塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

五輪に関する選手選考を紐解く

2012-07-24 13:59:09 | 日記
 2004年のイタリアは、ある選手を巡って様々な論議が成されていました。

 その論議とは

 「ジラルディーノは五輪ではなく、欧州選手権に出場すべきか?」

 というもので、A代表の指揮官トラパットーニがこのパルマのエースをポルトガルに
連れて行くべきかどうかで、ファンの意見が二分したのです。

 結果彼は五輪で銅メダルを手にしますが、五輪をそれほど重要視していないとされる
イタリアですら、選手の招集を巡り真剣な声が飛び交う事実。

 4年後のリオデジャネイロ五輪に日本が出場できたなら

 「オーバーエイジの選出」
 「A代表と五輪代表を掛け持ちしている選手の招集」
 「海外リーグの選手招集」

 に対して、たはり様々な角度から意見を吸い上げるべきでしょう。

 周囲が熱心に意見を酌み交わせば、指揮官と選手は

 「それだけ手厚くサポートされている」

 という実感が得られます。

 例えば今回のスペインが、ジョルディ・アルバを五輪に派遣すべきかどうかで意見が
紛糾しました。

 セルジオ越後氏が週刊サッカー・ダイジェストで

 「香川は五輪に参加できるよ。
  でもビッグクラブを重視する空気になったけど、日の丸の重さにはかなわない。」

 とおっしゃていましたが、4年後の課題して取り組むべき事柄ですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2004年、アテネで味わった衝撃

2012-07-24 13:49:36 | 日記
 ジュゼッペ・スクッリが左サイドから挙げたクロスを、ダニエレ・デロッシが鮮やか
なオーバーヘッドで突き刺した瞬間、僕は日本とイタリアの差を痛感しました。

 僕が近年の五輪サッカーを観戦してきた中で、特に印象深いのがアテネ五輪のイタリア
戦の失点です。

 当時の日本にはこのデロッシのような

 「アクロバティック」

 な動作が見られず、相手が畏怖するような大胆不敵さが備わっていませんでした。

 日本は山本監督がオーバーエイジとして召集を見込んでいた高原直泰が召集できない
というデメリットがありました。

 その差を差し引いても、伝統国と新興国の奥行きの違いを痛感させられました。

 ロンドン五輪の初戦はスペイン。

 日本が8年前と比較し、どの程度進歩したのか推し量るには最高の相手だと思います。

 スペインの鮮やかな攻撃の前に屈するのか、それとも日本がマイボールを維持して
攻撃できる時間があるのか。

 アトランタ五輪のブラジル戦のように、敵味方問わず

 「勝利はブラジルで決定」

 という雰囲気では無いこと、これは16年前と比べて確実に進歩した点です。

 仮に日本が勝利すれば番狂わせになりますが、この番狂わせは日本にとって最高の褒め
言葉になります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする