兄の腰のあたりにしがみついた僕の体は、
カーブのたびに右に左に傾き、尻はゴリゴリと擦れ、痛かった。
無理もない。このオートバイは兄が働く精肉店の業務用で、
僕が座っているのは、鉄の棒と板を四角に組み合わせた荷台であり、
そこに薄っぺらの座布団を乗せ、
荷物を固定するゴムのロープで括り付けた即席の座席だった。
しかも、座布団の綿はもう用をなさないほどくたびれていたから
鉄の固さをそのまま思い知ることになった。
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70年ほど前にも暴走族はいたのかどうか。
暇さえあればオートバイを走らせる、
11歳離れている二番目のこの兄を僕は不良なのではないかと思った。
だが、不良と言うにはちょっとしけている。
乗っているオートバイは、何の飾りもない業務用のものだし、
後ろに乗っけているのも可愛い女の子ではなく、
小学生の弟、つまり僕だった。
不良と言うには、まったく様になっていない。
24、5の盛りの年頃。
なのに、この兄からは色恋らしきものは、
まったく見も聞きもしなかった。
中学校を卒業すると、親戚筋の精肉店に働きに出、
それこそ働くことしか知らないかのように一心に励んだ。
成人したからと言っても酒に飲まれるでなし、
夜遊びにうつつを抜かすでもなかった。
そんな兄の唯一とも言える楽しみと言えるのが、
精肉店のオートバイを引っ張り出してきて、
ついでに、小さな弟をいつも後に乗せドライブすることだった。
そうだ、もう一つあった。
どこでどう覚えたのか知らないが、クラッシック音楽があった。
そのため、結構高価なステレオを買い、レコードをボツボツと集め、
シューベルトだ、ベートベンだと一人聞き入っていた。
両親と兄弟姉妹、全部で8人が雑魚寝するような
小さな家に不釣り合いと言えるものだったが、
兄が懸命に働き、自力で買ったものだったから、誰も文句一つ言わなかった。
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その頃僕はもう高校生になっており、
聞いていたのはもっぱらエルビス・プレスリーなどロックだった。
兄が不在だったある日、
僕はこっそりステレオでプレスリーを聞いた。
安物、と言っても僕にとっては宝物みたいな
プレーヤーで聞くのとはまったく違い、
プレスリーが眼の前で歌っているかのような迫力だった。
「やっぱりステレオはすごいな」大満足しながら体を揺すっていたら、
予期せず兄が帰ってきたのだ。そして、
「プレスリーなんか聞くと不良になるぞ。やめとけ」とだけ言った。
「黙って俺のステレオを使うんじゃない」
決して、そんな怒り方をしなかった。
むしろ、薄ら笑いさえ見せていた。
当家の墓には、両親はもちろん長男、三男、それに次女が入っている。
だが、この兄はいない。
働いた精肉店を営む親戚には、
子どもが一人もいず店を継ぐ者がいなかった。
それで兄に託し、さらに養子に迎え入れたのだ。
それを兄もすんなり受け入れた。兄はそちらの墓にいる。
オートバイをぶっ飛ばす兄は、実は実直で律儀な人だった。
「不良では?」なんてとんでもない。
むしろ、ツイストに惚けてダンスホールに通った、
昔オートバイの後ろ座席で尻をもぞもぞさせた、
あの小さな弟こそそうではなかったのか。