ぼくは行かない どこへも
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気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

東北怪談同盟編 小田イ輔、須藤文音ほか著  渚にて あの日からの〈みちのく怪談〉  荒蝦夷

2017-07-25 23:29:28 | エッセイ

 先般、女川町の照源寺というお寺で、演劇ユニット・コマイぬによる「よみ芝居 あの日からのみちのく怪談」というものを観てきた。

 気仙沼市出身の須藤文音さんの作品が取り上げられるということで、これは、ぜひ、と思い立ったところだ。

 朗読されたすべての作品は、この本に掲載されたものだ。

 怪談、というと、常にはどうも食指が動かないのだが、文音さんの作品は読んでいて、深く心を動かされていた、これはいたずらに恐怖心をあおり立てるようなものとは対極にある作品だとは見ていたところで、相応の期待はしていたところだった。

 公演は、期待通りだった。というか、期待を超えていた。

 被災地女川で、被災した人々に寄り添い、こころを解放してくれるときとなりえていたと思う。一種の鎮魂の儀式となりえていた。

 儀式と言っているのは、形式ばった行事という意味ではない。あの場に集まった観客すべてが、ステージ上の出来事に集中し、惹きつけられ、一体化していた、と感じられた。本来の意味での宗教的な場となりえていたということだ。会場がお寺だったから、ということではない。

 被災地女川という場所で、集まった人々の思いがあり、そこに、演じる側、舞台を作る側の意図が投げかけられ、一個の奇跡的な時空が生まれ出た、というふうにいうべきなのだろうと思う。

 で、この本についてであるが、編者は、東北怪談同盟となっている。

 東北怪談同盟とは、東雅夫氏の解説によれば、

 

「そもそも東北怪談同盟とは、〈みちのく怪談コンテスト〉を催行するに際して、運営の実務を担当した鷲羽大介、黒木あるじの両氏らによって結成されたものだ。

 そこに同怪談コンテストの入選者である須藤文音、ジャパコミの両氏や、〈ピーケーワン怪談大賞〉入選組である勝山海百合、崩木十弐、根多加良の各氏、〈『幽』怪談実話コンテスト〉大賞の郷内心瞳氏、竹書房の怪談実話文庫で活躍する小田イ輔氏、さらには昔懐かしき(幻想文学新人賞)入選者である阿部喜和子氏と、いずれも青森、岩手、宮城という震災に見舞われた東北各県出身の書き手たちが参集し、こうして一冊の作品集を編むに足るだけの陣容が調うことになったのだ。」(243ページ)

 

 東北怪談同盟の結成には、ベテラン編集者である東雅夫氏と、荒蝦夷の代表・土方正志氏の力が大きいようである。震災の前のことである。

 著者のひとり・黒木あるじ氏は、冒頭「はじめに」でこう言う。

 

「本書に収録されているのは、そんな「あの日」にちなんだ「旅立ったものと残された者の物語」です。…(中略)…故郷の風景を失った者、愛する家庭を喪ったもの、何もできぬと歯噛みする者、何とかしなければと奮い立った者……おのおの、立ち向かうべき状況も導き出した答えも異なりますが、各作品には確かに「あの日」に別れを告げた者たちへの鎮魂と、二度と目にすることが叶わなくなった風景への追慕が息づいています。」(10ページ はじめに)

 

 言うまでもなく、あの日とは、2011年3月11日、大震災の日である。ここには、恐怖を煽るホラーだとか、面白さを追求するミステリーだとかいうのとは、ちょっとニュアンスの違う作品が集められている。鎮魂と追慕、懐かしさ、やさしさ、愛情、そして、悔しさ、悲しさ。

小田イ輔氏の「私の話」から引く。

 

「トラックでガラガラって、瓦礫じゃねぇんだからよ、俺らの子どもなんだがら、坊主の念仏なんかであの世に送られてたまっかよ、本当にアイツが幽霊になってるってんなら俺は嬉しいよ!もう一回会いでぇよ!親孝行だべど、あんなに小さかったのに、一人で……」(80ページ)

 

 幽霊を恐れるのでなく、むしろ待っているのだという。会いたい、と。

 ちなみに、小田氏は、気仙沼出身、在住の作家である。ここに記されたことばは、基本的に気仙沼弁であるといって間違いないはずだ。気仙沼人が読んで、気仙沼弁としてほぼストレスがない、というふうに思う。ある地方の人間にとって、正確にその地方の言葉で文学作品が著されるということは、実は、相当に大切なことだと思う。

 

  気仙沼出身といえば、須藤文音氏である。「白い花弁」から引く。

 

「知人に連れられ、近くの銭湯に出かけた。涙はお湯に溶けて誤魔化された。

 帰ろうと下駄箱の鍵を外して中からブーツを取り出し、足を入れた瞬間。ふわっ、と足の裏で何かを踏んだ。

 白い花弁が一房、靴の中にあった。真っ白な、今切り採られたばかりのような瑞々しさを保って、入り込んでいた。

 …(中略)…

 二週間後、木棺に入れられて、父が帰ってきた。

 顔の部分だけガラスで縁取られており、方から下を見ることはできなかった。…(中略)…

 館の中に隠れている、身体があるはずの方向に視線をやり、目を瞠った。

 胸の上に、白い花が添えられていた。靴の中に入っていた、あの白い花と同じものだった。」(137ページ)

 

 文音さんの、静謐な美しい言葉。

 個人的にも、文音さんのお父さんを知っているだけに、ということは、言わずもがなだろう。どの作品を読んでも、何も知らない読み手にも、深く文音さんの悲しみ、というよりも愛情、が伝わってくるはずだ。

 と、ここでは、気仙沼出身の二人だけ取り上げた。

 この〈みちのく怪談〉プロジェクト、意義深いものである、と思う。


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