塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

改めて代表の存在をしる歩み

2017-10-30 01:39:58 | 日記
 今スポーツナビで、飯尾篤史氏による、1997年アジア最終予選を戦う日本代表の足跡を振り返るコラムが毎日掲載されています。

 あれから20年の歳月が経過していますが、どのような形でも立ち止まって考えることは非情に大切だと思います。

 日本代表が1998年以降ワールドカップの常連になる一方で

 1・協会は監督選びに節操がない
 2・4年のサイクルを勝っても負けても、真摯に反省しているそぶりが無い
 3・これだけの収益があるのだから、もっと感が年下方が良い

 と多くの批判があることは事実です。

 特にドイツ大会終了後は

 1・ジーコが「対格差を最後まで克服できなかった」と発言
 2・川渕氏の、オシム就任をにおわせる発言

 で記者たちが唖然とした形で、特にジーコの意見に関してはそれを踏まえて練習と戦術を練るのが代表監督なのに、との指摘があったくらいです。

 ブラジルの時も、今から思うと

 「自分たちのサッカー」

 という言葉が一人歩きしてしまいました。

 それはベルギーに敵地で3-2で勝利、フランスにも1-0で勝利、イタリアではブラジルの地で3-4で敗れはしたものの、真正面から打ち合うことが来た。

 というように、根拠がないわけではない代物でした。

 しかし、16強に勧めなかったことは、やはり何かが違った、その違いを協会はしっかりと抽出するべきたちばであはるのですが、近くで様子を伺い続けた記者の視線も大切です。

 代表は来月、ベルギーとブラジルと戦いますが、冷静に分析しロシア大会に向けての提言ができる試合になると良いのですが。
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選手も包丁を持ってはどうだろうか

2017-10-30 01:12:19 | 日記
 41歳、未婚のおっさんが強がりをいっているわけではありません。

 僕はこの方、じょせに手料理を振る舞われたい、女性に料理を作ってほしいと感じたことが全くありません。

 母親や叔母など、血縁の人間は別にしても、料理の腕前を求めたことさえないくらいです。

 今、やべっちFCで

 「妻が料理を選手に振る舞う姿を放送する」
 「夫が料理を食べながら、妻に感謝の言葉を出す」

 企画が大変好評のようですね。

 でも、僕は皿洗いや台所清掃も含めて

 自分で栄養を考えること
 自分で食材を探し、購入すること

 の方が凄く面白いと思っています。

 例えば肉を食べる行為は多々ありますが、焼肉よりもステーキやしゃぶしゃぶの方が、効果的な食べ方だそうです。

 日本では肉に「タレ」を用いて、白米と共の食べる、従って結果的に余計な栄養素が摂取されてしまうためでしょうね。

 また、食材は高価だからと言っていいわけでもなく、オーガニックだからこそ頻繁に買えるというわけでもありません。

 無農薬で野菜や果実を育てることは、やはり大変難しいですし、価格だけでいえばまだまだ高価ですから、米国並みの普及はこれから、というかたちになるでしょう。

 また。オリーブオイルはイタリア産が有名ですが、スペイン産がギリシャ産でも良いものがあります。

 「エキストラ・バージン」

 の表記があるものでも

 1・中身はさほどではない
 2・従ってラペルだけで判断することは難しい

 という側面があることも事実です。

 僕は食材を買うこと、栄養素を考えることは全く億劫ではありません。

 選手も妻任せよりは、自分で包丁持った方が良いのではないでしょうか。

 サッカーは手ではなく脚の競技ですから、指にばんそうこうをはっても、大きな問題にはならないと思います。
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