比企の丘

彩の国・・・比企丘陵・・・鳩山の里びと。
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梅雨どきでしたが・・・南九州の旅・・・鹿児島市・・・銅像めぐりをドウゾ

2019-08-23 | 道を行く 九州の諸道
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

梅雨どきですが南九州の旅・・・2日目は市内を歩く。天文館通りから市役所通りまで市電に乗り。城山下の鹿児島城(鶴丸城)跡のあたりをブラブラと銅像めぐり
鹿児島城(鶴丸城)・・・1601年島津氏によって築城。背後の城山と一体となった平山城。天守閣、櫓などなく居館のみ。石垣、濠があるが防禦設備になっていない。外様大名としての姿勢といわれる。島津家は代わりに藩領113カ所に外城をつくり藩民皆兵の強力な国家を組織した。現在は本丸、二ノ丸、出丸跡地、石垣、堀、石橋などが残るのみ。
城山・・・標高108mの丘陵(シラス台地)、明治維新、西南戦争の最後の戦場となった。鹿児島市、鹿児島湾、桜島を眺められる景勝地、国史跡、国の天延記念物。


篤姫・・・天璋院の銅像・・・2008年NHK大河ドラマ「篤姫」の主人公。鹿児島市城山町鶴丸城本丸跡に。

篤姫(1836~1883年)・・・島津今泉家の娘、庶流の娘であったため本家島津斉彬の実女として近衛家の養女となり、江戸幕府13代将軍徳川家定の御台所に。家定亡きあと天璋院。家定との結婚生活は1年9か月。江戸幕府崩壊時は江戸城無血開城、德川家存続のため和宮とともに八方手を尽くした。維新後は東京徳川宗家邸で島津家の生活費援助を受けることなく生活。勝海舟、和宮とも親交。大奥関係者の就職、縁組に奔走、死後の所持金は現在の額で60000円程度であったという。



西郷隆盛の銅像・・・1990年、NHK大河ドラマ「翔ぶが如く」、2018年、HK大河ドラマ「西郷どん」の主人公、鹿児島市城山町鶴丸城二ノ丸跡の南側に。

★西郷隆盛(1828~1877年)、あまりにも偉大すぎる薩摩の英雄である。薩長同盟、王政復古、江戸城無血開城の立役者、西南戦争で逆賊になるが後に名誉回復。歴史上の人物であり多くの小説、ドラマ、劇、文献があるので詳細は省略。



城山下の照国神社境内に薩摩藩島津三公の銅像が
★ちなみに照国神社は1862年鹿児島城郭内に創建された照国大明神(11代薩摩藩主島津斉彬)を祭神とする神社。


★薩摩藩島津家・・・鎌倉時代より薩摩、大隅、日向を治める守護大名、南北朝、室町時代、戦国時代を経て江戸時代薩摩藩大名に、俗に77万石といわれるが実高35万石。島津氏の出自は諸説あるが源頼朝の庶子といわれ、近衛家島津之荘(日向、大隅、薩摩)の荘官、鎌倉在住の御家人、元寇の役で九州に下って以降、現地に定着したという。11代将軍家斉、13歳将軍家定との縁組で幕府とのつながりを強くし、幕末から明治維新・・・公武合体、倒幕、明治政府の中核にで・・・主役の道を歩いた。

島津斉彬・・・島津家28代当主、薩摩藩11代藩主。

島津久光・・・斉彬の異母弟、薩摩播12代藩主。生麦事件のときの殿様。

島津忠義・・・久光の子。最後の薩摩藩13代藩主として明治維新を迎え、版籍奉還。
※撮影日は7月12日。
★鹿児島市内は銅像の聖地・・・ザビエル。平田靭負、調所広郷、大久保忠道、小松帯刀、五代友厚、東郷平八郎など枚挙に暇がない。歴史の教科書、小説の題材に、NHKの大河テレビドラマの主人公、主要登場人物に。

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