多肉ちゃんカランコエのモコロンが花を咲かせたよ。
育ててる人間に似て可憐で可愛い花よね、くけけけけ(笑)
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モノスヤです
今日、出稽古に行ったならば。
D君Mちゃん兄妹の母、Kさんから「魔法の杖」の話聞いた。
「魔法の杖」、なんだろそれ。
スルーすれば、それで済む話だったのだけど気になって。
「魔法の杖って何ですか」ってKさんに聞いたら。
「先生!魔法の杖、知らないんですか!?」
「(知らねーよ、と内心。)」無言で、コクコク頷く。
「鏡リュウジさんの!!」
その鏡リュウジさんなら知ってます。占い師の、でしょ。
どうやら、その御方の御書らしい。
これ。(←サイト版なり)
まず深呼吸をして精神を集中させる。
イエスかノーで答えられるような質問を考える。
問いがはっきりしたら、それを繰り返す。
(口に出しても出さなくても大丈夫)
そして、もう一度心を静めて集中。
ここだ、と思うところで円をクリック。
質問に対する答えがそこにあるはず。
というのが説明なる。
それでKさんが一昨日だか、
その魔法の杖を開くと何か良くないことが起こるとか。
書かれていたんだって。
そうしたら次の日だか、
車のホイルカバーが走行中に外れパンクしたんだって。
魔法の杖!当たってて怖いって!!
そうかなあ。
そうと思えば、そうだろうし。
そうじゃないと思えば、そうじゃないだろうし。
ま、どっちでもいいんだけどね。私にとっては。
これも占い、の一種なのかな。
いろんな占いが、あるもんだね。
直感、第六感。インスピレーション。
私も、それは信ずるほうだけどもさ。
それに関して他人に、とやかく言われたくないわな。
たとえ相手が鏡リュウジであっても(←知人じゃないが)。
そういいながら、
(本を買う気は、まるでないけど。)
サイトに見つけたのでやってみる。
答えは。
『手相占い師によれば、あなたはもっと想像力を信頼すべきだという暗示です。』
その一文に続けて。
夢は現実になります。
手相占い師って、どこの誰よと思いつつ。
夢は現実になる?いいじゃなあい!?
私の描いた質問は、
「私は踊りの道で立っていける?イエスかノーか!?」だった。
この道で立つ、が私の夢なのだから。
夢が現実になる=イエスと勝手解釈。
良い取り方しか、しませんよーだ。
結局良くも悪くも叶えていくのは自分自身なのだあ。
叶えてくれるのは鏡リュウジじゃないぞ(そりゃそうだ)。
占い師でも、ないぞ(当たり前だ)。
占いは好きだったんだけど、ある意味やりつくした感もある私。
(一時は占い師を目指しているのか、と思われるほどだったけど。)
母の生母は占い師の修行のために山籠りしたこともあるという血筋。
私の小さい頃は母R子も、
それはそれは占いに明け暮れる日々を送っていたもんだった。
(本業は、あくまで日舞指導者である。)
そんな私たち親子にとって、
いまは占いは暇つぶしの一つであって、ウケねらいの一つでもある。
結果なんて、どーだっていいのよーん♪
自分は自分なのだから。
自分の内なる声に耳を澄ますわーん♪
ってことで、
とあるメンバー募集に応募してみることにした。
新聞読んでて、あくまで直感である。
面白そう♪(←日々のほとんどは、この興味だけで占められている。)
選考が通るか通らないかは別として、
やらないよりはやるほうがよいでしょう。たぶんだけど(あくまで勘)。
結果は、あとから付いてくる(でしょう。たぶん)。
育ててる人間に似て可憐で可愛い花よね、くけけけけ(笑)
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今日、出稽古に行ったならば。
D君Mちゃん兄妹の母、Kさんから「魔法の杖」の話聞いた。
「魔法の杖」、なんだろそれ。
スルーすれば、それで済む話だったのだけど気になって。
「魔法の杖って何ですか」ってKさんに聞いたら。
「先生!魔法の杖、知らないんですか!?」
「(知らねーよ、と内心。)」無言で、コクコク頷く。
「鏡リュウジさんの!!」
その鏡リュウジさんなら知ってます。占い師の、でしょ。
どうやら、その御方の御書らしい。
これ。(←サイト版なり)
まず深呼吸をして精神を集中させる。
イエスかノーで答えられるような質問を考える。
問いがはっきりしたら、それを繰り返す。
(口に出しても出さなくても大丈夫)
そして、もう一度心を静めて集中。
ここだ、と思うところで円をクリック。
質問に対する答えがそこにあるはず。
というのが説明なる。
それでKさんが一昨日だか、
その魔法の杖を開くと何か良くないことが起こるとか。
書かれていたんだって。
そうしたら次の日だか、
車のホイルカバーが走行中に外れパンクしたんだって。
魔法の杖!当たってて怖いって!!
そうかなあ。
そうと思えば、そうだろうし。
そうじゃないと思えば、そうじゃないだろうし。
ま、どっちでもいいんだけどね。私にとっては。
これも占い、の一種なのかな。
いろんな占いが、あるもんだね。
直感、第六感。インスピレーション。
私も、それは信ずるほうだけどもさ。
それに関して他人に、とやかく言われたくないわな。
たとえ相手が鏡リュウジであっても(←知人じゃないが)。
そういいながら、
(本を買う気は、まるでないけど。)
サイトに見つけたのでやってみる。
答えは。
『手相占い師によれば、あなたはもっと想像力を信頼すべきだという暗示です。』
その一文に続けて。
夢は現実になります。
手相占い師って、どこの誰よと思いつつ。
夢は現実になる?いいじゃなあい!?
私の描いた質問は、
「私は踊りの道で立っていける?イエスかノーか!?」だった。
この道で立つ、が私の夢なのだから。
夢が現実になる=イエスと勝手解釈。
良い取り方しか、しませんよーだ。
結局良くも悪くも叶えていくのは自分自身なのだあ。
叶えてくれるのは鏡リュウジじゃないぞ(そりゃそうだ)。
占い師でも、ないぞ(当たり前だ)。
占いは好きだったんだけど、ある意味やりつくした感もある私。
(一時は占い師を目指しているのか、と思われるほどだったけど。)
母の生母は占い師の修行のために山籠りしたこともあるという血筋。
私の小さい頃は母R子も、
それはそれは占いに明け暮れる日々を送っていたもんだった。
(本業は、あくまで日舞指導者である。)
そんな私たち親子にとって、
いまは占いは暇つぶしの一つであって、ウケねらいの一つでもある。
結果なんて、どーだっていいのよーん♪
自分は自分なのだから。
自分の内なる声に耳を澄ますわーん♪
ってことで、
とあるメンバー募集に応募してみることにした。
新聞読んでて、あくまで直感である。
面白そう♪(←日々のほとんどは、この興味だけで占められている。)
選考が通るか通らないかは別として、
やらないよりはやるほうがよいでしょう。たぶんだけど(あくまで勘)。
結果は、あとから付いてくる(でしょう。たぶん)。