私(わたくし)は幼稚園児の頃、いわゆる「お遊戯」と言いましょうか、もっとはっきり言いますとお歌に合わせて踊ったりするのがとても嫌でした。
ホントに恥ずかしかったですよ。照れるとかじゃなく恥ずかしいんです。
子供だからって、男の子ですよ。手に花の飾りつけて恥ずかしいポーズとらされるのは子供心にツライものがありました。
その後小学生の時にも運動会の時に、同じように手にボール紙でこしらえたお星さまをつけて踊らされたんですが、ホント抵抗ありました。
周りのみんなは普通に踊ってましたけど、何の違和感もなかったんですかね。
先生のオルガンに合わせて歌う童謡も嫌いでした。
歌に興味が無かっただけかも知れませんが、単に「幼稚」だというイメージを持ってたかも知れません。
幼稚園児のくせに「幼稚」なことを嫌うようなとこがあったんです。
私(わたくし)は幼い頃より「よちよち言葉」で話されたり、さほど大したことでもないのに褒められたりお利口さん呼ばわりされることが嫌だと感じていました。
決してそうではないのは分かってるんですが、「バカにしてんの?」という感じでした。
だがしかし、これって相手が子供と思ってそういう言い方してるワケですからね。見方によってはやはりバカにしてるところがあるんじゃないですかね。
私(わたくし)、こういった経験から、もし自分に子供ができたらまず「よちよち言葉」で話すようなことはしません。
次に子供として扱うべき場面以外は、余計な子供扱いをしないように心がけます。
そして当然、我が子に「ちゃん」付けなどしません。
給食費も払います(これは当たり前)。
我が子を千尋の谷に突き落とすようなことはしないまでも、旅はさせたいですね。
子供を「可愛がる」と、子供を「甘やかす」の違いが分からないオヤゴサンが多い今日この頃。私(わたくし)は「可愛がる」方を選びます。
富士山はとても雄大で、スケールの大きいものが好きな私(わたくし)にはとても魅力のあるものです。
そんな富士山を見たくて毎日その方向を見るわけですが、思った以上になかなか現れてくれませんでした。
島にいる間に見る事ができたのは、おそらく3~5回くらいだったかもしれません。
ある日、昼の中抜けの時に、港のあたりをブラブラしてると携帯が鳴りました。なかじい君からです。
「おしるこ食べに行きませんか?」
と、いうことで小高いところに建っている一軒の食堂に行きました。
その時、確かおしるこは食べられなかったと思うんですが、だがしかし窓に面した席に着くと見事に晴れた空に映える富士山を見る事ができたのです。
その時の富士山は、季節的にまだ雪で真っ白でした。
着いた席には双眼鏡が置いてあって、それでウォッチングしたりですね、それはもう飽くことなく眺めてましたね。
しかしホント大きいですね。日本一の山です。
「期待を裏切る」とかではなく、人としてやってはいけないほうの「裏切り」です。
「裏切る」という言葉は日常的な言葉ではないと思うんです。
しかも、当時は小学5年生でしたからね。そういう言葉自体、それこそテレビのワンシーンでしか聞く事がないような言葉です。
日常的でない言葉というのは、言われてもあまり実感が無かったりします。
裏切ったと言われても、実感がなければ当然反省もしませんが、この時の私(わたくし)は違いました。
冗談のつもりで言った一言だったのですが、まずそれによって彼が泣きながら私(わたくし)に向かってきました。
私(わたくし)も、冗談のつもりで言ったことに対してかかって来られて、最初はそれに対抗しました。
先生を交えたクラスメートとの話し合いで、逆切れして相手にビンタするといった、少々強引な所もある私(わたくし)です。
冗談を真に受けやがってという感じでした。
すると、彼のクラスメイトが2人ほど来て、彼が泣いてるので事情を確認しようとしました。
この二人は彼をかばうように私(わたくし)に”口撃”してきました。
その時、”口撃”を否定するように彼は言ったのです。
「ただ、コイツが裏切ったのが許せん・・・」
泣いてた意味を、この時ようやく悟ったのです。
子供の頃って、泣くと言えば叱られたり怪我して痛い時とかくらいでしたからね。それ以外の事で泣く事ってそう無いと思います。
よほど悔しかったんでしょう。そういう類の涙って、その時初めて見ました。
その涙が、「裏切り」という言葉に実感を持たせたのかもしれません。私(わたくし)はもはや何も言えず、ただ立ち尽くすだけでした。
たとえ冗談であっても、「裏切る」ような事は言ってはならないとその後反省し、人を裏切る事は絶対やめようと今日まで生きてきました。
ペットショップに行きました。
もちろん買うためではありません。「見るだけ」のためです。
子犬がおりました。子犬はこんなに可愛いものかと思いながら見つつ、子猫もさがしたんですが、残念ながらそのショップは子犬オンリーでした。
しかし、見てると本当に飼いたくなります。
だがしかし飼いません。
理由と言えば、それは留守にできなくなるからです。
私(わたくし)は旅が好きなので、そういった時に1日2日くらいならいいとして、それ以上の旅に出づらくなってしまうのでダメなのです。
犬の場合だと、飼い始めるとそれから犬の寿命(15年前後)までは犬と共に生きなければなりません。
その覚悟ができないので飼う資格はありません。
しかし、今日ペットショップで見てて思った事。
ショップにいたのは生まれて1~2ヶ月の子犬が殆どだったのですが、こいつら生まれてすぐ母親から離されてかわいそうだと思いました。
そして、「この狭いケースの中から出してやりたいなー」と思ったのです。しかしそれをするには10万円以上の銭に加えて「覚悟」と「責任」が必要なのです。
ペットとして売られてる犬などを見てて、カワイソウと思ったりもするが、よく考えてみるとコイツらが生きていくにはペットとして飼われる以外は生きる場所ってないんだなーと思いました。
”飼いたい”と思ってしまった私(わたくし)ですが、しかしやはり動物を「飼う」ということに対しては、「人間のエゴ」という感覚は拭えません。
人間てのはやはり勝手な生物なんですね。
私(わたくし)が島のリゾートホテルでのバイトを終えるまで
残り2週間くらいでのことだったと思います。
その日も、仕事の終わりにいつものように厨房でみんなと
まかないを食べていたんですね。
すると、どういう流れからその話になったのかは知りませんが、
「あの部屋、今だれが住んでるの?」という話が聞こえてきました。
「あの部屋はヤバイ」とか、「あそこには行きたくない」とか、「もう、入ったと同時に嫌な感じがする」みたいに話してるんです。
私(わたくし)たちが住んでた寮は、私(わたくし)が入る前には「よく出た」という話が頻繁にあったということは聞いていました。
その、まかない食べてる時に話してた人たちは、私(わたくし)たちのような派遣ではなくホテルの正規の従業員なので、私(わたくし)たちとは別の寮に住んでる人たちだったんですが、どうやら問題の部屋は私(わたくし)たちの寮のようです。
しかも話が進むにつれ、それが私(わたくし)自身が寝てる部屋だということが判明しました。
その時話していた人たちは私(わたくし)が使ってる事は知らず、その人たちと私(わたくし)とは、からかったりからかわれたりするような間柄でもありません。
私(わたくし)が寮に帰るなり同居人に確認しましたところ、やはり問題の部屋は私(わたくし)が寝てる部屋ということでした。
少しはその部屋についての過去の話は聞いてましたが、数人の人が口をそろえて「ヤバイ」と言うのを聞くと、ホントにヤバイと思わざるを得ません。
しかも私(わたくし)に直接言ってるワケではなく、普通の会話でそう言ってるのです。冗談っぽくないでしょう。
ずっと前からいる同居人の話によれば、私(わたくし)が入る以前まで霊感の強い人が一人いたらしく、その人がいた時にはすごく頻繁に「出た」らしいです。
結局、私(わたくし)は最後までその部屋を使う事になるのですが、幸い何事もなく過ごす事ができました。
7つほど年上の人がいたんです。
この人には2~3歳の息子さんがいたんですが、ワケあって離れて暮らしてるようでした。
まあこの人には、色々な話をしてもらいました。
本人曰く「叩けばどんどんホコリが出てくる」ということで、それだけ過去に色んな事を経験されてました。
妹さんがおられて、その妹さんに苦労させまいとキツイ仕事も結構されてたようで、腕っぷしも良かったです。
ある日、その妹さんがその人の息子さんを連れて島にやってくるということで、私(わたくし)が寝室にしてた部屋をその日一日、貸してほしいと頼まれました。
もちろん、親子の再開に水が入らないようにするためにはそれが一番の方法だったので快諾しました。
島にバイトに来る人はそれぞれ色んな事情を持ってます。
私(わたくし)はその日まで、その人がなぜ我が子と離れて暮らしてるのかなどと、あまり気にしていませんでした。
その日の晩、部屋に戻るとその人は陽気に酒を飲んでました。
いつもに比べて様子が変だと思ったのは、酔ってるせいだったからでしょうか。私(わたくし)はその人が酔ってるところをその時初めて見ました。
本当のところは分かりませんが、私(わたくし)には悲しみをまぎらわせてるように見えました。
久々の我が子との対面。僅かな時間とはいえ嬉しかったに違いない。
しかしそれは同時に別れる時の辛さに比例する、と私(わたくし)は思います。
だがしかし、そういうんじゃないような、なんかもっと深い事情があるように感じました。
その時私(わたくし)はそう感じて、その人になんかしてあげたいと思うんですが、でもどうしていいやら分からず、切ない気持ちになりました。
島にバイトに来る人はそれぞれ色んな事情を持ってます。
それに踏み込めない、踏み込むべきではない時もあります。
私(わたくし)は、ただその場にいて気の紛れる話を聞いてあげることしかできませんでした。
今思えば、それで良かったんだと思いますけどね。
瓶のコーラはまだ普通に商店などに売っていました。
当時はまだ小遣いなんて貰ってなかった私(わたくし)には
無縁のシロモノで、その時コーラの会社がやってたキャンペーンなど当然知るはずもなかったんですが、
「ミニチュアのコーラのボトル」のキーホルダーの存在は知ってたんです。
私(わたくし)はそれがとても欲しかったんですが、商品を買ってハガキで応募しなければならないと思ってたんですね。
そしたらある日、見知らぬ新聞配達のお兄さんが、そのキーホルダー持ってたんですよ。
当時はまだ子供だったので、率直に「ちょうだい」って言ったんです。
だがしかし、そう簡単にくれるわけがありません。しかも見知らぬ子供ですからね。
こっちもダメモトですが、ひょっとすればという思いからしつこく食い下がります。
「今度もう一つもらったらそれをあげる」ということになったので、ようやくお兄さんを解放してあげました。
私(わたくし)はその時は正直あまり期待してなかったと思います。しつこい私(わたくし)から”逃れるため”のその場しのぎくらいに思ってたかもしれません。
しかし、その日の晩。
だれかが訪問してきて、対応する母にその人は「約束したので・・・」と言ってるのが聞こえました。
なんと、あのお兄さんが私(わたくし)の憧れの「コーラのボトルのキーホルダー」をちゃんと持ってきてくれたのです。
白く細長い小さな箱に入ったそれは、まぎれもなく新品のキーホルダーでした。
お兄さん、仕事を終えてその足で持ってきてくれたようです。
おそらく私(わたくし)との約束のために、わざわざコーラを飲んできてくれたんだというのが母の推測でした。
その時の私(わたくし)は、突然その日のうちに来てくれた驚きの方が、キーホルダーを手にした喜びよりも勝ってたかもしれません。
私(わたくし)は幼い頃は人のことをあまり信用しない奴でした。
それは育った環境による影響が大きいと自分では思ってるんですね。家族に結構からかわれてましたから。
だから、自分に子供ができたら子供をからかったり、たとえ納得させるためであってもごまかすような事は言わないようにしようと思ってます。
あの時、キーホルダーをわざわざ持ってきてくれたお兄さん。
見ず知らずでしつこい私(わたくし)に対し、「約束」を守ってくれたお兄さん。
今でも忘れません(顔は覚えてないんですが)。
そして、あの時以上に感謝してます。
島のリゾートホテルでのバイトの時に、同じ派遣会社から派遣されてるこづえさんという人がいました。
こづえさんは、ハツラツとしたお姉さんという感じの人で
曲がり角の向こうから”カッ、カッ、カッ”という足音が聴こえただけで
「あ、こづえさん・・・」って判るような、そんな感じの人です。
こづえさんは私(わたくし)のことを「イタさん」と呼んでました。
それは私(わたくし)が働く和食の厨房で、食器洗浄を担当しているにもかかわらず、私(わたくし)が一番板前っぽい(または演歌歌手)と言われてたくらい、当時の風貌がそうだったからです。
こづえさんとは特に親しかったわけではなかったんですが、
たまたま休日に島を出る時、同じ船に乗り合わせて、少し話することができました。
島にバイトに来てた人たちは、それぞれ色んな事情をもっていました。
こづえさんの場合は、「アクセサリーを作るため」ということでした。
アクセサリーを作って、知人のお店に置いてもらったり、
自身も身に付けておられました。
こづえさん曰く、「新作を作ってても、出来上がったと同時にそれはもう古いもの」というようなことを言っておられました。
うーむ、なるほど・・・。
量産して売ればお仕事として成り立つんじゃないんですか?
と、ぶしつけな質問をしたら
工期やらその他色々な事に縛られてしまうのが嫌だって言ってたかな。
今も作っておられるんでしょうか。
島のリゾートバイトでのイベントの一つに、
「うみ会」というのがありました。
どんなことかと言えば、まかないの残り物などの食べ物と、ビールを持ち寄って、海岸でやる飲み会のような感じです。
この島は、海岸といっても岩場ばかりで、私(わたくし)たちが飲んでいたのはその岩場から少し高いところにある防波堤のような場所でした。
しかし「夜遊び」っていうのは、なんでこう、ワクワクするんでしょうね。
防波堤から岩場に降りていくと、岩場に何か光の粒が動いてるじゃーないですか!
ホタルの光よりさらに小さいその光の正体とは・・・?。
何だったんでしょうねー。誰も知りませんでした。
ちなみに私(わたくし)が点々と光る岩場を見て
「飛行石!・・・」とつぶやくと見事にウケました。
ちなみに「飛行石」とは、スタジオジ○リの
「天○の城ラ○ュタ」という作品に出てくる光る石です。
体がだるく、咳が少し出ます。
体温は計ってませんが、あっても微熱くらいでしょうかね。
私(わたくし)は、風邪をひいた時には徹底して回復に努めます。
まず、寝ます。
そして、とにかく食べたくなくても何か食べます。
消化の良さそうなもので、おかゆなんかベターなんですが、作ってくれる人がいなければ今の時代、ゼリー飲料(ウ○ダー・インとか、カ○リーメイトなど)が手っ取り早いでしょう。
今はそういった栄養補給系の飲料などはコンビニに行けば揃ってるので、良さそうなものを自由にチョイスできます。
あと、ヨーグルトやプリンなど、食べられそうなものをとにかく食事時間に食べるようにします。
薬は基本的には服用しませんが、栄養ドリンクは寝る前に一本飲んでおきます。
寝てると汗をかくので、マメにシャツは着替えます。これ重要です。
それでだいたい丸二日で回復します。
場合によっては、のど飴や生姜湯などに頼ることもあります。
風邪を予防する為にはやはり、手洗いうがいをきっちりしておかないといけませんね。