アーヨのヴァイオリンを筆頭に、イ・ムジチの弦の音色も実に綺麗だし、艶っぽいし、優しく、健康的な伸びやかさに満ち満ちてます。そして各楽器のバランスは、理想的であります。加えて、局面局面に応じて、いろんな表情が聞けるのも、この演奏の素晴らしいところですねえ。
春の出だしから落ち着いた響き、この弦の重なり合った響きはなんとも懐かしいのです。春の喜びが一杯。そして暖かい合奏。第2楽章のまどろみが一転した舞台転換で、ヴァイオリンが悲痛な響きを奏でる。第3楽章で楽しさが復活するが、独奏ヴァイオリンの糸を引くような響きがさ点の影を落としているよう。夏。うだるような暑さをヴァイオリンがよく表す。アーヨのヴァイオリンのねちっこさも暑さにあわせているよう。第2楽章にもそれが受け継がれ、雷鳴も轟く。第3楽章では、弦の透明感ある響きが存分に歌われ、実にいいです。秋。両端楽章は、スケールが大きく、狩や踊りをうまく表現しています。これまでよりも少し低い音での表現。私はこの秋は好きです。そしてアダージョの眠り。このあとの狩の始まりがこれまた大きな規模で歌われ、ます。落ち着いた表情の中に楽しさも伝わります。冬、一転して寒さが弦で表現され、これまでのヴァイオリンと違う響きが寒さを表す。第2楽章ではこれまた一転して、暖房のぬくもりが実に巧に表されています。ここのヴァイオリンはとびきりの暖かさです。そして終楽章では、曲を閉めるに相応しい堂々とした展開が聴け、満足させてもらえますねえ。しかし、このアーヨのヴァイオリンは、モダン楽器だからの音色と響きでありますよねえ。
しかし、聴いてわからんものは、見てもわからん、といいますが、先の発言の人も、実際に被災地に行ってみると、いろんなことがわかるんでしょがねえ。百聞は一見にしかず、でしょうか。
(Decca PROC-1532 TOWER RECORDS PREMIUM CLASSICS 2014年)
それはさておき、最近私がよく聞くのはヴィヴァルディであります。まあ、こんなマイブームを繰り返しながら、いろんな音楽を聴いて行っているのですが、バロックはこれまでそんなに熱心には聴いていませんでした。ヴィヴァルディについても、そんなにCDを持っているわけではなく、最近ボツボツ買ってるのでありました。これまで、この同じような曲にあまり親しみを感じなかったんですねえ。しかし、本腰を入れて?聴くと、なかなかいいですよねえ。
それで、まあ今後機会を見つけて、ヴィヴァルディも取り上げようと思います。今回は、超有名曲の超有名演奏。前々回に続いて『四季』であります。演奏は、フェリックス・アーヨの独奏ヴァイオリンとイ・ムジチ合奏団。1959年の録音。この演奏は、1970年前後に爆発的に売れたもの。四季といえば、この演奏でしたし、私もLPで持っていました。実によく聴いたものです。しかし、CDでは持っておらず、タワーさんにオリジナルのジャケットであったのを買いました。
早速、アーヨの演奏による四季を聴きましたが、非常に懐かしかったですね。四季は、実に聴き慣れた曲であり、食傷気味ではありますが、この演奏、奇を衒ったところは決してなく、正攻法で曲の持つ良さを精一杯表しています。だからこそ、これまで多くの支持があったんですね。やはりなんと言ってもアーヨのヴァイオリンでしょうか。このときアーヨはまだ二十歳代。とても、そうとは思えない円熟したヴァイオリンであります。このヴァイオリンの音色は心に訴えかけるものがあります。アーヨのヴァイオリンを筆頭に、イ・ムジチの弦の音色も実に綺麗だし、艶っぽいし、優しく、健康的な伸びやかさに満ち満ちてます。そして各楽器のバランスは、理想的であります。加えて、局面局面に応じて、いろんな表情が聞けるのも、この演奏の素晴らしいところですねえ。
春の出だしから落ち着いた響き、この弦の重なり合った響きはなんとも懐かしいのです。春の喜びが一杯。そして暖かい合奏。第2楽章のまどろみが一転した舞台転換で、ヴァイオリンが悲痛な響きを奏でる。第3楽章で楽しさが復活するが、独奏ヴァイオリンの糸を引くような響きがさ点の影を落としているよう。夏。うだるような暑さをヴァイオリンがよく表す。アーヨのヴァイオリンのねちっこさも暑さにあわせているよう。第2楽章にもそれが受け継がれ、雷鳴も轟く。第3楽章では、弦の透明感ある響きが存分に歌われ、実にいいです。秋。両端楽章は、スケールが大きく、狩や踊りをうまく表現しています。これまでよりも少し低い音での表現。私はこの秋は好きです。そしてアダージョの眠り。このあとの狩の始まりがこれまた大きな規模で歌われ、ます。落ち着いた表情の中に楽しさも伝わります。冬、一転して寒さが弦で表現され、これまでのヴァイオリンと違う響きが寒さを表す。第2楽章ではこれまた一転して、暖房のぬくもりが実に巧に表されています。ここのヴァイオリンはとびきりの暖かさです。そして終楽章では、曲を閉めるに相応しい堂々とした展開が聴け、満足させてもらえますねえ。しかし、このアーヨのヴァイオリンは、モダン楽器だからの音色と響きでありますよねえ。
しかし、聴いてわからんものは、見てもわからん、といいますが、先の発言の人も、実際に被災地に行ってみると、いろんなことがわかるんでしょがねえ。百聞は一見にしかず、でしょうか。
(Decca PROC-1532 TOWER RECORDS PREMIUM CLASSICS 2014年)
最初の頃は演奏者を意識しませんでしたが、LPを少しずつ買い始めてからは、四季はやはりこのアーヨとイムジチ盤だったような気がします。その後、その対極ともいえるマリナー盤をよく聴くようになりました。
改めて聴いてみると、やっぱり佳い曲だと思います。
「四季」のCDも何枚か持っており、イ・ムジチもカルミレッリを始めとして数種類あります。マリナー、ホグウッド、イタリアの古楽器集団などのものもありますが、やはりアーヨに落ち着きます。一番びっくりしたのが、アーノンクール盤ですが、これ以降はどんどん歌劇になっていき、まるでロックかと思わせるような演奏も出てきました。じっくり聴いてみると、この「四季」という曲、よくできた曲ですね。ヴィヴァルディも、似たようなメロディを使い分けて、沢山の曲を作ったわけですが、やはりメロディ・メーカーとしての才能は素晴らしいものがありますね。