読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

NHKスペシャル『人体 ミクロの大冒険』第1回「あなたを創る!細胞のスーパーパワー」を観て

2014-03-30 23:10:59 | ドキュメンタリーのお噂
NHKスペシャル『人体 ミクロの大冒険』第1回「あなたを創る!細胞のスーパーパワー」
初回放送=2014年3月30日(日)午後9時00分~9時49分、NHK総合
テーマ音楽=葉加瀬太郎、音楽=羽毛田丈史
出演=山中伸弥・野田秀樹・葉加瀬太郎・山本舞香
語り=首藤奈知子


昨夜(29日)に放送されたプロローグに続き、本編シリーズがスタートした『人体 ミクロの大冒険』。第1回は、わたしたちの成長と学ぶ力を司る、細胞の驚くべき戦略に迫った内容でした。

まず驚きだったのが、妊娠中の母親の栄養状態は、生まれてくる子どもの太りやすさに関係してくるという話でした。
イギリスでの研究によれば、炭水化物を摂取する量が極端に少なかった母親から生まれた子どもは、「生涯にわたって肥満になるリスクが高まる」というのです。脂肪や筋肉、骨などに変化することができる「間葉系幹細胞」が、脂肪細胞に変化する率が高まるのがその理由とか。なぜか。
母親から受け取る栄養が少ないと、細胞は栄養を蓄積していく方向へと舵を切っていくというのです。それは、人類の歴史において、長いこと飢餓状態に置かれ続けていたことからくる防御反応でもある、と。
外界からもたらされる状況を逐一読み取り、それに対する的確な「選択」をしていくという、ニンゲンにとっても高度なことを細胞がやっている、ということに、まず驚かされました。

そして次なる驚きが、「学び」を司る脳の中の神経細胞のメカニズムでありました。
800億といわれる神経細胞からは、「スパイン」という枝が数多く伸びています。「学び」を重ねることによってスパインは繋がっていき、そこに電気信号が通ることで細胞同士の結びつきは強化されていくとか。
このスパインの活動は、生まれてから日の浅い時期には活発に働くのですが、成長するにしたがって鈍っていき、やがて止まってしまいます。ヘビ毒と似た「Lynx1」(リンクスワン)なる物質が生成されることにより、スパインの活動は強制的に止められてしまうというのです。
変化し続けることには大きなエネルギーを要し、細胞への負担も大きなものになります。ゆえに、その負担を小さくするため、あえてスパインの活動を止めるという戦略が選ばれたといいます。スパインの活動は視覚や聴覚などから止まっていき、10代のうちにはほとんどが止まってしまうとか•••。
と、ここまでの段階でわたくし、かなり暗い気持ちになってしまいました。あゝ、どんなに向上したいと足掻こうがもうムリなのかあ•••と。

しかし、細胞はさらなる「成長戦略」を構築してくれていました。
アメリカ、ロサンゼルスで進められている「ハーモニープロジェクト」。劣悪な貧困層に育つ子どもたちに、2年間にわたって楽器の演奏を無料で手ほどきするというものです(このプロジェクトにも、個人的には注目したくなるものがありました)。子どもたちは楽器の演奏をマスターするのみならず、大学への進学率も非常に高いとか。
そこで手ほどきを受けた子どもたちの神経細胞を調べると、視覚や聴覚、運動能力をつなぐルートにおいて、その太さが増していたというのです。すでにスパインの多くは活動を止められている年齢にもかかわらず。
それは、「オリブデンドロサイト」という物質により、神経細胞に脂肪が巻きつけられる「ミエリン化」によりもたらされたものでした。ミエリン化により、神経細胞の情報伝達が容易になり、複雑な学習に対応できるようになることで、その人ならではの能力を育んでいくことができるのだ、と。
これを受けたスタジオ出演者の一人、山中伸弥さんいわく、「細胞は歳をとっても裏切らない。努力したことはムダにはならない」。

細胞が年齢とともに変化し、活動を止めていく反面、しっかりと努力したことを受け止めて、それに対応した成長戦略をも兼ね備えてくれていることを知って、40ン歳のわたくしもなんだか前向きな気持ちになりました。
やはり「細胞さん」(プロローグでの山中さんの言葉を借りました)って、頼もしくて愛おしい存在だなあ、としみじみその有難味を感じた次第でありました。



【読了本】『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』 閉塞感を打ち破るヒントと志に満ちた熱書

2014-03-30 11:50:14 | 本のお噂

『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』
岩佐大輝著、ダイヤモンド社、2014年


宮城県山元町。イチゴの生産が盛んであった海沿いの穏やかなこの町にも、東日本大震災による津波は容赦なく襲いかかりました。
600~700人の住民が亡くなり、多くの住民が住む場所と職場を失いました。町の主要産業であったイチゴ農家も、129軒のうち122軒が壊滅•••。
まさに絶望的な状況に追い込まれた山元町を立て直そうと、この町に生を受けた一人の男性が立ち上がりました。東京でIT企業を経営している本書の著者、岩佐大輝さんです。
本書は、岩佐さんが最先端のIT技術を駆使したイチゴ生産法人を立ち上げ、さまざまな困難に直面しながらも、わずか3年で高品質のイチゴを生み出し、さらには海外進出を果たすに至る過程を綴った一冊です。

震災による惨状を目の当たりにした岩佐さんは、「人生の一回性についてより深く考えるようになった」といいます。そして、かつて祖父から聞いたことばをあらためて噛みしめることになります。

「人は生まれたからには、その能力を100%使う『義務』がある」

まわりの人や社会のために自分の力を活かすことこそ、経営者としての本分であることを悟った岩佐さんは、イチゴを山元町の「武器」として戦っていくためにイチゴ農家から話を聞きまくり、イチゴづくり35年のキャリアを持つ「忠嗣ちゃん」の協力を取り付けます。
かくて、大ベテランの忠嗣ちゃんが持つ「匠の技」と、iPadなどで水や温度の管理をするという先端IT技術の活用を融合させた、高品質のイチゴづくりへの挑戦が始まります。
しかし、その過程は平坦なものではあり得ませんでした。技術的な試行錯誤、イチゴ生産にまつわる既得権益との戦い、忠嗣ちゃんと若い人たちとの世代間ギャップによる確執、消費者のニーズに合わせていくことの難しさ•••。
それらの壁を、岩佐さんたちは力を合わせて次々と乗り越えていきます。そしてついに、彼らが生み出した最高品質のイチゴ「ミガキイチゴ」は伊勢丹新宿本店への進出を果たし、さらにはインド、サウジアラビアへと海外への進出をも果たしていくのでした•••。

最初は、震災からの復興が主なテーマなのかなと思いつつ読み始めた本書。もちろんその側面もありましたが、タイプの違う人びとが力を合わせながら、さまざまな困難を乗り越えていく挑戦の過程にはワクワクさせられ、勇気の湧いてくる思いがいたしました。
自らの「強み」を見つけ出すためのヒント。違うタイプの人びとと協業するためのコミュニケーションの重要性。新しい農業のあり方。そして、スピード感を持って「まずは動き出す」ことの大切さ、などなど。岩佐さんたちの挑戦の過程には、被災した地域の復興はもちろんのこと、地方を活性化させていくための方法論や、ビジネス全般や個人が生きていく上でも活かせるようなヒントや考え方がたくさん散りばめられています。
中でも、自分が属する業界に引き寄せて考えさせられたのが、イチゴの流通ルートの問題に触れた箇所でした。流通構造が長いために店頭に出るまでの時間がかかってしまい、いい状態のイチゴが店頭に並ばないことを指摘した上で、次のように書いています。

「このような消費者を無視した流通側の都合だけで商売を続ければ、長期的には自らの首を締める。」

このことはイチゴの世界のみならず、やはり「流通側の都合」が最優先にされ、読者の存在が軽視されがちになっている、わたくし自身も属する書店・出版業界にも共通した問題であるように思えました。
また、「本当に町を盛り上げるのなら、自分の住む町だからこそ冷徹に見なければいけないと思うのだ。いいところだけを見ていては現状は変えられない」との記述には、やはり地方に住む者の端くれとして、本当に効果的で意味のある活性化とは何かを考えさせてもくれました。単なる「わが町自慢」に終始していては、活性化はおぼつかないんだな、と。

岩佐さんを取り巻く人びとも魅力的でした。とりわけ、職人らしい頑固さを持ちながらも、変えるべきことは受け入れていく柔軟性をも合わせ持った、イチゴづくりの大ベテラン「忠嗣ちゃん」の姿勢には、真のプロフェッショナルとは何かを教えられました。
自宅やハウスを流されながらも、より良いイチゴづくりに心血を注ぐ忠嗣ちゃん。初収穫で皆が歓喜に沸く中、彼がとっていた行動には胸を突くものがありました。
ほかにも、暖かい人柄と謙虚さで人とのつながりをつくり上げていく、「最強にして最高の、ビジネスパートナー」である「洋平ちゃん」や、厳しくも愛情ある姿勢で接する伊勢丹のバイヤーさんたちもまた魅力的。こういった、さまざまなタイプの魅力ある人びとを引き寄せることができるのも、岩佐さんの持つ人間力と熱意の賜物なのだな、と感じました。

本書で一番強く胸を打たれたのは、一度きりの人生をより良く生きるためにも、100%の力を出して生きていくことを語ったくだりでした。

「たくさんの夢を抱えたまま、消えていった人がいる。やりたいこともやれないまま、行きたい場所に行けないまま、運命に流されてしまった人がいる。
その現実を直視しながら、残された僕たちは何をすべきかを真剣に考えなければいけない。
人生は一回だ。私たちに明日が残されているかどうかは誰にもわからない。」


このことばは、被災した地域に生きる人びと以上に、閉塞感に囚われているすべての日本人にも向けられているように思えてなりませんでした。

ビジネスや人生を前向きに切り開いていくためのヒントと熱い志に満ちた、まさしく「熱書」。一人でも多くの皆さんに読んでいただけたらと願います。