『おもしろ遺伝子の氏名と使命』 島田祥輔著、オーム社、2013年
「悟り」「暴走族」「つくし」「武蔵」「時計じかけのオレンジ」「守護神」
•••これすべて、遺伝子につけられた名前、なのであります。
遺伝子の名前といえば、「Hcs082」とか「βsg264の変異体γ-sg297」とかいった味もそっけもない名前(←かなりテキトーにでっちあげました)がついているイメージがありました。ですが、実際には上のような、かなり斜め上をいったネーミングのものがあるのですね。
本書は、そんなおもしろネーミングの遺伝子をめぐる愉快なエピソードや、それらが生物の体の中でどのような働きをしているのかを紹介していく一冊です。
遺伝子やその変異体、タンパク質の命名にあたっては、一応「暗黙のルールっぽいもの」はあるようですが、基本的には自由につけることができるのだそうな。そこに、へんちくりんなネーミングが生まれる余地が出てくるというわけです。
たとえば、背中の構造がうまく作れないため、まっすぐに泳ぐことができないゼブラフィッシュの突然変異体につけられた「暴走族」。
その変異体にどんな名前をつけようか、と考えていた海外の研究者が日本を訪問したおり、ホテルの外でバイクを蛇行運転させて走り回る集団=暴走族を目撃。その走り方が、突然変異体のくねくねした動きにそっくりじゃないか!ということで「暴走族」とつけられた、とか(とはいえ、綴りが“bozozok”という、さらに斜め上をいくものになっているのですが•••)。
研究者の個人的趣味がモロに発揮されたネーミングといえるのが「OTOKOGI(侠気)」。ボルボックスという緑藻類で、精子を作ったりするのに関わっている「オスにしかない遺伝子」を発見した研究者が、何かオトコっぽい名前を•••ということでつけたのが「侠気」。この研究者、任侠映画が大好きだったんだそうで•••遺伝子の向こうにドスを握った高倉健さんか鶴田浩二さんの姿が重なってたんでしょうか。
その後、同じ研究者は「メスにしかない遺伝子」の発見にも成功。それに嬉々として(?)つけられた名前は「HIBOTAN(緋牡丹)」•••。いやはや、なんとも素敵すぎる話ではないですか。
1996年に誕生し、全世界に衝撃をもたらしたクローン羊「ドリー」のネーミングの由来や、山中伸弥さんによって生み出された「iPS細胞」の頭が小文字である理由も、本書によって初めて知りました。いずれも世界を揺るがす存在となったものですが、そのネーミングの由来は実に微笑ましいというか。「ドリー」の由来にいたっては、いささかバカバカしくもあるところがなんとも可笑しいのであります。
象牙の塔の中にこもって、コムズカシイことばかり考えているように思える研究者。しかし、実はけっこうお茶目なヒトやへんちくりんなヒトたちがいるんだなあ、ということがよくわかり、遺伝子や分子生物学がちょっと、身近に感じられる気がいたします。
そして、それぞれの遺伝子が担う働きや、遺伝子研究における位置づけを知ることで、遺伝子にはムダなものなんてないんだなあ、ということもわかってくるのであります。
おもしろネーミングを紹介したメインの章も楽しく読めますが、これまでの遺伝子や分子生物学の歩みや基礎知識を綴った第1章と、これからの遺伝子研究を展望した第3章も、とてもわかりやすい説明で読みやすいものとなっています。特に第3章では、遺伝子研究の持つ光と影の部分に、われわれ1人1人が関心を持って向き合うことの大切さについても述べられていて、こちらも必読といえましょう。
遺伝子や分子生物学というと、なんとなく敬遠してしまう向きにこそ、オススメしたい一冊であります。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます