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『家族をテロリストにしないために』 決して他人事でも海の向こうの出来事でもない、偏った「正義感」の落とし穴

2017-12-19 21:46:32 | 本のお噂

『家族をテロリストにしないために イスラム系セクト感化防止センターの証言』
ドゥニア・ブザール著、児玉しおり訳、白水社、2017年


一時のような勢いは失われたといわれるものの、その隠然たる影響が失われたわけではないIS(イスラム国)。ISをはじめとする、イスラム系(というより、イスラムを騙った)過激派組織が、どのように若者たちを洗脳し、取り込んでいくのか。そして、取り込まれた人たちを脱却させるにはどうしたらいいのかを述べていくのが、この『家族をテロリストにしないために』という本です。
著者のドゥニア・ブザールさんは、過激思想に染まった若者たちの支援を目的とした「イスラム系セクト感化防止センター(CPDSI)」をフランスで2014年に立ち上げ、2015年末までに1075件の相談電話を受け、1134人の若者を支援してきた方。本書は、その活動で直面した実例を豊富に織り込みながら、過激派組織の洗脳と取り込みの手口を明らかにしていきます。

「いままでの友だちは 〝真実のなかにいない〟」と言って、彼らとは話さなくなったという娘。「神から注意をそらすための悪魔の誘惑」だと言って、ギターのレッスンをやめた息子。孫のために買ったシーツを、ウサギの刺繍があるからといって拒んだ上、人形を買うと頭に靴下をかぶせてしまうという娘。豚が隠されているという、あらゆる食品や添加物の更新リストを毎朝受け取っているという息子・・・。本書に織り込まれた、我が子の異常な行動や言動に関する親たちの相談や訴えの実例からは、過激な思想に洗脳され、まっとうな社会性や人間性を失っていくことの恐ろしさを、まざまざと思い知らされます。
組織に取り込まれる若者たちの出自や信教などのバックボーンはさまざまです。ブザールさんが立ち上げたCPDSIに連絡してきた400家族についての統計によれば、その40%が無信教であり、カトリック教徒はやはり40%、ムスリムは19%だったとか。年齢層については30%が未成年で低年齢化の傾向にあるといい、男女の割合はほぼ半々。そして階層別では59%が中流階級に属し、庶民的階層は30%だったといいます。
むろんこれはフランスにおける、それもCPDSIに相談を寄せてきた家族に限った統計であり、これが全てを表しているわけではないことに留意する必要がありますが、それでも過激思想に取り込まれる人びとの背景は、決して単純な見方では捉えきれないということが窺えて、まことに興味深いものがありました。

ISなどの過激派組織(自らもムスリムであるというブザールさんは「この言葉を使うことに対する自分の抵抗と嘆きを示すために」として、括弧付きの〈ジハーディスト〉という呼び方を使っています)による主な発信と勧誘の場となっているのが、インターネット上の動画です。そして、ブザールさんのセンターに支援を求めてきた家庭の若者400人の全員が「バーチャルリアリティ依存者」であり「ネット部族」であったといいます。
インターネットによる洗脳や組織への取り込みのプロセスには、主に三つの段階があると、ブザールさんはいいます。

「まず、『大人はみんな嘘をついている』と信じ込ませて、若者に現実の世界を拒絶させる。次に、それは単なる嘘ではなく、権力と科学を独占しようとする秘密結社による陰謀であることを示す。第三段階では、不正の源であるその陰謀と闘うための唯一の手段は、この世界を否定してそこから逃れることだと導く。現実世界の否定にまで至れば、あとは最終的な全面対決のみが世界を変えることができると信じ込ませればいい」

そして、ネットを通しての洗脳と取り込みの武器となるのが、社会や世界の経済システムのあり方などを批判する動画の数々です。事実もあれば、もっともらしい偽情報もある、それら動画に含まれるメッセージが若者たちの感情に訴え、感受性を昂進させ、不安定な精神がより不安定になっていくメカニズムを、本書は説き明かしていきます。

「そうした動画自体は有害ではない。しかし、エコロジー、健康、食品、金融、戦争といった複雑なテーマを、『この退廃した世界において真実は隠されている』という陰謀的な観点からのみ次々と見せられると、若者には世の中のすべてが嘘だと思えてくる。どうして自分はこの社会で居心地悪く感じているのか、どうして世界はこんなに悲惨な状況なのかという疑問への答えが、突然、霧が晴れたかのように明らかになり、『隠された真実』を発見したような気持ちになるのである。自室という安全な空間に居ながらにしてパソコン画面をクリックし続けるうちに、若者は落ち込んだり、パニックに陥ったりするだけでなく、次第に興奮していく」

こうしてパラノイア(妄想症)に陥った若者たちは周囲の人たちと決別し、「真実を知るグループ」のメンバーとの一体感を抱くようになり、グループの一員として「大義」のための行動に駆り立てられていく・・・そういった、洗脳から組織への取り込みに至る一連のプロセスを見ていくと、それが過激派組織にとどまらず、ある種のカルト的な集団や、極端で偏った主張を掲げる政治・社会運動系の団体に取り込まれるプロセスとも似通ったものがあるように、わたしには感じられました。さらに、組織や集団に属してこそいないものの、さまざまな社会問題を陰謀論的な観点でヒステリックに糾弾している向き(それは若者に限りません)にも、似たような傾向を感じずにはいられませんでした。
世界や社会の矛盾に対する疑問や憤りは、程度の差こそあれ多くの人びとが感じているのではないかと思いますし、それらに感情を揺さぶられ、突き動かされること自体は、人間としてまっとうなことだと言えるでしょう。
しかし、それが昂じるあまりバランスを失い、偏った「正義感」に取り憑かれた人びとを巧みに誘い込み、自分たちの意のままにしようとする「落とし穴」が口を開けているということを、頭の片隅に常に置いておかなければならないと、わたしは思いました。

本書の後半では、取り込まれた若者たちがどうしたら組織から脱却できるのかということを、ブザールさん自らが取り組んだ脱却プロセスの実例を引きながら説いていきます。
現実の世界よりも〝優れている〟と信じる一種のバーチャルな世界に入っている若者たちには理屈が通用しない上、それぞれのプロフィールや動機に応じて、複数の分野に関わるさまざまな要素を持ち寄る必要があるということで、一筋縄ではいかない取り組みにならざるを得ません。本書に記された脱却へのプロセスの実例(そこには成功例もあれば失敗例もあります)からも、そのことがよくわかりました。
それでもブザールさんは、最後に強い希望をこめてこのように語ります。

「私たちは、この現実世界でお互いに知識のバトンを渡し合わなくてはならない。一人ひとりが、〈ジハーディスト〉による洗脳と取り込みに打ち勝つことができると信じなくてはならない。一人ひとりが、若者たちが『人間性を取り戻す』ことは常に可能だという信念を持たなければならない。常に光が影に勝つという信念を」

ネット社会に口を開ける、偏った「正義感」が陥る落とし穴の恐ろしさに警鐘を鳴らす本書の内容は、決して他人事でもなければ、海の向こうだけの出来事とも思えないものがあります。それだけに、多くの人に本書の内容が広く伝わっていくことを、願わずにはいられません。

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