前回は、クラシック以外の音楽を初めて取り上げてしまいました。久々に聴いてあまりによかったので、ついつい冗舌になってしまいました。少し反省しております(笑)。このブログはやはりクラシックが本筋ですので、それは十分認識しております。ただ、もう一回、前回の続編を述べたいとも思っています(笑)。
最近、めっきりオペラの新録音がなくなりましたね。一年間でどれほどの新録音がなされるのでしょうか。はなはだ淋しいことです。これも「百年に一度の不況」の影響でしょうか(もっとも、その前から少なくなってきてましたがね)。まあ、一方では、たくさんの歌手を揃えてたくさんの経費をかけて録音しても、元が取れるだけの指揮者がいない、またはそれだけの歌手もいない、ってところがホントのところかも知れません。新録音がないことが影響してか、私がオペラを聴くことも、めっきり少なくなってきました。いけませんねえ。そんな反省も込めて、今回はオペラであります。
プッチーニの『ラ・ボエーム』。何回か取り上げたことがあるオペラの名作です。このオペラはいいですねえ。大好きです。今回は、セラフィン指揮聖チェチーリア音楽院管。テバルディ、ベルゴンツィ、バスティアニーニ、シエピなどの共演であります。その昔、テバルディがたいそうなお気に入りだったときがありました。高音がでないとか、コロラトゥーラの技術が今ひとつとか、批判はあるにしても、これだけの歌唱ができる歌手がどれほどいるでしょうか。「認めてもらうためにはただ口を開けて歌いさえすればよかったのです」というように、比類ない美しい声は、魅力十分だったのですね。美しい声に加えて、繊細な表現力とダイナミックな歌唱力。これだけ歌えるソプラノはまさに不世出ですよ。数多くのミミを聴くことができますが、テバルディを聴いたあと、確信を持って言えるのは、最も美しいミミということでしょうか「私の名はミミ」においても、ベストとも言える美声です。第四幕の最後のミミも絶唱も浄化した美しさを感じます。また、ベルゴンツィも気持ちのこもった歌唱を聴かせてくれます。そして、これと同じようにすごいのが、マルチェルロのバスティアニーニ、ムゼッタのダンジェロ、そしてコルリーネのシエピです。ダンジェロの澄んだ美しい高音によってミミとの対比が明瞭ですし、シエピの低音の安定は「古い外套」などでもいいです。バスティアニーニのマルチェルロも、これ以上の歌唱を探すのは難しいかもしれません。そして、第三幕終わりの二組のカップルの四重唱も、四つの声がそれぞれの存在感を主張して、鮮やかですね。加えて、これら5人に加えて、トゥリオ・セラフィン、このイタリアオペラの名匠が、実に生き生きと、誠に雄弁に、これらの歌唱を支えています。歌唱とのバランスが見事で、うまく歌を引き立ているとともに、ここぞというときには、決して力まず歌に匹敵するような美しい演奏が聴けますね。イタリアオペラはこうやるんだよ、と言っているようであります。
テバルディは、もうかなり昔の歌手という印象が強い昨今ですが、このソプラノはいいですねえ。もっと聴きたくなる歌声であります。
(LONDON POCL-3802/3 1995年)
最近、めっきりオペラの新録音がなくなりましたね。一年間でどれほどの新録音がなされるのでしょうか。はなはだ淋しいことです。これも「百年に一度の不況」の影響でしょうか(もっとも、その前から少なくなってきてましたがね)。まあ、一方では、たくさんの歌手を揃えてたくさんの経費をかけて録音しても、元が取れるだけの指揮者がいない、またはそれだけの歌手もいない、ってところがホントのところかも知れません。新録音がないことが影響してか、私がオペラを聴くことも、めっきり少なくなってきました。いけませんねえ。そんな反省も込めて、今回はオペラであります。
プッチーニの『ラ・ボエーム』。何回か取り上げたことがあるオペラの名作です。このオペラはいいですねえ。大好きです。今回は、セラフィン指揮聖チェチーリア音楽院管。テバルディ、ベルゴンツィ、バスティアニーニ、シエピなどの共演であります。その昔、テバルディがたいそうなお気に入りだったときがありました。高音がでないとか、コロラトゥーラの技術が今ひとつとか、批判はあるにしても、これだけの歌唱ができる歌手がどれほどいるでしょうか。「認めてもらうためにはただ口を開けて歌いさえすればよかったのです」というように、比類ない美しい声は、魅力十分だったのですね。美しい声に加えて、繊細な表現力とダイナミックな歌唱力。これだけ歌えるソプラノはまさに不世出ですよ。数多くのミミを聴くことができますが、テバルディを聴いたあと、確信を持って言えるのは、最も美しいミミということでしょうか「私の名はミミ」においても、ベストとも言える美声です。第四幕の最後のミミも絶唱も浄化した美しさを感じます。また、ベルゴンツィも気持ちのこもった歌唱を聴かせてくれます。そして、これと同じようにすごいのが、マルチェルロのバスティアニーニ、ムゼッタのダンジェロ、そしてコルリーネのシエピです。ダンジェロの澄んだ美しい高音によってミミとの対比が明瞭ですし、シエピの低音の安定は「古い外套」などでもいいです。バスティアニーニのマルチェルロも、これ以上の歌唱を探すのは難しいかもしれません。そして、第三幕終わりの二組のカップルの四重唱も、四つの声がそれぞれの存在感を主張して、鮮やかですね。加えて、これら5人に加えて、トゥリオ・セラフィン、このイタリアオペラの名匠が、実に生き生きと、誠に雄弁に、これらの歌唱を支えています。歌唱とのバランスが見事で、うまく歌を引き立ているとともに、ここぞというときには、決して力まず歌に匹敵するような美しい演奏が聴けますね。イタリアオペラはこうやるんだよ、と言っているようであります。
テバルディは、もうかなり昔の歌手という印象が強い昨今ですが、このソプラノはいいですねえ。もっと聴きたくなる歌声であります。
(LONDON POCL-3802/3 1995年)
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