三浦のウインドサーファー

ただ今、北米滞在中。ハワイ、アルーバ、アラチャティなどと行ったけど、遠浅、オンショアのボネールが最高に素晴しい。

懐古

2009年10月03日 | Weblog
    


きのうに引き続き、フリースクールでの話題をもう一つ。


いつも行っているフリースクールでのこのあいだの出来事です。


受け持ちの先生から、生徒各人の生い立ちなどを説明させられるときがありました。

    


私の場合、先の大戦の開始日に東京で生まれ、木炭バスが一日一回通るようなさびしい秩父の山里に戦禍を逃れて疎開し、そこで家族ともども村人から、今で云うイジメに会い、これに耐えながら幼児期を過ごしたことなど、そして、その後いろいろなことがあった後、東京の大学に入り、東京の職場に勤め、今はリタイアし、ウインドサーフィンを唯一の趣味として余生を幸せに楽しむことができていることなどを話しました。


そしたら、聞いていた先生が、目を潤ませながら、「あなたは、そのことを本にすべきだ。」「ぜひ、書いてください。」と言ってくれました。


    


私の人生は、さほど波乱万丈、あるいは順風満帆と言えるほどのものではありませんが、このくらいの年齢になると、その歴史は、いろいろと興味を引く物語として成り立つのかも知れません。悲喜こもごも、思いだされることも数々あります。



かねてから、私の娘には、折につけ、わたしの生い立ちや、戦禍を逃れて秩父の山里へ疎開し、また幾度も転校し、その行く先々でイジメに会いながらも、父母が苦労して育ててくれ、今の幸せがあること、などを話しておりました。


そのたびに娘からは、「パパは、それを本にすべきだ」、などと言われていましたが、遥かアメリカに来て、ここの地で、アメリカ人の先生からそのようなお話をいただくとは思いもしませんでした。


このことに気をよくした小生は、いま、少し自分史みたいなものとして書いてみてもいいなぁ~!などと考えています。


そして、そうとなったら、すぐにやらないと気が済まない性分でもありますので、早速、それを開始し始めました。

しかし、今後、書いている半ばで、絶筆となったなら、あとは頼む、と娘に言っていますが、、、、。はたして、完成はいつのことになることでしょうか。