今年8月6日に広島市で行われた平和記念式典での平和宣言で、松井市長は「核抑止論は破綻していることを直視する必要がある」と述べ、核による威嚇を直ちに停止し、対話を通じた安全保障体制の構築に取り組むよう訴えたが、ピンと来る話では無かった。
これについて松野官房長官も、「現実に核兵器などのわが国に対する安全保障上の脅威が存在する以上、日米安全保障体制のもと、核抑止力を含むアメリカの拡大抑止が不可欠だ」と述べ、核抑止力の有効性を主張した。
ロシアのウクライナ侵攻に際し、米国がウクライナへの強力な武器供与を逡巡しているのは、プーチン大統領の核使用を懸念しているからだと思うと、核抑止力は十分効果を発揮していることに間違いない。さて松井市長の核抑止論が破綻しているとの根拠がどこにあるのか、非常に知りたいところである。
ネットで調べると、多国間核軍縮交渉を前進させるための国連作業部会でオーストリアが提出した核兵器と安全保障に関する文章に、”人道的観点”と題する作業文書があった。長崎大学核兵器廃絶研究センターが、2016年2月22日暫定訳した文章のようであるが、その中に次のような文章がある。
近年の研究によって、例え”局限的な核戦争”であっても、それがもたらす大気や気候、食糧安全保障に対する中長期的な影響はこれまでの理解を超えてはるかに深刻かつグローバルであることが明らかになっている。短期的な人道上の危機のみならず、核兵器の使用がもたらす健康、経済、大量移民、社会秩序等に対する複合的で系統的な影響については、現状でも十分に解明されていない。
ここで指摘されるまでもなく、核兵器の使用に対し人道的な危機があることはよく理解でき、これを根拠に核抑止力の破綻を主張しているようだが、そもそも人道的な配慮に事欠くワンマン指導者には余り耳を貸す話では無いだろう。
プーチン大統領が核兵器に対する考えは、「ロシアが最終的に敗北し軍が壊滅的被害を受けた場合、ロシアは核兵器を使用するかもしれない」という見方が一般的だ。ウクライナ軍が、ウクライナ南部から東部を結ぶロシアが支配する回廊を断ち切れば、プーチン氏にとって軍事的にも政治的にも大きな敗北だろうが、最終的な敗北となるだろうか。この時ロシア国内でプーチン氏に代わる新たな勢力が出てこない限り、最終的な敗北とはならないであろう。プーチン氏であればこのような状況に陥っても、一時的な退避と強弁し、何年か後に再び戦争を始めるだろう。
プーチン氏は少なくとも国際的な感覚を有し、人道的は配慮も多少は出来るだろう。従ってプーチン氏が指導者である限り、核兵器使用の可能性は低いが、同時に戦争終結の可能性も低い。しかし、プーチン氏に代わり新たな勢力が台頭し、それが強硬派の場合には核兵器使用の可能性が高まる。強硬派は、北朝鮮の金正恩と同様に自国が滅びるときは世界が滅びる時と考えるであろうから。2023.08.30(犬賀 大好ー942)