ムジカの写真帳

世界はキラキラおもちゃ箱・写真館
写真に俳句や短歌を添えてつづります。

たかぶりのましら

2017-10-06 04:21:57 | 短歌





たかぶりの ましらの群れは さわぎつつ 文句ばかりで なにひとつせず





*これはきついですね。大火の歌のようだが、そうではありません。ほかのものの歌です。きつさが微妙に違う。

大火のほかにも、わたしたちの中にはきついものはたくさんいますよ。だがそれぞれに味が違う。なんとなくわかると思います。

傲慢な猿の群れは、さわぎにさわいで、文句を言うばかりで、何一つしようとしない。

微妙に現代語に流れているのが、実感をともなって詠じているようでおもしろいですね。悲嘆が伝わってきます。

猿は猿らしく、山で木の実でも食べて生きていればいいのだが、時たま高い人間並みの暮らしがしたくて、人間に化けてくる時がある。そして人間並みのいい暮らしを味わっていると、鼻持ちならない馬鹿になる。

何にも努力しないで、いい暮らしを味わっていると、何にもしないほうがいいと思い込むのです。痛いことは、人にやらせればいい。人を馬鹿にして、なんでもやらせればいい。そういうことにしてしまう。

それで、馬鹿な要求を人に押し付けて、嫌なことばかりするようになる。だが、そんなことばかりしていると、必ず反動が来ますから、そうなると非常につらいことになる。でも馬鹿な猿には何にもできませんから、つらいつらいと文句を言うばかり、結局何をすることもなく、逃げていく。

まあそういうことは、見てきて知っているでしょう。

傲慢な猿ほど痛いものはない。猿が人間に化けるために、あらゆるものを盗んでいる。高いことをしたことのある人間の、よい姿を盗み、徳分を盗む。それでいい国に生まれ、いい家に住み、いい暮らしをしているが、ほとんど何もしない。毎日の仕事でやっていることも、ほとんどは自分ではやっていない。裏で結託している馬鹿の霊にやってもらっているのです。

人にやらせるばかりで何にもしていないから、心がまだほとんどできていないのです。嫌なことになると逃げるのは、ほとんど動物的反射ですね。

こんないい国に生まれて、人並み以上のいい家に住んでいたりしたら、世間のために必ず何かをせねばならないのですよ。そういうものだからです。

そんなことを一つもしないで、安楽に暮らしていけるわけがない。必ずどこかでつまずく。そしてそれが自分のせいだとも気付かず、国の年金制度を恨んだりするのです。






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