わたしが旅したのではありません。彩風人の中・四国紀行です。
・・・彩風人の写真帳・・・
(比企の丘からブログのギャラリー開放です)
3月23日、旅の終わりは安芸の宮島から周防岩国へ。・・・彩風人の写真帳・・・
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日本の三大名橋、三大奇橋、1922年国の史跡名勝天然記念物保存法で名勝・・・岩国市錦川に架かる錦帯橋。
川幅約200mの錦川に4つの橋脚、2つの桁橋、3つのアーチ橋からなる橋。長さ193m、幅5m。
川幅約200mの錦川に4つの橋脚、2つの桁橋、3つのアーチ橋からなる橋。長さ193m、幅5m。
江戸時代に入り城下町が形成されたころ岩国城と城下をつなぐ橋は洪水によりたびたび流されていた。領主吉川家の殿様が甲州の猿橋に棟梁を派遣して研究させていたが川幅の関係で断念、中国からの帰化僧に中國ではアーチ橋を橋脚でつなぐ橋があること聞き、5連のアーチ橋の建設に着手。1673年完成、翌年台風により流失、橋脚の敷石の改良により再建、現在までメンテナンスを続けながらその姿を保っている。橋脚の改修は詳細に記録がとられていて近世から近代までに部分ごとで60数回の付け替えが行われている。現代になって1950~1953年、2001~2004年の改修が行われている。木組みによる工法であり高度な木工技術の継承の意味もある。「錦帯橋用材備蓄林200年構想」で植林管理が行われている。
錦帯橋から山の上に岩国城が見えます。
完全な儗城です。1601年築城されたこの城は一国一城の定めにより1615年廃城になり解体、以後再建することなく岩国藩は陣屋で藩政を行ってきました。
1962年「天主構造図」という絵図を基に鉄筋コンクリートの城を錦帯橋から眺めて位置の良いところに復興建築しました(本来の天主台座と異なる)。テーマパークみたいなものです。
※撮影は3月23日、カメラはCanon PowerShot G12。
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