読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『デジタル・ミニマリスト』 人生を充実させるための、テクノロジーとの適切な関わりかたの知恵が得られる良書

2019-10-22 21:11:00 | 本のお噂


『デジタル・ミニマリスト  本当に大事なことに集中する』
カル・ニューポート著、池田真紀子訳、早川書房、2019年


いまや、わたしたちの生活に欠かせない存在となっているスマートフォン。そして、ツイッターやフェイスブック、LINE、インスタグラムなどのSNS。
わたし自身、8年前にスマートフォンに切り替えるとともにツイッターを始め、その後さらにフェイスブックを始めたことで、情報収集や発信のありかたは劇的に変わりました。いまや、ニュースの多くはまずSNSによって得ておりますし、関心の深い本や出版に関する情報の窓口としても重宝なものとなっています。普通なら出会うこともなかったであろう、遠く離れている場所に住んでいる方々との繋がりができたことも、大きな収穫です。
その一方で、気持ちに余裕や落ち着きが失われているのを感じることも増えました。SNSに日々溢れかえる情報の奔流に溺れそうになり、事実に基づかない流言やデマに振り回され、さらに一方的で偏った思い込みからなされる「主張」や敬意を欠いた誹謗中傷を目にすることは、気持ちをひどく消耗させることでもあります。そんな中で自分を見失い、やるべきことに集中できなくなる弊害も小さくありません。多くの出版に関する情報を得ていながら、肝心の本を読む時間が削られるという、本末転倒な事態も生じていました。
そういう状況の中で、本書『デジタル・ミニマリスト』が刊行されることを(やはりSNSで、ですが)知ったとき、「本当に大事なことに集中する」という副題に強く惹きつけられました。これは自分のような人間にとっても、かなり有益な知恵が得られるかもしれないと思い、刊行後すぐに取り寄せて購入し、熟読いたしました。

常にスマホを気にして、チェックせずにはいられないような気持ちにさせるスマホ依存。本書はまず、それを引き起こす2つの要素に注目します。
ひとつは「間歇強化」。決まったパターンで報酬を与えられるよりも、予期せぬパターンで与えられたほうが、快感を司る神経伝達物質ドーパミンの分泌量が多くなり、喜びも大きくなる・・・というメカニズムです。ソーシャルメディアから〝いいね〟やリツイートなどのフィードバックが得られたときや、ネット上であちこちの記事を渡り歩いては、何らかの強烈な感情をかき立てる記事に〝当たる〟ときに、このメカニズムによる「報酬」がもたらされる、というわけです。
そしてもうひとつは「承認欲求」。部族のほかのメンバーから尊重され、承認されることが、生死に関わる問題だった旧石器時代に植えつけられ、進化してきた本能的衝動です。ソーシャルメディアで〝いいね〟のフィードバックを得ようとする行為はもちろん、メールやメッセージにすぐに返信しなくてはと焦る気持ちも、この「承認欲求」による本能により引き起こされるというわけです。
本書は、デジタル・テクノロジー企業がこの2つの要素を巧妙に刺激することでユーザーを依存させ、それによって利益を上げる仕組みを作り上げている実態を明らかにします。いずれも人間の本能に強く働きかけるものであり、個人の自制心だけではどうにもならないところがあります。それゆえ、これと闘うためには「腹の据わった戦略が必要」と著者は強調します。

そこで提唱されるのが「デジタル・ミニマリズム」という考え方。著者はそれをこのように定義します。

「自分が重きを置いていることがらにプラスになるか否かを基準に厳選した一握りのツールの最適化を図り、オンラインで費やす時間をそれだけに集中して、ほかのものは惜しまず手放すようなテクノロジー利用の哲学」

これを見てもおわかりのように、著者はテクノロジーを全否定しているわけではありません。自分が心から大事にしていることを基準にしてテクノロジーを取捨選択し、充実した人生を支えるツールとして活用することがその趣旨です。テクノロジーに都合のいいように使われるのではなく、自分の人生のために真に役立つような形で使いこなすための哲学、ともいえるでしょう。著者は次のように述べます。

「便利な道具の効き目は血糖値を一気に上昇させる食べ物のごとく短く、チャンスを見逃す不安の痛みはあっても長くは続かない。しかし、自分の時間と注意を奪おうとするものに対して主導権を握ることからもたらされる価値ある輝きは、いつまでも色褪せないのだ」

こうした「デジタル・ミニマリズム」の哲学を実践するための方法論が、1600人を対象とした集団実験をもとに導き出された「デジタル片づけ」です。
まず30日のリセット期間を定めて、かならずしも必要ではないテクノロジーの利用を休止するとともに、楽しくてやりがいのある活動を探したり再発見する。そして休止期間が終わったら、自分の生活にどのようなメリットがあるか、そのメリットを最大化するにはどのように利用すべきかを検討しながら、休止していたテクノロジーを再導入する・・・。これが「デジタル片づけ」のプロセスです。

本書の後半は、この「デジタル片づけ」を進めるための具体的な「演習」の数々を、集団実験に参加した人たちの実践例を織り込みながら伝授していきます。そのひとつが、ソーシャルメディアで「〝いいね〟をしない」こと。
人間の脳は、他者とのつながりに強い関心を持つように進化しているものの、それは「ボディランゲージや表情の変化、声の調子など、微妙なアナログのヒントから得られる大量の情報」を処理する、オフラインで相手と顔を合わせての交流に合わせた進化であって、デジタル・コミュニケーション・ツールにおけるやりとりでは、人間の高性能な社交プロセスを生かしきれないといいます。そのことを示す科学研究の結果を紹介した上で、対面での交流で生み出される豊かな情報を(ソーシャルメディアの〝いいね〟のような)たった一片の情報に置き換えることは「社交情報処理マシンたる人間に対するあまりにもひどい侮辱」であり、「フェラーリを制限速度以下で走らせる程度ではすまない。フェラーリをロバに牽かせるに等しい」と著者は痛言します。
そこで提唱されるのが「会話中心コミュニケーション主義」。人間関係を維持する手段として勘定するのは対面やビデオチャット、電話での会話のみに限定し、ソーシャルメディアでおざなりの〝いいね〟やらコメントやらをばらまく習慣とは決別する、という社交哲学です。ソーシャルメディアでやりとりするだけの「接続」ではなく、会話がもたらす豊かさと価値を取り戻すことが、その主眼とするところです。
〝いいね〟やコメントでのやりとりをやめることは、ソーシャルメディア上でのみつながっている一部の人たちが、人間関係から脱落することも意味します。その懸念に対して、著者はあえて「愛をこめた厳しい助言」を行います。それは「去る者は追わないこと」。
これに関しては、本書の巻末に解説を寄せているミニマリストの一人、佐々木典士さんも「それで離れていく関係はしょせんその程度の関係性だということだ」と述べておられます。自分が本当に大切なことに集中するためには、ソーシャルメディアにおけるムダな「つながり」を手放すことも必要なのだと、あらためて認識させてくれました。
これと関連して、本書には衝撃的な事実が紹介されています。スマートフォンやタブレット、常時接続のインターネットが当たり前に存在する中で育った世代で、不安障害が急増しているという調査結果です。ソーシャルメディアで「友達」の投稿を追い続けることに躍起となることで、一人きりで考える時間が生活から排除されたことにより引き起こされた、といった分析のあとに続く著者の次のことばには、重く響くものがありました。

「要するに、人はつねに接続し続けるようには作られていないのだ

ほかには、質の高い余暇活動や趣味に取り組むことも推奨されています。例として、農場で体を動かす生活を営んだり、スキルを身につけて手仕事でものを作ったり、リアルな交流ができる活動に取り組んだり・・・といったことが紹介されています。
これに関して実に参考になったのは、「デジタル片づけ」をやったことによって読書に時間をあてるようになった人が、著者による集団実験の参加者たちの中に何人かいたということでした。ひと月で8冊を読み終え、9冊目に取りかかったという人。3年ぶりに自分の意思で本を選び、リセット期間中に5冊読み終えたという人。子育てが一段落して以来初めて地元の図書館に行き、読みたい本を7冊も見つけたという人・・・。
わたし自身、ソーシャルメディアに関わりすぎることで、読書量がかつてよりも落ちていることを自覚しておりましたので、この結果には大いに学ぶべきものがあると思いました。

本書の中で強く印象に残った一節があります。シリコンヴァレーの起業家でありながら、ソーシャル・ネットワーキングのよさが理解できないという男性は、「人々は一日一二時間もフェイスブックに費やしてる」と夢中になってしゃべっているソーシャルメディア企業の幹部に、こう問いかけたといいます。

「一日一二時間もフェイスブックをやっているような人物が、きみと同じような成功を果たして収められるだろうか」

たしかに、ソーシャルメディアをたっぷりと活用することで「成功」した人もいることでしょう。だからといって、誰もが同じようなことをやってもうまくいくとは限らないということも、また事実ではないでしょうか。他人は他人、自分は自分という意識のもとで、自分のやりたいことを実現させることを優先しながら、戦略的にソーシャルメディアと関わることが大事だと痛感させられました。
著者は「おわりに」でこう述べています。

「デジタル・ミニマリズムは、歴史的に馴染みのない不自然な電子的コミュニケーションの大波から私たちを守る防波堤だ。私たちには、意義深く充実した人生を築きたいという本能的な衝動がある。デジタル・ミニマリズムは、技術革新が持つ謎めいた性質にその衝動を蝕まれることなく、技術革新から現にもたらされる驚異の本当の価値を引き出す手段なのだ」

私事ではありますが、しばらく前に50歳となりました。人生80年としても残りは30年ほど。短くはないでしょうが、さりとて長いともいえない期間です。これからは、自分がやりたいことをしっかりと見極めながら、それに必要なことだけに集中することが大事だということを、ひしひしと感じております。
『デジタル・ミニマリスト』は、デジタル・テクノロジーと適切に関わることで、人生を充実したものにするための知恵とヒントが詰まった良書でした。これからも折に触れて、繙いていきたい一冊であります。

蛇足ながら、本書の扉には、「しばらくお待ちください」という感じでスマホの画面に出てくる「読み込み中のマーク」が使われております。


これをみてイラッとされるような方には迷うことなく、本書をご一読していただくことを強くおススメしておきたいと思います。



【関連おススメ本】


『つながらない生活 「ネット世間」との距離のとり方』
ウィリアム・パワーズ著、有賀裕子訳、プレジデント社、2012年

プラトンやグーテンベルク、ソロー、マクルーハンなどの賢人たちの知恵を通して、ネットに溢れる騒々しい声との距離のとり方を探っていく一冊です。以前読んで大いに学ぶところがありましたので、この本もあらためて読み直してみようと思います。拙ブログの紹介記事はこちらです。→ 『つながらない生活』「つながり過ぎ」で見失った自分を取り戻す、思索と知恵に満ちた一冊



『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』
ジャロン・ラニアー著、大沢章子訳、亜紀書房、2019年

「自由意志を奪う」「真実を歪める」「共感力を低下させる」「経済的安定を脅かす」など、ソーシャルメディアがもたらす病理を具体例に即して挙げながら、そこから逃れるためにもソーシャルメディアのアカウントを削除することを提唱する一冊。こちらも、ソーシャルメディアとの関わりを再考する問題提起として読んでおくといい書物であります。