TOMATOの手帖

日々の生活の中で出会う滑稽なこと、葛藤、違和感、喪失感……などをとりとめもなく綴っていけたらと思っています。

初耳

2022年11月04日 | エッセイ
コロナ感染者の数も減ってきていたところに、全数把握も終了したので、ひと山超えたような、”終わった”感がしていた。
4時45分以降に発表される東京都の感染者数を確認する習慣も、いつのまにかなくなった。
外国人の入国規制緩和だの、旅行支援だのという景気のいいニュースが前面に出始めて、ニュースに占めるコロナの話題自体、少なくなった。
次世代向けワクチンを開発しているという話にいたっては、これから生まれる人たちのためのものであって、もはや無関係な感じがしてしまう。
が、よーく見てみると、ジワッジワッと感染者数は増えてきているのですね。
年末年始あたりには次の波が来るだろう、という予想は誰もがしていたと思うが、なんだか思っていたよりも早いペースである。

先日ポストを見ると、ラベンダー色のこぎれいな封筒がはいっていた。
最近ちょっと気分を変えようと、安売りしていたマスクを買ったのだが、その色と同じである。
なにかしら、と手にすると、5回目のワクチン接種券。
「え、なんで?」5回目なんて、全然全然全然聞いていなかったんですけど!それともわたしがぼんやりしていただけ?4回目だって、そうとう迷ったのに。
「ご」という響きのせいか、40代より50代のほうがずっと高齢のように思えるのと同じで、4回より5回のほうが、重く感じられる。
来年の1月〇日以降に接種できますというご丁寧な案内とともに、接種間隔は今後短縮されます、とも書かれている。
3か月間隔になるという話は小耳に挟んでいたが、ということは、1月〇日に接種したら、6回目は4月〇日に、7回目は7月〇日に……ってことだ。
延々とまわり続けるループ。
接種するから次の案内が届いてしまうというジレンマ。
3か月ごとに発熱したり筋肉痛がしたりおなかこわしたり……ってどんどん体が打ちのめされていきそうである。
60歳以上や医療関係者などにしぼっていた4回目枠を、まずは広げるのが先では?という”痛み分け願望”がもやもやと湧く。

重症化しないで済んだかどうかは、接種しなかった場合と比較できないのでわからない。
これだけ蔓延したのだからすでに1度ぐらいは感染したような気もするが、無症状で済んだのは、ワクチンのおかげか、それとも体質のせいか、それこそ、打たなかった場合と比較できないのでわからない。
感染者数の公表とワクチン促進は抱き合わせ。
発表をやめない限り、元の生活には戻れそうにない。
コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 桐子さんロス | トップ | 最終回 »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (一般人)
2022-11-05 13:01:42
死亡される方はまだ、いるし、北海道は7波なみに感染者は増えてるし、治療薬のない時代の結核と思うしかないですね。
3回目接種で、行動制限なし、と5回目接種は、岸田政権が、合理性を無視した罪でしょう。
返信する
Unknown (TOMATO)
2022-11-05 18:17:29
こんにちは、一般人さん

最近のゆるんだ感じは、まるでパンデミックが終わったかのような雰囲気です。
いい薬ができたのだから、ワクチンよりも、かかりつけ医で処方してもらえるようになるといいですね。治療につながるまでのハードルが高く、具合が悪いところにもってきて、やらなくてはならない手続きばかりが煩雑なのが気になります。
返信する

コメントを投稿

エッセイ」カテゴリの最新記事