読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

5月刊行予定文庫新刊、超個人的注目本7冊(および、4月分からも3冊)

2014-04-10 23:38:45 | 本のお噂
来月、5月刊行予定の文庫新刊より、わたくし個人が気になる書目を7冊ピックアップしてみました。合わせて、今月刊行予定の中から選んだ3冊もご紹介いたします。
わたくしが主に関心を持っているのがノンフィクション系の本ということで、ここで選んでいる本はその月に刊行される本のごくごく、もひとつごくごく一部に過ぎません。なのでその他多くの、小説をはじめとする本についての情報をお知りになりたい向きにはほとんど参考にはならないことと存じます。どうぞ、本屋さんや出版社のホームページでもご確認していただければ幸いであります。
刊行データについては、書店向けに取次会社が発行している情報誌『日販速報』の4月14日号の付録である、5月刊行の文庫新刊ラインナップ一覧に準拠いたしました。発売日は首都圏基準ですので、地方では1~2日程度のタイムラグがあります。また、書名や発売予定は変更になることもあります。

『和食とはなにか 旨みの文化をさぐる』 (原田信男著、角川ソフィア文庫、24日発売)
「素材を活かし、旨みを引き出し、バランスのよい食文化が、いつどんな歴史のもとに生まれたのかを探り、その成り立ちの意外な背景を描く」とのこと。著者の原田さんは、これまで日本の食文化についての著作を数多く出しておられる方だけに、「旨み」から成り立つ和食の歴史がよくわかる一冊になっているのではないかと期待しております。

『語りあかそう』 (ナンシー関著、河出文庫、8日発売)
対象の人物を巧みに表現した消しゴム版画と、切れ味鋭い批評眼とユーモアを持つコラムとで、没後10年以上を経た今も多くの人から仰ぎ見られる存在であり続けているナンシー関さんが遺した対談集の中から、10本を精選して収録した一冊です。はたして、どなたとの対談が選び出されているのか、ファンとしては楽しみです。

『「科学者の楽園」をつくった男 大河内正敏と理化学研究所』 (宮田親平著、河出文庫、8日発売)
河出文庫からもう一冊を。仁科芳雄、朝永振一郎、湯川秀樹、寺田寅彦などの傑出した才能が集っていた「科学者の自由な楽園」理化学研究所の、栄光と苦難の歴史を描いたノンフィクションの復刊。目下、妙な形で取り沙汰されている理研を、その始まりからの歴史から捉え直してみることにも意味がありそうです。まだ未読の本でしたので、これはぜひ読んでみたいと思っています。

『大衆宣伝の神話 マルクスからヒトラーへのメディア史』 (佐藤卓己著、ちくま学芸文庫、8日発売)
メディアをめぐる歴史のオーソリティである著者が、祝祭、イラスト、漫画、シンボル、新聞、ラジオなどのメディアを幅広く分析しながら、政治宣伝の歴史を綴った本とのこと。それらの歴史が現代とも関わっているのだろうか、という点からも、ちょっと注目したい一冊ですね。

『万国奇人博覧館』 (G・ブクテル、J-C・カリエール著、守能信次訳、ちくま文庫、8日発売)
「戦闘で失った片足を国葬にした大統領」「実在が疑わしい人物の年代記を作りあげてしまった歴史家」「へそから麦を生やした農夫」などなどなどなど。常人には思いもつかないようなオドロキの人生を送った有名無名の人びとのエピソードを満載した大著にして奇書がついに文庫化!1996年に出た元本を大喜びしながら読んだわたくしとしては、大いにオススメしたい一冊なのであります。日本からは大屋政子さんなどが登場。

『塩の世界史 歴史を動かした小さな粒』上・下 (マーク・カーランスキー著、山本光伸訳、中公文庫、23日発売)
古代の製塩技術、各国の保存食、戦時の貿易封鎖とともに発達した製塩業、悪名高き塩税、ガンディー塩の行進•••。人間の生活に必要不可欠な存在として、時に歴史を動かす源ともなった塩の歴史を、先史時代から現代まで辿った大著。こちらもなかなか興味深そうで楽しみな一冊(あ、上・下だから二冊か)であります。

『デザイン思考が世界を変える イノベーションを導く新しい考え方』 (ティム・ブラウン著、千葉敏生訳、ハヤカワ文庫NF、10日発売)
人びとが気づいていないニーズを探り出し、飛躍的な発想で生活を豊かにするという思考が「デザイン思考」。組織に持続的なイノベーションをもたらすというデザイン思考の、現代における必要性を語った本。もしかしたら、ビジネス以外にも通ずるところがあるかもしれない、という意味でも注目したい一冊です。

そして、以下の3冊は今月刊行予定の中からセレクトいたしました。

『音楽史と音楽論』 (柴田南雄著、岩波現代文庫、4月16日発売)
日本を軸にして東洋音楽、西洋音楽の歴史を人類史とともに共時的に比較しながら、古代から現代までの音楽の変遷の歴史を辿った画期的な一冊。幅の広い視野から音楽史を捉えた内容のようで、面白そうであります。

『旧暦で日本を楽しむ』 (千葉望著、講談社+α文庫、4月21日発売)
奥の細道で芭蕉が聴き入った5月には蝉はいなかった?七夕はなぜ梅雨の真っ只中?赤穂浪士の吉良邸討ち入りは12月14日じゃなかった?などなど、意外な話から旧暦の面白さと、日本人が忘れかけているように見える暮らしの中の情緒を蘇らせる一冊。以前、千葉さんがNHKのラジオでやっておられた陰暦のお話も大変面白かったので、こちらもぜひ読んでみたいところです。

『インタヴューズ』1・2 (クリストファー・シルヴェスター著、新庄哲夫訳、文春学藝ライブラリー、4月10日発売)
マルクス、ヒトラー、スターリン、アル・カポネ、ジョン・F・ケネディ、マリリン・モンロー、ジョン・レノンなど、世界の歴史を動かした巨星たちへのインタヴューを完全収録。単行本が出ていたときにも欲しかったのですが、買うのを逸してしまっておりましたので、文庫化はまことにありがたい限りです。

福島市「KatoFarm」の「mocoちゃんTシャツ」にほっこり♪

2014-04-08 22:36:28 | よもやまのお噂
福島県福島市にある農園「KatoFarm」さん。お祖父さんから農業を引き継いだ若きご夫妻によって営まれているお米農家です。
メインに栽培しているのは、福島のブランド米である「天のつぶ」。豊かな風味と粘りに定評があり、最近ではわが宮崎県の「宮崎牛」とともに、大相撲の優勝力士に贈られたりもしている名ブランドなのであります(ただ、残念なことに授賞の模様はなかなかテレビの中継時間には収まらないことが多いのですが•••)。
わたくし、ひょんなことからこのKatoFarmさんと、TwitterやFacebookを通じての繋がりができました。それらから発信される、農作業の様子から3人いるお子さんのことなどの話題を目にすることは、わたくしにとっては一つの楽しみともなっているのです。

そのkatoFarmさんのイメージキャラクターが、「mocoちゃん」です。

©KatoFarm

わたくし、この可愛らしいmocoちゃんの大ファンなのでありまして、これをあしらったキャラクター商品ができたらいいんだがなあ、などとかねがね思っておりましたら•••先月になって「mocoちゃんTシャツができました!」との知らせが。
よっしゃー!待ってました!ということで、喜び勇んで注文いたしました。

黒地に映える青色のmocoちゃんも、布地の質感もなかなかいい感じです。さっそく試着してみました。

うん、着心地もバッチリで、なんだかほっこりするような気持ちになりましたね。これからの季節、大いに着用していくことになりそうであります。•••ただ、こんなに可愛らしいmocoちゃんTシャツを着ているのが、パッとしない40越えのオトコというあたりに、いささかの難があるのですが•••。
このTシャツを皮切りに、もしmocoちゃんグッズがさらに発売されるようなことがあれば、それもしっかり買っていきたいですねえ。

Tシャツに添えられていたお手紙には、まだまだ大変なことはありつつも、決してあきらめることなく夢を持って進んでいきたいという、農園の皆さん、そして福島の皆さんの決意がしたためられておりました。それにも、なんだかとても嬉しい気持ちになりました。

福島をはじめとする東北などで被災した皆さんに、自分ができることは何なのだろうか•••。あの大震災からこのかた、折に触れて考えていたことでした。
被災した地域から遠く離れた宮崎に住んでいる身には、現地へ飛んでいくこともままならず、せいぜい募金や産品の購入といった限られたことくらいしかできずに、もどかしさを抱えておりました。
なんらかの形で、現地におられる方々との直接の繋がりがつくれないだろうか•••と考える中で始めてみたのが、TwitterやFacebookといったSNSでした。
そこで情報発信をしていくうちに、ささやかながら現地におられる方々との接点ができてきました。そして、KatoFarmさんと繋がることができました。
そこから徐々に見えてきたのは、震災や原発事故による痛手がまだまだ癒えない上、心ない風評被害にも晒されている中にあっても、少しずつ前を向いて進んでいこうとする、現地の皆さんのひたむきな姿勢でした。
KatoFarmの代表である加藤晃司さんは、農園のホームページでこのように決意を述べておられます。

「この福島市で農家をしている私は震災・原発事故があってこの土地の農業がどうあるべきか日々悩みながら現在に至ります。今思うことは消費者の皆様に安心なものを提供できるように最善を尽くすことが重要だということです。この努力を継続しこの土地を守っていく!その心を大事にしています。」

このひたむきな姿勢に少しでも応え、自分のやれることで支えていくことこそ、被災した地域から離れたところに住むわれわれがやるべきことなのではないか•••。そう思うのです。
と、偉そうなことを言っていても、まだわたくしはKatoFarmさんのお米を頂いたことがないのでありまして•••。あくまでも農園の本領はお米なのですから、今度はお米を注文して、たっぷりと食してみたいと思っております。


福島と宮崎は遠く離れてはおりますが、今やKatoFarmさんは、わたくしの中でとても身近で大事な存在であります。これからも、おせっかいにならない程度に応援させていただけたら、と思います。

mocoちゃんTシャツは、色とサイズが複数あるとのことですので、気になる方や購入したいという方は、どうぞKatoFarmさんのホームページへお問い合わせくださいませ。もちろん、お米の直販もございますよ。
http://katofarm-f.jp/
また、こちらの動画もぜひ。代表の加藤晃司さんの、熱い志と心意気に触れていただけたらと思います。妻で副代表の絵美さんがアドバイスする、「天のつぶ」のおいしい食べ方のコツもお見逃しなく(後半で紹介されるいわき市の「ししゃもキクラゲ」もなかなかいけそうです)。
http://youtu.be/H4HbPp8EJ3U

【今週の箸休め本】『珍島巡礼』 やっぱり島は面白い!豊富な写真と情報も楽しいムック本

2014-04-07 23:10:26 | 本のお噂

『珍島巡礼』
イカロス出版(イカロスMOOK)、2013年

かっちりした本を読む合間などに「箸休め」的に読んだ本をご紹介する「今週の箸休め本」。
前回からすでに2ヶ月以上経っているので(苦笑)、再度ご説明しておきますと、箸休め本といっても決して下に見ているわけではございません。軽く読めながらもいろいろなことを知ることができ、なんだかトクしたような気持ちになるような本というのもあるわけでして、そういった本をご紹介しようということなのです。また、「今週の」と言いつつも毎週ご紹介するということではないということを、くれぐれもお断り申し上げておきます。

さてさて、今回ご紹介するのはこの『珍島巡礼』というムック本です。
大小さまざまな島からなる島国・日本。その数なんと6852にも及ぶ数多くの島の中から、自然の絶景を誇る島や、知られざる歴史やユニークな伝統行事を持つ島などを、豊富な写真とともに50島以上紹介した一冊であります。

第1章は「島の自然が作る絶景」。世界的に見ても珍しい動植物に恵まれた父島・母島(東京都)、樹齢2700年の「縄文杉」をはじめとした巨木に圧倒される屋久島(鹿児島県)、日本で唯一の砂漠が広がる伊豆大島(東京都)などがここで紹介されます。
1983年の大噴火を含め、20年に1回のペースで噴火が起きている三宅島(東京都)では、今でも有毒ガスにより立ち入りはできないエリアがあり、島内ではガスマスクの携帯が義務付けられているということを初めて知りました。

第2章は「島で見る近現代の歴史」。ここでなんといっても目を引くのは、「軍艦島」の別名で知られている長崎県の端島(はしま)。かつては炭鉱の島として栄え、最盛期には5000人以上が高層住宅で暮らしていましたが、炭鉱の閉山とともに無人島となり、さまざまな建物の廃墟だけが残るという、あの島です。
人気、知名度とも高い島だけあって、軍艦島を紹介したページは写真や資料を含めてなかなかの充実ぶりです。中でも島の建物を図示した見取り図には見入ってしまいました。一つ一つの建物の用途や建築年が記されたそれを見ると、建物の配置にはちゃんとした意味があったことがわかったり、島の発展の歴史が垣間見えたりして、まことに興味の尽きないものがありましたね。
この章では他に、日本最西端の地である与那国島(沖縄県)における、戦後の密貿易についての記述も面白いものでした。米軍キャンプから盗み出した銃火器や配給物資を台湾や香港に売って儲けたという闇景気を牽引したのが、なんと女性だったとは!

第3章は「島の伝統行事・芸能」。ここでは大三島(愛媛県)の神社で年2回行われる神事に注目です。土俵に上がった力士が、誰にも見えない相手に真剣勝負を挑むという、文字通りの「一人角力」。見えない相手は稲の精霊で、豊作祈願と収穫への感謝を表す由緒正しい神事なのですね。
この「一人角力」、以前NHKのニュース番組の中で見たことがあったのですが、力士役の男性がいかに見る人に喜ばれる「勝負」を見せるかに腐心している様子が伝わってきて、これはなかなかのエンタテインメントだわい、と思ったものでした。一度でいいから目の前で見てみたいものです。
他に見逃せないのが、福江島(長崎県)で行われる「へトマト」なる民俗行事。妙な語感の名前の由来も起源も一切不明というこの祭り。神社での奉納相撲から始まって、女性2人がなぜか酒樽の上に乗っかって行われる羽根つきや大綱引きなどの催しが脈絡もなく続き、最後の神社への大草履奉納では、道中で未婚の女性を見つけては草履の上にポンポン放り上げて胴上げするというおまけ付き。ホント、何から何までなんだか意味がわからないのであります。

第4章は「なかなか行けない島」。渡航手段は週2回の船便だけという南の秘境、トカラ列島(鹿児島県)や、台風などでたどり着けないことも多く就航率は50%という利島・青ヶ島(東京都)などが登場します。また北方領土(北海道)や竹島(島根県)、尖閣諸島(沖縄県)といった国境問題を抱える島々も、ここで紹介されています。

第5章は「さまざまな埋立地」。ここでは中央防波堤埋立処分場(東京都)や、1975年の沖縄海洋博の会場となったアクアポリス(沖縄県。ただし2000年に撤去され消滅)、関西国際空港(大阪府)などの空港島といった人工の島を紹介。コラムでは空港島の作り方も説明されていて、これもなかなか興味深いものがありました。

最後の章が「その他のおもしろ島々」。ここではやはり、住民よりネコの数のほうが多いという、ネコ好きにはまさに天国のような田代島(宮城県石巻市)に注目です。東日本大震災による大津波はこの島にも容赦なく押し寄せたのですが、ネコたちの多くが島の中央にある「猫神社」へ逃げ延びて無事だったとか。この田代島、いつか訪ねてみたいなあ。

本書は写真だけでなく、コラム記事を含めて文章による記述も豊富で情報量が多く、それぞれの島の持つ面白さや興味深さがしっかりとわかりました。
島への憧れを持ちながらも、なかなか時間などの都合で行けずにいるわたくしは、読みながらあらためて「やっぱり島って面白い!」という思いが募ったのでありました。


【関連オススメ本】

『原色 日本島図鑑 日本の島443 有人島全収録』
加藤庸二著、新星出版社、2013年(写真は2010年刊行の旧版です)

日本全国の島々を踏破している著者が、人が住んでいる島すべてを写真と文章で紹介し、あわせて地図や基本データを付した、まさしく島のエンサイクロペディアです。島好きにとっては座右に置く価値あり。掲げた写真はわたくしの手元にある旧版ですが、2013年に北方領土や竹島、尖閣諸島などを増補し、データを最新のものに改めた新版が出ています。


『離島の本屋 22の島で「本屋」の灯りをともす人たち』
朴順梨著、ころから、2013年

北海道の礼文島から、沖縄県の与那国島まで、22の島々で島民のために本を届けようと奮闘する本屋さんを訪ね歩いたルポルタージュです。一編一編は短めながら、それぞれの本屋さんの日常と、島の人たちの生活や風土が、暖かな視線とともにしっかりと浮かび上がってくる好著であります。




NHKスペシャル『人体 ミクロの大冒険』第3回「あなたを守る! 細胞が老いと戦う」を観る

2014-04-06 22:58:53 | ドキュメンタリーのお噂
NHKスペシャル『人体 ミクロの大冒険』第3回「あなたを守る! 細胞が老いと戦う」
初回放送=2014年4月6日(日)午後9時00分~9時49分、NHK総合
テーマ音楽=葉加瀬太郎、音楽=羽毛田丈史
出演=山中伸弥・野田秀樹・阿川佐和子・山本舞香
語り=首藤奈知子


『人体 ミクロの大冒険』シリーズ最終回のテーマは、細胞の「老化」と「死」。すでに人生後半戦に突入しているわたくしにとっても、なんだか気になるテーマなのでありました。

イタリアのサルデーニャ島。長生きの高齢者が多く、100歳を超えてなお元気な方も少なくないというこの場所で、延べ3000人の血液を採取して調べたところ、免疫細胞が20代と同じように効果的に働いていることがわかったとか。
全身に2兆個あるという免疫細胞。骨髄の「ニッチ」という場所で、1日に1000億個作られるといいます。
その免疫細胞の「司令塔」といえる存在が「T細胞」。体の中に入ってきた異物を、まずは樹上細胞が捕らえてT細胞のもとへと運びます。それがもし有害な病原体であると判断されると、T細胞は「サイトカイン」という物質を放出して他の免疫細胞に命令を下し、それを受けたマクロファージが病原体をどんどん食べていく•••。免疫のシステムは、このような見事な連携プレーによって、われわれの体を守ってくれているのです。

ところが、その免疫細胞が「暴走」を引き起こすことが、人が老いていくことの原因となることが明らかになってきたというのです。
大阪大学のバイオイメージング技術が、その「免疫細胞の暴走」を世界で初めて映像に捉えていました。そこには、マクロファージが、正常であるはずの肝臓の細胞にビッシリと群がり、攻撃している様子が鮮明に映っていたのです。
このマクロファージ、血管に貼り付いて血管の流れを滞らせることにより、動脈硬化の原因をつくってしまいます。また、メタボリック症候群も、免疫細胞の老化が関わっているとか。

なぜ免疫細胞は「暴走」するのか。それは、判断力を失ってしまったT細胞により放出されたサイトカインにより、全身のあらゆる箇所が「攻撃対象」となってしまうためでした。
骨髄で作られたT細胞は、まず心臓の上にある胸腺に送られ、溜め込まれます。このときのT細胞の表面には、異物を見分けるための「アンテナ」となる突起物が、既にビッシリと生えています。それは、さまざまな病原体に対応できるようにランダムに生み出され、それぞれが違う形の「アンテナ」を持つように特化されています。
ところが、これらT細胞は胸腺によって厳しい選別がなされ、その大部分は胸腺の壁で破壊されてしまいます。生き残るT細胞はわずか5%以下。こうして厳しく選別された精鋭たちが、病原体攻撃の前線へと送られていくのです。
そのようにT細胞を選別する胸腺は、なんと思春期を過ぎる頃には働きを止めた挙句になくなってしまいます。その結果、T細胞は一切補充されなくなり、やがて判断力を失っていった挙句に暴走していく•••というのが「老化」の正体でした。

この「免疫細胞の暴走」に挑戦しようという動きが始まっています。
番組の出演者でもある山中伸弥さんが属している京都大学は、iPS細胞を用いてT細胞を人工的に生み出し、大量に培養することにより免疫の暴走を抑えようとする試みに取り組んでいます。
また、再生させることは困難であった心筋細胞に「細胞シート」を貼り付け、壊死した心筋細胞を再生させようという治療法も実用化されてきています。細胞自身の力を活かした、再生医療の幕開けです。

番組のおしまいのほうで、山中さんはこのような趣旨のことを語っておられました。
「自分自身は老衰となって死んでいくのが理想だが、まだそこまで至らないのに、事故などで苦しい思いをしている人たちもいるので、それをなんとかしたい。運命には変えられないものもあるけれど、変えられる運命は『運命』ではない」
もちろん、番組で紹介されていたiPS細胞を用いた試みはまだまだ研究段階なのですし、これが免疫細胞の「暴走」への切り札になれるかどうかは、まだまだ未知数でしょう。これは、ぜひとも研究の進展を待ちたいところです。また番組中でも話題にされていたように、どこで線引きをするのかということも、しっかりとした議論がなされてしかるべきでしょう。
ですが、山中さんが語った「変えられる運命は『運命』ではない」という言葉を、わたくしは信じてみたいとも思うのです。
再生医療に限らず、変えられる運命を少しでも変えようと挑戦していくことが、人間と社会の進歩と向上に繋がっていくのですから。

シリーズを通して観て、生体の中の様子をつぶさに観察できるバイオイメージング技術の進歩が、人体におけるさまざまな未知の部分を解明していっていることに、素朴な驚きとワクワク感がありました。
これからもさらに、人体という小さな宇宙の未知の部分が、いろいろと明らかになっていくことでしょう。まだまだ、驚きとワクワク感を味わうことができそうですね。

ETV特集『和僑(わきょう) ~アジアで見つけるボクらの生き方~』を観る

2014-04-06 07:59:26 | ドキュメンタリーのお噂
ETV特集『和僑(わきょう)~アジアで見つけるボクらの生き方~』
初回放送=2014年4月5日(土)午後11時00分~11時59分、NHK Eテレ
語り=堀越将伸
製作=NHK、アジアンコンプレックス


日本を飛び出し、アジアでビジネスを展開している「和僑」と呼ばれる青年たちが増えているといいます。この番組は、成長するアジアの熱気に身を置きながら、現地の人びとに溶け込み、自らの可能性に挑戦し続けている「和僑」たちの姿を追っていきます。

お客から言われるがままのヘアスタイルを仕上げるだけの仕事に疑問を持ち、提案型のヘアスタイリストを目指すべく、カンボジアのプノンペンで開業している美容師の男性。そこで、かつてのポル・ポト独裁政権時代に「長い髪は農業には向かない」と短い髪を強制された反動から、女性たちが皆ロングヘアにしていることに衝撃を受けた男性は、短い髪にプラスの価値を与えようと、あえてショートヘアを提案するのでした。

やはりカンボジアのシェムリアップで、土産物のお菓子を製造する会社を経営する女性。厳格な時間管理や、日本式の「報・連・相」の徹底を従業員に求めながらも、無料の託児所を設けるなど福利厚生にも力を入れています。働くことで一人一人が自信と居場所を得られるようのするのが、その経営姿勢。それに共鳴して、日本から新卒でやってきて就職したという女性も。

左手の先がないというハンデがありながらも、日本人があまり行かないような国々でプロサッカー選手として活躍し、現在はタイのバンコクでサッカースクールを経営する男性。本業のかたわら、ハンデのある子どもたちに無償でサッカーを教え、子どもたちから慕われていました。

プノンペンで工場を経営するかたわら、スラム地区への支援にも取り組んでいる男性。日本からやってくる学生たちのスタディツアーの受け入れも行なっていて、スラム地区の現実を知ってもらおうと、男性は学生たちをスラム地区や孤児院へと引率するのでした。

「閉塞感」と「平和ボケ」に包まれる日本を飛び出し、「あえて自分にとって一番不安定なところへ」と、プノンペンのIT企業で働く男性。学生時代に農村でのNGO活動に関わった経験を活かし、農村の人たちに就職の選択肢を増やそうと農村の若者たちに英語や日本語、パソコンなどを教えています。そして、その教え子の中から何人かを、自らの働く会社へとリクルートするのでした。

とりわけ、わたくしの印象に残ったのは、タイのバンコクで大阪風居酒屋を3店舗経営する男性の話でありました。
かつては地元の大阪で6店舗の居酒屋を経営していたその男性。気軽にお客に声をかけて会話する親しみやすさから常連客を増やし、面倒見のよい兄貴肌で従業員たちからも慕われていました。
しかし、居酒屋激戦区に出店したことから、低価格と過剰なサービスを争う消耗戦に巻き込まれることになり、男性の姿勢は変わっていきました。ひたすら細かいことをチェックしては口うるさく改善を要求する姿勢に、兄貴肌を慕っていた従業員は次々と去っていきました。
限界を感じて店舗を畳み、タイへとやってきた男性は、タイの人びとの明朗快活さに惹かれ、この地でもう一度やり直すことを決意。手持ちの資金をすべてつぎ込んでバンコクに居酒屋を開業したのです。
かつての失敗を活かし、従業員への過剰な指示は排して、共に楽しみながら働くという姿勢で臨んでいる男性。来店したすべてのお客さんとの気さくな会話にも力を入れ、現地の人びとの気持ちもしっかりと摑んでいるようでした。
タイに永住しようと思っているという男性は、こう語りました。
「日本の飲食業界は、原点からズレてきていると思う」

飲食業界に限らず、あらゆる方面が「原点からズレて」いるように思える昨今の日本。そんな中で、この番組に登場した「和僑」たちは、働くということ、そして生きるということの「原点」を、それぞれの形で模索し、実践しているように見えました。
そして、観ていてしみじみと感じたのが、生きる場所を一つの場所だけに限ってしまう必要はないのではないか、ということでした。
もちろん、外の世界に飛び出したからといって、必ずしもうまくいくとは限りません。でも、一つの凝り固まった価値観に浸りきりながら、いま生きている限られた場所、狭い世界の中で行き詰まって悶々とするくらいなら、外の世界(それは何も海外に限ったことでもありませんが)に飛び出していくという選択肢があってもいい、と思えたのです。
自分自身のこれからの生き方についても、考えるためのヒントを与えてくれたドキュメントでありました。