橋本
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多摩境
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南大沢
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京王堀之内
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京王多摩センター
京王多摩センター駅から急行に乗ってしばらくすると、「次は南大沢」という車内放送が聞こえてくる。その車内放送は何の変哲もない日常的なことなのだが、先日、ちょっとだけ気になったことがある。それは、「次は南大沢」という車内放送が普遍的な真実かどうかということなのだ。
確かに、京王多摩センター駅からの下りの急行は京王堀之内駅には止まらないので、「次は南大沢」という車内放送となる。
だが、もしも普通電車に乗ったら、「次は京王堀之内」ではないか。もしも、橋本駅から上りの急行に乗ったとしたら、「次は南大沢」という車内放送が聞こえてくる場所が違ってくるではないか。
「次は南大沢」という車内放送は普遍的な真実を伝えるものではなく、乗った電車が上りか下りか、普通か急行かによって、変わってくるものなのである。
このことは、私たちが何かの情報を受け止めるときには、その情報が発せられた状況を考慮に入れなければ、正しく情報を受け止められないのだということを意味しているのだ。
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京王堀之内
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京王多摩センター
京王多摩センター駅から急行に乗ってしばらくすると、「次は南大沢」という車内放送が聞こえてくる。その車内放送は何の変哲もない日常的なことなのだが、先日、ちょっとだけ気になったことがある。それは、「次は南大沢」という車内放送が普遍的な真実かどうかということなのだ。
確かに、京王多摩センター駅からの下りの急行は京王堀之内駅には止まらないので、「次は南大沢」という車内放送となる。
だが、もしも普通電車に乗ったら、「次は京王堀之内」ではないか。もしも、橋本駅から上りの急行に乗ったとしたら、「次は南大沢」という車内放送が聞こえてくる場所が違ってくるではないか。
「次は南大沢」という車内放送は普遍的な真実を伝えるものではなく、乗った電車が上りか下りか、普通か急行かによって、変わってくるものなのである。
このことは、私たちが何かの情報を受け止めるときには、その情報が発せられた状況を考慮に入れなければ、正しく情報を受け止められないのだということを意味しているのだ。