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【閑古堂のきまぐれ名画座】 デジタルリマスター化によって、歴史の息づかいがより一層リアルに感じられる大作ドキュメンタリー『東京裁判』

2020-06-21 13:59:00 | ドキュメンタリーのお噂


『東京裁判 デジタルリマスター版』(1983年、日本。デジタルリマスター版は2018年)
総プロデューサー=足澤禎吉・須藤博 エクゼクティブプロデューサー=杉山捷三 監督=小林正樹 原案=稲垣俊 脚本=小林正樹・小笠原清 編集=浦岡敬一 音楽=武満徹 ナレーター=佐藤慶 企画・製作=講談社
DVD発売・販売元=キングレコード

満州事変から太平洋戦争に至る戦争の歴史の責任者たちが、アメリカをはじめとする連合国側により裁かれ、戦後日本の歴史にも大きな影響を与えることとなった、極東国際軍事裁判=東京裁判。その審理の過程を記録したアメリカ側によるフィルムと、背景となる歴史を物語る国内外のニュースフィルムなどの膨大な映像を、『人間の条件』(1959〜1961年)や『怪談』(1965年)などの作品で知られる巨匠・小林正樹監督がまとめ上げた、4時間37分に及ぶ大長編ドキュメンタリー映画です。
ベルリン国際映画祭で国際映画批評家協会賞を受賞するなど、高く評価された本作は、東京裁判から70周年にあたる2018年に、製作当時のスタッフであった小笠原清氏(脚本・監督補佐)と杉山捷三氏(エグゼクティブプロデューサー)の監修によってデジタルリマスター化されました。昨年(2019年)にDVD化されたそれを、このほどようやく鑑賞いたしました。

劣化していたフィルムをデジタル技術により修復し、4Kスキャンによりブラッシュアップしたいう映像のクオリティは、想像以上の素晴らしさでした。フィルムの劣化によりボヤけ気味であった被写体も細部まで解像度が上がっていて、人物の表情もかなりリアルに捉えることができます。
とりわけ目を見張ったのは、字幕テロップの読み取りやすさでした。手元に旧版のDVDもあったので、見比べてみると一目瞭然。



(上は旧版DVDより。下はデジタルリマスター版DVDより)

旧版の映像では、白い背景と重なる部分の字幕テロップがいささか見えにくく感じられたのですが、デジタルリマスター版ではそれが解消されていて、どの字幕テロップもクリアに読み取ることができます。
また、昭和天皇による終戦の詔勅=玉音放送にも、画面の右端に新たに字幕テロップが挿入されています。現在では使われないような難解な語句が多く、耳で聞いただけでは意味が理解しにくい玉音放送も、文字で見ることによって幾分かは理解しやすいものになっているように思えました。
映像のみならず、音声もドルビーデジタル5.1ch化されていて、聞き取りにくかったフィルム中の人物の肉声も、だいぶハッキリと聞こえるようになっています。
1985年の8月に、TBS系列で前後編に分けられてテレビ放送されたとき(後編が放送された当日に発生した日航ジャンボ機墜落事故の速報により、放送が30分遅れとなったことも忘れられません)に初めて観て以来、ビデオソフトやレーザーディスク、DVDといったメディアで繰り返し観てきた本作ですが、映像と音声の両面にわたるクオリティの向上により、歴史の息づかいがより一層リアルに感じられ、またも一気に引き込まれて観ることができました。

4時間37分という長尺、しかも歴史上の出来事を題材にした重厚な内容にもかかわらず、本作は実に面白く観ることができます。その大きな理由はやはり、記録映像そのものが持つ迫力にあります。
検察側による起訴状の朗読中、後ろに座っていた大川周明から頭をピシャンと叩かれ、思わず苦笑いのような表情を浮かべる東條英機。広島への原爆投下を引き合いに出しながら、裁判の持つ根本的な矛盾を鋭い舌鋒で指摘するブレークニー弁護人(このくだりは、のちに発行された速記録では省かれているとか)。証人として出廷し、日本との積極的な関わりを否定するような証言をする元満洲国皇帝・愛新覚羅溥儀(のちに自伝の中で偽証したことを告白)。天皇の戦争責任問題などをめぐって展開される、東條とキーナン主席検事との論戦。そして裁判の最後に刑の宣告を受ける被告たち(絞首刑の宣告を受けたあと、傍聴席へ向かって会釈して去る元外相・広田弘毅の姿が印象的)・・・。文章による記述や、動かない写真だけでは伝わらない空気感がひしひしと感じられる映像の迫力は、実に圧倒的です。

教科書に記されるような大文字の歴史からは見えてこない、裁判をめぐるさまざまなドラマにも惹きつけられます。
たとえば、裁判の最初に行われた罪状認否(アレインメント)の場面。裁判長の問いに「有罪」なのか「無罪」なのかを答えるという、英米法特有のしきたりです。被告の中で一番最初にこれに答えた元陸軍大将・荒木貞夫は、その趣旨をよく理解していなかったのか「その件については弁護人よりお答えする」と答弁します。ウェッブ裁判長が改めて「あなた自身で返答を」と促すと、「起訴状を拝観いたしましたが、一番最初に書いてある平和・戦争・人道に関しての罪状には、荒木の二十年生涯における・・・」などと、なんだか演説めいた長広舌を始めてしまいます。
被告の弁護人が「いま被告の言われたことを通訳して頂けませんか」と要望すると、キーナン主席検事が「被告の発言のうち、無罪という以外の言葉はすべて記録から省いて頂きたく思います」と発言します。それが日本語に訳されたとたん、「なんだと?」という表情をする荒木・・・。この一連の場面には、不慣れな英米法の法廷常識に対する日本側被告の戸惑いと、そんな被告の戸惑いには頓着しない、有無を言わさぬ裁判の進行ぶりが凝縮されているように思えました。
また、証人に対する弁護側の尋問に際し、ウェッブ裁判長がしばしば介入したことに対して、弁護側から「不当なる介入」と言われたことに裁判長が反発したり、海軍の名誉にかけて奇襲などという汚い手段は用いていないと主張する元海軍大将・嶋田繁太郎と、海軍は真珠湾奇襲を意図していた上、嶋田らから「脅迫」されたと主張する元外相・東郷茂徳とが衝突したり・・・。「文明のための戦い」を標榜した裁判に垣間見られる、そういったある意味で「人間くさい」側面もまた、本作の面白さとなっています。
そんな東京裁判と戦争の歴史をめぐるドラマを引き立ててくれるのが、名優・佐藤慶さんによるナレーションです(テレビドキュメンタリー番組『知られざる世界』のナレーションも良かったなあ)。ことさら感情を出すことなく、淡々としていながらも歯切れのいい佐藤さんの語り口には格調が感じられ、本作の面白さと価値をさらに高めています。

デジタルリマスター化により、さらに歴史の息づかいがリアルに感じられるようになった映画『東京裁判』。これからも折を見て鑑賞したい、アーカイブドキュメンタリーの名作であります。


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