読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

ドキュメント72時間「世界最大 古書の迷宮へようこそ」

2015-12-05 16:45:58 | ドキュメンタリーのお噂
ドキュメント72時間「世界最大 古書の迷宮へようこそ」
初回放送=2015年12月4日(金)午後10時55分~午後11時20分
語り=吹石一恵


2か月前の10月初旬。子どものときに家族連れで出かけて以来、かなり長いこと足を踏み入れることのなかった東京に、1泊2日の日程で行く機会がありました。
全国から書店関係者が集まって開催された、さる出版社が主催した会合に、勤務している書店から派遣される形での東京行きということで、半分は仕事がらみではありました。ですが、会合に出席する時間以外はフリーということで、限られた時間とはいえ東京の楽しさを味わうことができ、大いに刺激にもなりました。
明治時代創業の居酒屋で味わったひとり酒。庶民的な雰囲気に溢れた浅草の散策。憧れの街であった銀座での「銀ブラ」・・・。それぞれ楽しかったのですが、とりわけ心奪われたのが「本の街」である神田・神保町探訪でありました。
日本を代表する出版社や大手新刊書店はもちろんのこと、160店以上もあるという古書店の数々が立ち並ぶ光景には、嫌も応もなく気持ちが高ぶりました。一軒一軒の古書店を覗いていくうちに時間はアッと言う間に過ぎていき、とても数時間程度の探訪では時間が足りなさ過ぎる!とつくづく実感させられた次第です。
そんなこともあり、神保町の3日間を追った『ドキュメント72時間』の「世界最大 古書の迷宮へようこそ」は、何がなんでも観ておかねば!と思っておりました。好きなドキュメンタリー番組でありながら、しばしば寝落ちして観そびれてしまうこともある『72時間』ですが、この回はしっかりと観ることができました。

懐かしの漫画を扱っている古書店。そこでは、創刊から間もない時期のものと思われる『少年サンデー』などの少年漫画雑誌を、2万円分も大人買いしていた男性が。時には数十万円分買うこともあるというこの男性、「昔の漫画雑誌って、政治や経済のことなんかも出ていたりしていて、けっこう充実してるんですよ」と語ります(そういえば、確かに昔の少年漫画雑誌って漫画のみならず、幅広い事柄を記事にして載せていたようですね)。

研究に使うため、手に入りにくい魚類の専門書を探しているという大学院生男子。どんな魚が好きか、と取材者に訊かれた彼が挙げたのは、口もとからヒゲを生やした、その名も「オジサン」という魚。そのイラストが出ているページを指しながら「カワイイですよね」という彼の表情は、実に嬉しそうでした。

雑誌の品揃えが充実している古書店で、かつて発行されていたファッション誌『Olive』を手にとっていたのは、大学生の女子。子どもの頃に両親が離婚し、母親と祖母と暮らしているという彼女は、母親から『Olive』の話を聞いて興味を持ったというのです。
今から30年前のファッションをどう思うか、と訊かれた彼女は「この頃からもう3周ぐらいしていて、今見ても可愛く思う」と答えたのでした。

20年間探していた絶版の画集にめぐり合うことができたのは、札幌からやってきたという女性。かつて画家を目指していたこともあったというこの女性は、その画家の作品について「自分では想像できないような世界が広がっているような気がする」と語ります。

早朝の神保町。古書店の前に置かれていた古本を漁っては、お気に入りの本を持ち帰る人びとの姿が。これ、実は値段のつかなかった廃棄本でした。その中には、研究者による書き込みがなされたものがあったりもして、「これがまた面白いのよ」と言いつつ持ち帰る人も。

ガレージセールの文庫や新書の山を物色していた、就活中の大学4年生男子。すでに10社以上受けながらもなかなか決まらず、いささか切羽詰まっているという彼が選んだ一冊は、岩波新書の『プラトン』。彼は語ります。「自分の夢を探しに生きてるのかなあ、と」。

やはりガレージセールの本を、40分近く丹念に見ていた男性。この1年で280冊もの本を買って読んだのだとか。
かつては仕事一筋のサラリーマンであった男性は、52歳のときに母親の介護に専念するために離職。母親が好きだった本に興味を持ったことがきっかけで、自身も本を読むようになったといいます。母親と過ごした時間は、「人間の一生を勉強するにはいい時間だった」と男性は振り返ります。
その母親を看取ったあと、3年半前に今度は自らががんを発症し、手術を受けたものの再発。残された時間を活かそうと、哲学をはじめとする自分の興味ある分野の本を手当たり次第に読むことにしたのだとか。
男性は語ります。
「一日一日充実してればいいと思って。でも、やはり人生は足りませんね。自分の興味でいろいろ読んでみようとしても」

鉄道に関する本の品揃えで定評がある古書店を営む女性。御年90歳でありながら、年齢を感じさせない動きで店を切り盛りしているこの女性ですが、もうじきしたら店を畳むつもりだ、というのです。
これまで店を続けてきたのは、亡き夫が一生懸命に集めてきた本をムダにはしたくなかったから、といいます。お客さんからは、「やっぱり古本はインターネットで探すより、実際に見て触ってみたほうがいい」などと言われたりもする、と言いつつも、女性は最後にこう語りました。
「在庫だけ処分しておしまいにしたい」

学校で美術を教える傍ら、自らの個展を開いたりしているという講師の男性。脳性まひによって自由の利かなくなった脚のリハビリを兼ねて、神保町で古書店めぐりをやっているといいます。男性は言います。
「絵本を見ていると初心に帰れますね」

さまざまな著名人に捧げられた弔辞を集めた本を手にとっていたのは、元編集者の女性でした。
持病を抱え、自らの行く末に思いを巡らせているこの女性は、手持ちの蔵書をどうしようかと思案してもいました。編集者として手がけてきた雑誌や本が、それを求めている人びとの手に渡ることを嬉しく思っていたという彼女は、何もわからない人から蔵書がゴミのように処分されるよりは、それらを求めている人たちの手に渡ることができたら・・・と考えているようでした。女性は語ります。
「やっぱり本があるといいな、って思うから」

番組を観ているうちに、登場した一人一人の本に寄せる思いが気持ちにじんじん響いてきて、恥ずかしながらついつい涙ぐんでしまいました。とりわけ、母親を介護する中で本を読むようになり、自身もがんとなってからは残された時間により多くの本を読んでおきたいと語っていた男性のくだりは、一層胸に迫るものがありました。
わたくしは今のところ、何か病気になっているというわけではなく、ひとまず健康ではあります。が、それでも先々はどうなるかわかりませんし、人生の時間には限りがあることには変わりありません。
残された限りある時間に、少しでも多くの興味ある分野の本を読んでおきたいという、くだんの男性の切実な思いは、わたくしの気持ちにも重く響きました。

また、終わりのほうに登場した元編集者の女性の話も、しみじみと頷けました。
少なからぬ思いが詰まった自らの蔵書。それをゴミのように無造作に棄てられるくらいなら、それらを求めている誰かの手に渡るようにしておきたいという思いは、本好きであれば大なり小なり、共感するところがあるように思います。
その時々の思い入れが詰まった本を手放すにしても、せめてそれらを必要としている誰かの手に渡すことができたら・・・。そういった思いを持つ人びとの受け皿となっているのが、ほかならぬ神保町という場所なのでしょう。
本を古書店に持ち込む人びとはもちろんのこと、本を探したり買ったりする人びとにもまた、それぞれの思いがありました。さらには、持ち込まれる本を買い取り、それを販売している古書店の店主にも、本それ自体はもとより、本にまつわる人びとへの思い入れを強く持っているということを、この番組を通してあらためて窺い知ることができました。
単に本を売り買いするだけの場所ではなく、本を媒介にしてさまざまな人びとの思いと人生が交錯し、響き合っている場所。それが神保町という街なのであり、だからこそ多くの人を惹きつけるのではないだろうか・・・。そんなことを思いました。

予想していたことでしたが、番組を観ていて「また絶対に神保町に行きたい!!」という思いが無性に募ってきて仕方がありませんでした。
10月初旬の探訪では、昼食を挟んでわずか3時間半ほどの時間しかとれませんでしたが、神保町という街は3日間どころか、3週間、いや3ヶ月間居続けても飽きることはないであろう場所でしたので、また来年あたりにた~~~っぷり時間をとって探訪してみたいと思っております。カレーをはじめとして、味自慢の飲食店にも恵まれているようですし(そういえば、お昼に食べた伝統の “スマトラカレー” も絶品だったなあ)。
90歳の古書店主が営むお店、願わくは次に訪ねるときにも、営業を続けていてくれるといいんだけどなあ。