前福島大学行政政策学類教授、公益財団法人地方自治総合研究所主任研究員で、自治体職員の経歴ももち、地方自治の実務と学究の両面を究めた今井照先生の新著。一見、自治体職員向けのハウツー本にも見えるが、深い思想に裏打ちされた、真に学ぶべき書物であると言える。
プロローグ「もうひとつの自治体の未来へ」は、こう書き出される。
「この本は、これからの地域社会や自治体はどんなふうになるのだろうか、そのために今、何を準備したらいいのか、ということを考えるための本です。つまり、自治体の未来についてのインデックスです。」(3ページ)
まずは、実用的な本、役に立つ書物であるということである。すぐ続けて、
「2018年7月、総務省に置かれた自治体戦略2040構想研究会が第二次報告を公表しました。そこには「個々の市町村が行政のフルセット主義と他の市町村との勝者なき競争から脱却」するべしと書かれている。至言です。「そのとおり!」と大向こうから掛け声を上げたくなる。
ところがそのあとがいけない。また同じ過ちを繰り返そうとしている。「圏域単位での行政のスタンダード化」という戦略は、近年で言えば「定住自立権」「連携中枢都市圏」など、これまで繰り返し唱えられ、失敗してきたことを再現するかのようです。」(3ページ)
これは、中央政府と地方政府、つまり国・県・市町村というヒエラルキーの中で、そつなく仕事をこなしていける有能なお役人を育てるという意味での、実用的なハンドブックということではない、と宣言されているということだ。
さて、国策としての「市町村合併」や、「地方創生」が「行政のフルセット主義」や「他の市町村との勝者なき競争」を強いてきた。「自治体戦略2040構想研究会」なる組織が、その反省に立って、自治体の未来の「アナザー・ウェイ」、「もうひとつの未来」を提案したのかと思ったら、羊頭狗肉のようなもので、本論に入ったら、もとの黙阿弥、「勝者なき競争」に追い立てるようなものであった、ということである。「いびつな都市構造と豊かさを実感できない地域社会や市民社会」をもたらしたこれまでの国の政策を変更するのでなく、追随するのみであった、ということである。
今井氏は、この書物で、そうではない「もうひとつの道」を示していこうとする。
「本書では、厳しい環境ながらも自治体や地域社会には未来があるということを示したいと思います。研究会報告書と似たようなデータを使い、似たような分析を行いながら、もうひとつの自治体の未来を展望します。」(3ページ)
そこで今井氏が示そうとするもうひとつの未来とは「勝者なき競争」に駆り立てられるような自治体ではなく、むしろ「勝者なき競争」とは対極にある自治体であり、それはいささかでも「豊かさを実感でき」る「地域社会や市民社会」を創ろうとする試みであるはずである。
「本書で提示する自治体の使命(ミッション)は、「今日と同じように明日も暮らし続けられる」ということを市民に保障することです。一見すると保守的に聞こえるかもしれませんが、激変する環境でこのことを実現するためには、よほどの構想力と創造性が必要です。一方的に上から法律や制度をかぶせれば解決がつくようなものではない。むしろこのミッションから見ればそれは邪魔になるだけです。」(4ページ)
「保守的に聞こえる」かもしれないが、「よほどの構想力と創造性が必要」なのだと。そんな担い手が、どこにいるのだろうか?今井先生は、これまで、地域で奮闘している役所の職員や市民と、実際に出会って、交流してきているのだという。
「このような確信を持つに至ったのは、それぞれの地域で奮闘している役所やその職員、市民たちの活動を見聞しているからです。この一冊がそういうみなさんの手に届くことを祈っています。」(4ページ)
PART1は「地域社会の未来―空想からリアルへ」、PART2は地域政策の未来―成長幻想から生活の質へ」、PART3は「自治体行政の未来―公務活動から社会起業へ」、PART4が「自治体財政の未来―ビルドからメンテナンスへ」、PART5が「自治体の未来構想―行政から政治へ」、PART6は「自治のゆくえー標準化から多様性へ」。
各章で、実証的なデータを活用しながら、客観的な論を展開しつつ、然るべき筋道を提示していく。中央集権から地方分権進展への必然性が明らかになる行論である、と私は思う。
エピローグは、「楽観主義でも悲観主義でもなく」。
「人口が減少するから自治体がなりたたないとか、高齢者が増えるから自治体が成り立たないということはまったくの錯誤です。そもそも自治体とは何かということがわかっていないから、こんなことを言えるのです。人口が何人であろうと、高齢者が何人であろうと、目の前の地域社会で暮らす人たちが、明日も暮らせるようにするのが自治体です。」(181ページ)
今井先生は、自治体の未来をこそ語ろうとする。この書物は、地域の市民に、自治体職員にこれから為すべきことの指針を指し示してくれる、勇気づける本である。
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